響と貴音のルームシェア

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唐突になるが、ペットを飼うにはお金がかかる。一人暮らしだと、なお、かかる。 自分を天才と信じて疑わないよう心がけているが、それでも私――間違えた、自分はただの新人アイドルだ。今はまだ。 しかし持つべきものは友人だった。ことに、同期の友人というのはいい。 同じような悩みを持ってると、これ以上は望めないくらい良いと言ってよかった。 「響、それでは」 「うん、ここにしよう」 四条貴音との話し合いが一区切りした。 7階建てマンション、ペットOK。 部屋は最上階、ベランダから南の空が望める。 「引越しだ!」 貴音と自分はルームシェアを始めたのだった。 * * * 数日後。 「おかえりなさいませ、あなた様」 レッスンから帰って我が家の戸を開けると、割烹着の銀髪が三ツ指ついている。 彼女は続けて言う。 「お風呂か、ラーメン。あと、たわし?」 「ただいま、いぬ美」 自分は愛犬に声を掛けた。いぬ美はこっちへ、ちょっとまぶたを向けた。そのあと寝た。 「いけずです」 貴音は妙に楽しそうである。自分はため息をついた。 今日のビジュアルレッスンが不調だったのが、今更しんどく感じる。 「帰るなり何だよ、貴音。そういうのは彼氏にやってろ」 「殿方とは、はや50年以上付き合いがありませぬゆえ」 こいつは未成年の筈である。どうやら、生まれてこのかた彼氏が居ないと言いたいらしい。 「……とりあえず、ご飯にしよう。今日の当番、貴音だったよな?」 「はい!」 どうせ、いつもの如くラーメンだろうなと思ってたら味噌ラーメンだった。 麺が手作りだった。こいつは馬鹿なんだと思う。 「貴音」 「はい?」 「おかわり」 貴音はにぱぁと笑った。悔しいけどうまいのだ。自分は育ち盛りだし、仕方ないのだ。 とことこと鍋に走っていく貴音はおっきい癖に、何だか童女のごとく艶めいている。 * * * 「へえ、演技の練習ねえ」 「ええ。少し、気になって参りまして」 食事の後、自分が食器を洗う。 貴音は夕刊を片手に白湯を飲んでいる。 「というと?」 「あの…わたくしは、いつもこんな風だと言いますか」 「ふん?」 「古風……と、よく言われます。そして、それ以外の振る舞いができませぬ」 振り向くと、貴音の表情は存外に真剣だった。苦しそうにも見えた。 平気そうに振舞っても、底辺仕事の疲れは溜まるものなのだろう。 「それで、演技の練習を?」 「はい」 さっきの割烹着はその一環だったらしい。コスプレして遊んでるだけじゃなかったんだ。 ――かちゃり 自分は最後のカップを洗い終わった。手を拭いて、貴音の向かいに座る。 それから「自分はさ、」と切り出した。 「はい」と貴音は相槌。自分は続けて喋る。 「誰も、貴音にはなれないと思うんだ」 「ふむ?」 「貴音の今までの人生は貴音だけのものだし、たとえば自分みたいなのが真似しても真似できるものじゃない」 「…。」 「もちろん、アイドルっていうのは演技をするもんだよ。でも本質はそこじゃないさ」 「アイドルの、本質?」 「うん。これは自分が信じてる事だけど――いちばん大事なのは、どれだけ自分を見せられるか」 貴音は顎を引いている。上目遣いでこっちを見てる。 「自分しか持ってない物を見てもらって、それでお客さんに嬉しいと思ってもらうこと。  ……たとえば、だけど。辛くてつらくて仕方ない誰かが、自分なんて何の価値もないと思ってしまった時。  自分の見るものが色あせて、全部似たようなものに見えちゃって……そういう時、あるだろ?」 貴音の瞳はどこまでも澄んでいる。 「そんな時に、誰かが頑張ってる姿が目に入る。街頭テレビで。インターネットで。サプライズのライブで。  …それって、きっかけになると思うんだよ。  ああ、あいつ頑張ってんなって。    ……歌は、歌手よりヘタかもしんない。  ダンスは、男の子達より迫力ないかもしれない。バック宙なんて出来ない。  偶像だから、家族みたいに寄り添ったりもできない」 でも、と自分は言う。自分に対しても、言う。 「女の子が、自分さらけ出して…やけくそみたいに笑って、声いっぱい歌って。  …口を開けばアホの子だの何だの言われるような、そんな普通の女の子が、だよ。  それでも私は私なんだって。私でいるのが、楽しくて仕方ないんだって伝えることができれば。  ……それって、疲れた誰かも、『大丈夫だ』って。『自分も悪くない』って。そう思うきっかけになると思うんだ」 だから、と自分は息を吸った。顔が赤くなってるのが分かる。 「いいんだよ、貴音。無理して自分以外になろうとするのは、いいんだ」 貴音の顔も赤かった。 * * *  月夜だ。 部屋にいないと思ったら、貴音はベランダに出て空を見ていた。 「何してるんだ?」 声を掛けると、貴音は振り向いて小さく笑った。 「故郷の母を……想っていました。その、」 貴音はまた月を見上げた。表情はこちらから見えなくなった。 「先ほどの響を見ていると、思い出してしまって」 またこっちを見た。 ふふ、といつもの微笑みに見えた。 「故郷、か」 自分の故郷は海の向こう。満月はどこから見ても丸いから、だから思い出すと言われるとそうかもしれない。 沖縄から見た月もこんなのだった。 ……貴音の故郷も、海の向こうにあるのだろうか? いつか聞いてみよう。月を見上げて、そう思った。 * * * 次の日、765プロ。 ――くしゅん! くしゃみの音が、揃って響いた。 「お茶、はいりましたよ。……二人とも、風邪ですか?」 同期の萩原雪歩の言葉に、自分は肩をすくめた。 「まあ、そんなとこ。でもレッスンはさぼらないぞ。自分も、貴音も」 「ええ」 自分も貴音も、ちょっと夜風に当たりすぎたらしい。反省。 ガタッ 「同居を始めたふたりが、同時に風邪をひいたですって……?」 声を上げたのはピヨ子。あいつはぶれないな。 「社長、事務員がセクハラ」 「ほう?」 ピヨ子は青くなった。 「セクハラだとっ!?」 ガタッ 「俺の響になんてことを。俺の響に」 「プロデューサーは座ってて」 こいつもぶれない。 765プロは、自分に正直な事務所である。 了

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