日高愛は中二病

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日高愛は中二病」(2011/08/11 (木) 21:26:00) の最新版変更点

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 日高舞は家で掃除をしていた。その日の昼下がりには、中学校の授業は既に終わっていたが、 娘の姿は無い。彼女がアイドルとしてデビューしてからこのかた、 仕事やレッスンで時間は埋められ、昼に家へ帰ることは稀なことになっていた。 「あの子の部屋はどうなっているかしら。散らかってたらいけないわ」  母は呟いた。発せられた言葉とは裏腹に、明らかに楽しそうな顔をして、 娘の部屋へ近づいていく。思春期の少女ともなれば、父親は勿論、 同性の母親にも自分の部屋に勝手に入られることを嫌がるもので、 日高愛の場合もご多分に漏れず、部屋を探られる度に金切り声を上げて抗議するのだが、 その程度のことで自重する日高舞ではなかった。  ドアを開けて、実際に部屋を開けてみると、まるで既に掃除されたように整理整頓されていた。 「自分で片付けるから、入らないでなんて言ってたけど、本当に掃除してたのねえ」  舞はニヤリとすると、ずかずかと娘の部屋へ入っていった。 そして、躊躇無く机に向かい、中身を漁り始めた。 「手帳、手帳はどこかしら」  娘の様子に目を配るのは親の義務よねえ、などと勝手きわまりない言い訳を述べつつ、 引き出しの中身を泥棒のように荒らしていく。娘の日記を兼ねている手帳を盗み見ることが、 この母親の楽しみの一つとなっていた。自分の手帳を見られたと本人が知れば、 勿論、顔を真っ赤にして怒るわけだが、そんなことを気に掛けるぐらいなら、 愛が母のことで思い煩うこともなかろうというものである。 「あれえ、無いわねー手帳、さすがに何度も見つけられて学習したのかしら。ん…これは?」  引き出しの中の手に硬い感触を感じた舞は、それをつかんで中から引き摺り出した。 「CD?あの子ったら、私の知らないところで、一丁前に音楽を嗜んだりしてるのかしら」  CDケースの表には、暗色に覆われた絵が入っていた。 その絵の中央には、教会らしき建物が、藍色で描かれていて、 上側には何やら文字らしきロゴが入っており、絵の下側には、 CDのタイトルと思しき文字がアルファベットで「DE MYSTERIIS DOM SATHANAS」と記されていた。 「うーん、何て書いてあるのかしら、デ・ミステリイス・ドム・サザナス?読めないわ」  机の上にケースを置くと、意地の悪い笑みを浮かべ、舞は言い放った。 「聴いちゃお!」  そうと決まれば話は早い。同じ引き出しに入っていたポータブルCDプレイヤーを、 これまた拝借し、イヤホンを耳につけて、音楽を再生した。 その途端、工事現場のような音がしたので、一時停止ボタンを押した。 「な、何よ今の…」  舞は、見るものも無いのに、思わず目を逸らした。だが、 娘の趣味に対する好奇心と怖いもの見たさの感情が勝り、 再生ボタンを押し直した。イヤホンから再び騒音が聞こえてくる。 よく耳を利かせてみると、ドコドコ鳴っている工事現場のような音は、 物凄い速さで叩き出されるドラムの音であることがわかった。 その上に覆い被さるように、不気味なエレキギターの音が流れて、 おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。舞は額を手で拭った。 おかしな曲だ、彼女は内心そう思った。自分の音楽に関する常識とは かけ離れた曲だとも思ったが、聴けないことはない。しかしながら、 そう考えていられるのも、歌声が入るまでだった。 「!?」  人間の声?これが人間の出す声なのか。音程は黙殺され、 そもそも歌として全く成立していない。何と言ってるのかも全くわからない。 何かを呪うような、おぞましい音がイヤホンを通じて舞に襲い掛かる。 彼女はそっと停止ボタンを押した。今一度額を拭う。手には脂汗がべったりと着いていた。 「な、な、何よコレー!?」  日高家に悲鳴が響き渡った。 「ママ、ただいまー」  日高愛は事務所でのレッスンを終えて、帰ってきたが、いつも出迎えに来る母親の姿が無い。 怪訝な顔をしつつも、居間に入ると、その母から呼び止められた。 「愛、ここに座りなさい」 「何、ママ、急に改まって」 「これはなんなの!」  娘が座ると、母は「DE MYSTERIIS DOM SATHANAS」を机に突き出した。 「ああー、ママそれ聴いたのね、ねえ、ねえ、どうだった、それ聴いて」  愛は、悪びれることなく、かといって、怒るでもなく、しげしげと相手の顔を覗いてきたので、 舞は眉を顰めた。 「この怖いCDは何!説明しなさい!」 「これって、Mayhemの『DE MYSTERIIS DOM SATHANAS』だけど。メタルの名盤だよー。 アッティラ・シハーの呪詛ボイスに、ヘルハマーのブラストビートが最高なんだから!」 「えっ」 「えっ」  まるで常識であるかのように語る娘の姿に、母は当惑するが、 その姿に娘もどういうわけか困惑した表情を見せた。 「ママったら、ポップスしか聴いたことないから、びっくりしたかもしれないけど、 メタル界隈では、捨て曲無し、名曲揃いのアルバムって評価されてるんだから」 「メ、メタル?それって、髪染めたり、厚化粧したりするアレ?」 「そんなポーザーとMayhemを一緒にしたら困るなー。ブラックメタルのジャンルを 確立させた偉大なバンドなんだから。そもそも、ヘヴィメタルで髪染めたり、 化粧したりするのなんて、実際にはほとんどいないんだけど」 「ポーザー?ブラックメタル?訳がわからないけど、とにかく、 こんな危ない音楽を聴くのは止めなさい。正直、聴いてて気が狂いそうだったわよ」 「ええー、やーだー。気が狂いそうになるって言うけど、そういう狂気を歌ってるのが、 このアルバムなんだから。」 「狂気なんて音楽には必要無いの!音楽を聴くなら、私の曲でも聴いてなさい!」 「嫌よ、ポップスなんて音楽じゃないもん!」 「なっ!私の全業績を否定するようなこと言わないでくれる?」  娘の暴言に色を失う母。 「だってそうでしょ。J-POPなんて、プロダクションとレコード会社が結託して、 似たり寄ったりの曲を追っかけに売りつけてるだけじゃない。 そんな曲、音楽じゃないわっ、ゴミよ。いや、ゴミ以下よ!」 「きー、何てこと言うのよ。このCDが貴方をおかしくさせてるのね、なら、捨てちゃうから!」  舞は、「DE MYSTERIIS DOM SATHANAS」を取り上げると、ゴミ箱に捨てた。 「あーっ!何てことするの、もうママなんて知らない!」  愛は、投げ捨てられたCDケースを拾い上げ、玄関へひた走る。 「愛、どこに行くの!待ちなさい、待ちなさいったらー!」  わが子に伸ばした手は、あえなく空を切り、愛は夜空の下に走り去ってしまった。 「どうして、あの子ったらヘビメタなんかに走っちゃったのかしら…」  思春期特有の精神の変動に振り回される母親がここにも一人。その疑問に答えるものはいない。  その後、雪歩の家にて、愛が保護されたりするのだが、その話はまたの機会にするとしよう。

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