オフリミット~猛犬に立ち向かう

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皆さん、ご機嫌いかがですか? 萩原雪歩と申します。  今回は、わたしが苦手を克服するまでのいきさつについてお話しします。  このたび、わたしは録音のため、レコード会社のスタジオへ通い始めました。  しかし、765タレント寮からそこへ向かうためには、ある家の前を抜けなくてはなりません。  その家には、立派な二頭のコリーがいるのですが、わたしを見るたびに吠え立てるので、  こちらはただただ逃げ出すばかり。  おかげで、録音の前に余計な体力を使い、だいじな仕事に気合が入らないのです。  そんなわたしに、最初に入れ知恵してくれたのは、同僚の秋月律子さんでした。 「雪歩さん、いいまじないがありますよ」 「律子さん、どうするのですか?」 「手のひらに『犬』という字を書いておき、それを彼らに見せ付けるのです」 「すると、いったい?」 「犬のほうでは、あなたを仲間と認識し、たちまちおとなしくするでしょう」 「なるほど……犬の字は、指で書いたらいいのですね」 「いいえ。このペンで、はっきり書いておいて下さい」 「消し忘れたらどうしましょう?」 「大丈夫! これは水性ペンですから、普通に洗えば落ちますよ」 「ああ、そうですか……」  というわけで、わたしは彼女の言葉どおり、左手に「犬」という字を書いたのです。  やがて、わたしは例の家に差し掛かりました。美しい芝生の上に、二頭のコリーがたたずんでいます。  しかし、彼らはいつものように吠え立てました。最早、逃げてはいられません。 (わたしは、あなたの友達ですよ!)  そう言い聞かせ、左手をぱっと開きます。 (ほーら、あなたの友達ですよ!)  左手に書いた「犬」の字を、右手で彼らに示します。  しかし、効果はありません。塀から顔を出してきて、たちまちがぶりと噛み付きました。  幸いこちらは右利きですが、それでも負傷は負傷です。  レコーディングが済んでから、わたしはこれを律子さんに伝えました。すると彼女、からりと笑ってこう一言。 「運が悪かったようですね」「と申しますと?」 「その犬は、字を読めなかったのです」  わたしの怪我を笑い事で済ますとは……律子さん、やはりクールな方ですね。  二度とは怪我をしたくない、しかし、遠回りするわけにもいかず……。  そんなわたしにいい情報を伝えたのは、水瀬伊織さんでした。この方もまた同僚です。 「こっそり教えておきましょう。実はあの犬は夫婦で、牡をオフ、牝をリミット」 「オフくんとリミットちゃん……でしょうか?」 「そのとおり! だから、あの家に近づいたら『オフリミット』と唱えるのです」 「すると、いったい?」 「何日も唱え続ければ、おとなしくしてくれるでしょう」 「なるほど……吠え立てられても耐えるのですね」 「そのとおり! 騒がないことがだいじです」  伊織さん、尻を叩いてくれました。頑張れ自分、負けるな自分!  いよいよ、例の家の前です。  オフくんとリミットちゃんは、相も変わらず、わたしを敵視しています。  しかし、ワンワン吠えられても、最早逃げてはいられません。 (オフリミット、オフリミット……)  二頭の名前をつぶやくと、体力を使わないように、ゆっくり彼らの視界から消えていきます。  帰り道でも、同様に「オフリミット」と唱えます。  二日、三日と時が過ぎ、やがて収録最終日。  今日も、わたしは例の家に差し掛かりました。相手が静かにしているうちに、先手を打って―― (オフリミット、オフリミット……)二頭の名前をつぶやきます。  彼らは、全く吠えません。わたしを見ても、キュウーンとのどを優しく鳴らすだけで、芝生にちんまり座っています。 (伊織さん、あなたの言ったとおりですね……それでは、帰りにまた会いましょう)  こうして、わたしは難所を越え、無事に収録現場へと着くことができたのでした。
皆さん、ご機嫌いかがですか? 萩原雪歩と申します。  今回は、わたしが苦手を克服するまでのいきさつについてお話しします。  このたび、わたしは録音のため、レコード会社のスタジオへ通い始めました。  しかし、765タレント寮からそこへ向かうためには、ある家の前を抜けなくてはなりません。  その家には、立派な二頭のコリーがいるのですが、わたしを見るたびに吠え立てるので、  こちらはただただ逃げ出すばかり。  おかげで、録音の前に余計な体力を使い、だいじな仕事に気合が入らないのです。  そんなわたしに、最初に入れ知恵してくれたのは、同僚の秋月律子さんでした。 「雪歩さん、いいまじないがありますよ」 「律子さん、どうするのですか?」 「手のひらに『犬』という字を書いておき、それを彼らに見せ付けるのです」 「すると、いったい?」 「犬のほうでは、あなたを仲間と認識し、たちまちおとなしくするでしょう」 「なるほど……犬の字は、指で書いたらいいのですね」 「いいえ。このペンで、はっきり書いておいて下さい」 「消し忘れたらどうしましょう?」 「大丈夫! これは水性ペンですから、普通に洗えば落ちますよ」 「ああ、そうですか……」  というわけで、わたしは彼女の言葉どおり、左手に「犬」という字を書いたのです。  やがて、わたしは例の家に差し掛かりました。美しい芝生の上に、二頭のコリーがたたずんでいます。  しかし、彼らはいつものように吠え立てました。最早、逃げてはいられません。 (わたしは、あなたの友達ですよ!)  そう言い聞かせ、左手をぱっと開きます。 (ほーら、あなたの友達ですよ!)  左手に書いた「犬」の字を、右手で彼らに示します。  しかし、効果はありません。塀から顔を出してきて、たちまちがぶりと噛み付きました。  幸いこちらは右利きですが、それでも負傷は負傷です。  レコーディングが済んでから、わたしはこれを律子さんに伝えました。すると彼女、からりと笑ってこう一言。 「運が悪かったようですね」「と申しますと?」 「その犬は、字を読めなかったのです」  わたしの怪我を笑い事で済ますとは……律子さん、やはりクールな方ですね。  二度とは怪我をしたくない、しかし、遠回りするわけにもいかず……。  そんなわたしにいい情報を伝えたのは、水瀬伊織さんでした。この方もまた同僚です。 「こっそり教えるわ。実はあの犬は夫婦で、牡をオフ、牝をリミット」 「オフくんとリミットちゃん……でしょうか?」 「そのとおり! だから、あの家に近づいたら『オフリミット』と唱えなさい」 「すると、いったい?」 「何日も唱え続ければ、おとなしくしてくれるわよ」 「なるほど……吠え立てられても耐えるのですね」 「そのとおり! 騒がないことが一番よ」  伊織さん、尻を叩いてくれました。頑張れ自分、負けるな自分!  いよいよ、例の家の前です。  オフくんとリミットちゃんは、相も変わらず、わたしを敵視しています。  しかし、ワンワン吠えられても、最早逃げてはいられません。 (オフリミット、オフリミット……)  二頭の名前をつぶやくと、体力を使わないように、ゆっくり彼らの視界から消えていきます。  帰り道でも、同様に「オフリミット」と唱えます。  二日、三日と時が過ぎ、やがて収録最終日。  今日も、わたしは例の家に差し掛かりました。相手が静かにしているうちに、先手を打って―― (オフリミット、オフリミット……)二頭の名前をつぶやきます。  彼らは、全く吠えません。わたしを見ても、キュウーンとのどを優しく鳴らすだけで、芝生にちんまり座っています。 (伊織さん、あなたの言ったとおりですね……それでは、帰りにまた会いましょう)  こうして、わたしは難所を越え、無事に収録現場へと着くことができたのでした。

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