TOWもどきim@s異聞~序章~1話

「TOWもどきim@s異聞~序章~1話」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

TOWもどきim@s異聞~序章~1話」(2011/10/16 (日) 09:56:17) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

夢は自分の深層意識の現れだと、いつだったかクラスメイトが雑誌片手に話していた。  お姫様、アイドル、お嫁さん。この3つを自分は、女の子が幼い頃に思い描く願望の三種の神器、 みたいな感じで捉えている。 最初の一つは高貴な生まれに恵まれない限り選びようもないような肩書きだけど、後の2つは 自分の努力次第で掴みようもある。 なりようがないのだ。おとぎ話で出てくるような、ティアラや風船みたいにスカートの 膨らんだキラキラのドレスに身を包んだお姫様には。 だからこそ、少し呆気に取られてから気づいたのだ。夢なんだ、と。  最初に気づいた時、見えたのは周囲を飛び交う蛍火の群れが醸す、天を射抜く猛々しさ、母のような 包容力を感じさせる大樹のふもとだった。 シンデレラ城のように子供の幻想の、綺麗な部分だけ切り取って城という形にしたのではない。人間の命数では 遠く及ばない年月を積み重ね、圧倒的な威容を放っている石の古城。眼下には、人種も様々な人達が暮らす おとぎ話じみた街並み。 そこで、音無小鳥は暮らしている。 ただし、夢の中でなら叶えられると思っていたお姫様、なんてものではなくて。 城の隅っこで細々と、年代も様々な女性達と同様の、スカート丈が踝まで伸びたシックな制服を纏って働く、単なるメイドとして。  トレーニングで酷使した喉を、室温まで戻したミネラルウォーターでゆっくりと潤す。 壁にかかった時計で時刻を確認すると、練習開始からもう二時間半は経過していた。それだけの時間を費やしても尚、覚えたての歌詞をメロディーラインに乗せるだけで手一杯で、 「曲」として物になるにはまだまだかかるだろうな、と思う。 (でも、仕方ないわよね) 今までは既存の曲での練習が中心だったから、練習量が膨大でも着実にステップアップしているという自信はあった。 けれど、この曲はまだ世の中の誰も知らない。自分が譜面を、歌詞を、そしてその全体の中のメッセージを丸ごと飲み込んで初めて完成し、ちゃんとした「歌」になっていく。 「こと・・・・・・音無君。調子はどうかね?」 「あっ・・・・・・高木さん!」 軽い数回のノックの後、ペットボトルの入ったビニール袋片手に入ってくる男性の顔を見て、それまでジッと譜面を見つめていた小鳥の顔がぱっ、と綻んだ。   「お忙しい中ありがとうございます!他のお仕事もあるんですから、ちょくちょく顔を出してくれなくたっていいのに・・・・・・」 「私は君の担当プロデューサーなんだよ?ステップアップしようとしている君の踏ん張りを見守らずして、書類仕事にばかりかまけてもいられないさ」 物心つかぬ内から『おじちゃん』、小学校からは『高木のおじさん』として小鳥の人生の大部分を家族同然に占めている彼は、今は彼自身が言ったように彼女のプロデューサーだ。 「しかし、この段階まで来るのには、長いようで短かったような・・・・・・君の歌が世界に広まる時が来るのかと思うと、感慨深いものだねぇ」 「・・・・・・ヤだなぁ、お年寄りみたいなこと言わないで下さいよ」 「そりゃ、最初は歌詞は一発で覚えられても譜面もロクに読めなかった君が、こうして自分のオリジナル楽曲を持つまでに来たんだよ?世の中はなるようになるものだなぁ、 とつくづく・・・・・・」 「高木さん、チョップの一発位かましてもいいですか?」 「はははは・・・・・・怖いぞ小鳥ちゃん」 声こそいつもの調子なものの、無意識に昔の呼び方を使っている辺りちょっと怖じ気を与えることは出来たらしい。ここら辺にしておくか、と思いつつ差し入れに貰ったジュースを 口に含む。 「でも、確かにおじさんの言う通りなんですよね。・・・・・・ほんの少し前まで、歌も踊りも学校通いの傍ら、友達と一緒にカラオケでやる位のものでしかなかったのに」 数ヶ月前からは想像もつかなかった。ビルの最上階にあるトレーニングルームの窓枠から見える、きゃらきゃらした笑顔で下校する制服姿の女の子達。 自分も確かにああいう輪の中でありふれた青春を謳歌する、ひとかどの存在でしかなかった。そう、母の一周忌を境に、目の前の彼からひとつの選択肢を提示されるまでは。 「おじさんの「ティンときた!」・・・っていうのが正しいかはまだわかりませんけど。でも、自分の曲を作ってもらってるってだけでもスゴいことだなぁ、と思うし」 それがそう遠くない未来に形となった時は、即ち『アイドル』音無小鳥としての自分を世に広める一歩となるということ。大衆がどれ程、この歌に心を傾けてくれるかは わからないにしても。 「勿論、まだまだ頑張らなきゃいけないってことは、わかってるつもりです。おじさんにこんなに良くしてもらってるんですから、むしろこれからは今まで以上に気合いを 入れないと―――」 「―――『小鳥ちゃん』」 居住まいを正したような声で呼びかけられ、え。と顔を上げた時。 ツン、と節くれだった指先が彼女の額を小突いた。 「確かに、ここが君の目標に至る途中経過なのは確かだ。でも―――今この瞬間の成功も、確かに君自身の努力で勝ち得た掛け替えのないものだ。 『まだまだ』なんて言葉は抜きにして、それはちゃんと喜んでいい。先のことは、先のことだ」 ―――この業界に身を投じてからの月日は、まだ決して長くはない。 でも、小鳥がオーディション等で見てきた他のアイドルやプロデューサー達は、例え合格しても顔のどこかに未来への焦りみたいなものが見えている人ばかりだった。 まだここじゃない。ゆくゆくは。そんな言葉が見え隠れしているような表情の人達。野心、というには大袈裟だけど、いつだって「トップアイドル」という今は見えない『先』の 展望を見据えている。 でも彼は、『次』とかいう言葉を滅多に口にはせず、小鳥の成功も失敗も、その都度自分のことのように分かち合ってくれる。厳しい表情も向けられることはあるけど、 それだけは変わらない。 「次もこの調子で」「次はこんな事のないように」。そういう言葉を滅多に口にはしない。 こういう柔らかさを知っているから、自分はこの人について行こう、賭けてみようと思ったんだ。 そして、そういうこの人だからここまで来て、こうして自分だけの歌を歌う段階まで来ている。 胸の前で握り締めていた拳を解き、そっと撫でてみる。決して速すぎるスピードではないけど、確かにいつも以上に高鳴っている鼓動。ジワ、と温かなさざ波が波打つような感触。 確かな歓喜と、期待感だった。 「・・・・・・本当に、私だけの曲、なんですね」 途切れ途切れ、噛みしめるようにして口に出した言葉は確かに現実だから。 ―――だから、喜ぼう。こうして掴むことが出来た一歩を。 「大事に、していかなければね」 「はい。・・・・・・でも、何だか不思議ですね。これからステージも立つんだなぁ、って思うと凄くドキドキしてるけど、何だかこう、この曲を歌う時のこと考えると・・・・・・娘を 送り出すお父さんみたいな気持ちかも知れません」 「・・・・・・いや、それは正に私の役割という気もするんだが。・・・・・・おお、そうだ!」 ポン、と手を打って立ち上がった高木は、壁の時計をチラリと確認してから、 「そろそろ昼時だし、久々に何か食べにでも行かないか?勿論、私が奢るよ」 「え、ホントですか!?」 母が健在の頃は、誕生日やクリスマスといった祝い事で食事を共にしたりすることも多かった。しかしアイドルを目指すことになってからは、日々の忙しさの中でそんな余裕は露と 消えてしまって。 「まあ、給料日前だから大したものは奢ってやれないだろうが・・・・・・たるき亭のランチ辺りで手を打ってはくれないかね?」 売れっ子アイドルを何人も抱えている敏腕プロデューサーのお言葉は、果たして謙遜か本気なのか、ちょっとだけ苦笑する。でも、あそこのご飯はお袋の味、とまではいかなくとも、 スルッ、と心や舌に馴染みやすいので結構気に入っている。 しかし、その時空腹と共に脳裏を閃くものがあった。 「向こう側」で初めて目の前に出された時には一瞬、自分が『起きて』いるのかと疑いたくなった珍レシピ。 「・・・・・・マーボーカレーって知ってますか?」 「・・・・・・は?」 「あ。何でもないです、何でも。―――ところで、ステージの決め台詞とかあった方がいいと 思いますか?例えばですけど『私の歌を聴けぇ!』とか」 「……いや、単なる勘だがそれをやると何かに抵触しそうな気がするから、 やめておくことをお勧めするよ」 「―――ごちそうさまでした!」 その言葉を手を合わせて呟く「今の」小鳥の目の前には、空っぽになった件の珍味ことマーボーカレーの膳が置かれている。 晴天の下、マットまで敷いてヒッソリとだが、城外れの森の川縁で食べるお昼も、キャンプかピクニック気分でまた乙な物だった。 王侯貴族や庶民に至るまで幅広く食されているというだけあり、成る程癖になる味だな、と食べる度に実感するーーーが。 (・・・・・・ここ、一体どういう世界観なんだろ) 「―――それで?その「高木のおじさん」と食事に行って、その先はどうなったのかしら?」 そんな彼女と『いつものように』相席している、蜂蜜色の髪と柔らかな美貌が特徴のその女性は、どこか期待に満ちた眼差しを投げかけながら問う。 「その先も何も。たるき亭―――あ、ご近所の定食屋さんなんですけど、そこで奢ってもらって、歌のことに関して色々話して、それでおしまい。ご期待に添えなくて残念でした。 ・・・・・・ていうか、ホントにそういう人じゃないんですよ?そりゃ、プロデューサーとしての実績はすごいけどやっぱり親戚の親しいおじさんみたいな感じだし」 「あら、そうなの?・・・・・・残念ねぇ」 何故か不満げに唇を尖らせてから、彼女は自分のお昼であるざるそば(・・・)を口に運んだ。 「あなたの話を聞く限りだと、何だかその『プロデューサー』というのは白馬の王子様みたいな職業に聞こえるのだけど」 「い、いえいえそんな・・・・・・」 確かにアイドルとプロデューサーの結婚というドラマのような前例を耳にしたこともある。が、それと自分達とのことはまた別だ。 「待望だった歌い手としてのステップアップと来た日には、お次はやっぱりロマンスを期待してもいいじゃない」 「・・・お見合い進める仲人さんみたいですよ?」 ここでの小鳥は、身寄りも姓もなければ後ろ盾もない。高木という存在が身近にいる訳でもない、ただの城住みのメイドだ。 ただ、ここで過ごしている時は―――オリジナル曲発表を間近に控えた「向こう側」こそが、時折『夢』』なのではと思うこともあるけど。 「夢っていうのは願望の表れって言うじゃない。国の中のどこにいても連絡を取り合える通信機とか、遠くの出来事やお芝居まで映せる箱が普通に生活の中にあるなんて、突拍子もない スケールの夢を見る位だもの。 それに、ちょっと位疲れた日常の中でロマンスを夢見たって罰は当たらないと思うけど」 あ、これ主人には内緒ね?とコロコロと笑う。ああ、そういえばどう見ても二十代半ばにしか見えないのに旦那さんも子供もいるとか話していたような―――と、漠然と思い出す。 不思議なものだった。天涯孤独なことは変わらないにしても、確かにアイドル活動中の『音無小鳥』と、こちらで母の顔も歌も知らない普通のメイドとして生きてきた小鳥。 その2つ分の「小鳥」が記憶にのし掛かってきたのは、丁度向こう側でアイドルを目指すことを決めた日だった気がする。   ある日突然異世界に飛ばされる、なんてイントロで始まる物語は、映画にしても小説にしても沢山存在している。だが、身一つで放り出されるような彼らよりも自分は遙かに幸運だ。 立ち位置もするべき仕事も、体がしっかりと覚えている。効率のいい仕事のこなし方、朝と晩のスケジュールまで。 そうして観察してみると、嫌でも気づかされるのはこの『世界』の異様さだ。 城及び城下町のそこかしこに潜む謎の料理人ワンダーシェフやねこにん・うさにん。更には今食したこのマーボーカレーなど、『音無小鳥』の観点からしてみればコメディリリーフ みたいなものが散りばめられている。 「・・・・・・あっちの私も、多分そんな余裕ありませんから。アイドルの仕事にいっぱいいっぱいだし、そんな素敵な人が仮に現れたって上手くいくかどうか」 「自分の夢なんだもの。あなたが望むようにすれば、何だって出来る筈じゃない。掃除や料理に箒や火打ち石も要らないような、そんな生活出来ることなら、私だって 寝てる間だけでもしてみたいわぁ・・・・・・」 「・・・・・・いえ、箒は普通にちゃんと使われてますよ?」 何気に彼女が主婦であることを想起させる所帯じみた呟きに、その恩恵を何の疑問も持たず受けてきた小鳥としては少しばかり身を縮こませるばかりだ。  いや、『音無小鳥』の過ごす世界の技術水準はそれ程、この世界の人からすれば羨ましいものなのだろうけど。 「この際だから、こっちの世界でイイ人のひとりでも見つけてみたらどうかしら?小鳥ちゃんは奥手だから そんなイメージ湧きにくいかも知れないけど・・・・・・」 「・・・・・・いや、そんなことは」 ハッキリ言うが数多くの少女漫画やハー●クインロマンスを愛読してきた小鳥の、A4ノートをびっしり埋め尽くす過激な妄想力はこんな物ではない。 「生活」だけをこうして夢の中の産物として話している分にはまだいいが、ノートの妄想をありのまま話したら絶対に引かれる、という悲しい自信はある。 「現にモテモテじゃない、ほら。騎士団にいる新顔だっていう、確か、グ―――」 「ここにいたか、黒き雛鳥よ!」 ―――ああ、余計なネタフリなどしないでほしかった、出来ることなら。 何故なら一度存在を示唆したが最後、それは「彼ら」を呼ぶことと同義なのだから、ということを、最近の小鳥は頭痛と共に思い知っている。  頭を抱えている小鳥の様子を知ってか知らずか、背後から正しく出没したその「影」は、尚も揚々と言い募る。 「どうした、道端でナイトレイドにでも出くわしたような顔をして」 「・・・・・・あの、グリッドさん?お腹が空いてるなら、生憎ですけどあの時みたいにグミは持ってませんよ?」 「人を意地汚い欠食児童のように言うな! お前が定期集会に来ないものだから、こうして迎えに来たんろうが!」 「定期集会のことは初耳ですけど・・・・・・ていうか、何度も言いますけど、私はあなた達のチームに入るとか、そんなつもりは全っ然ありませんから!黒きなんとかって呼び方も やめて下さい!」 ・・・・・・ふと、こんな事態を作る一因となった二ヶ月程前の出来事がフィードバックする。 軽い買い物の帰り道、グーグーと腹を鳴らした飢餓状態で今にも天に召されそうな倒れた見知らぬ人と、彼らを取り囲む何体かのオタオタ(弱い部類だがモンスターという生物には 入るらしい)という場面。 多少無謀だったにせよ、その場にあった荷物をオタオタへと投げつけて、彼らを背負ってその場を離脱し、ついでに非常食用のグミをお裾分けした―――。と、そこで終わればただの 自分のことながらただの美談で済んだのだろう。 荷物をそのまま置き去りにしたことで多少侍女長からお小言は食らったものの、人としては間違いのない行動だった筈だ。ただ、不幸だったのは助けた相手が彼らだった、というだけで。 キョトンとして2人のやり取りを眺めていた女性は、やがて得心したように手をポン、と叩いて、 「・・・・・・ああそう、確か音速の奇行子のグリッド君だったかしら?」 「おぉ、見ない顔だがそこなご婦人よ、確かにその通り。見たことか小鳥!こうして漆黒の翼の高名も着々と広まっている今、栄えあるシングルナンバーの団員として名を連ねることが 出来るのは今だけなんだぞ!」 多分小鳥だけが気づいてるであろう、あてた字の違いはこの際指摘せず。 彼女は必死になって言い募る。 「あの時はたまたま上手くいって逃げられただけで、私にはそんな戦う力なんてないって言ってるでしょう!? マトモな戦力を捜したいなら、普通に騎士団の友達に声でも掛ければいいじゃないですか!」 「ふっ、甘いな小鳥・・・!」 その無駄に艶のいい金髪をふぁさっ、とかき揚げて、グリッドは高々と胸を張る。 「俺にジョンやミリー以外の友達なんていると思うのか!」 ・・・・・・うん、ここで涙してしまうのは失礼だろう。 その事実を認識してはいても、別段恥じている様子はないのだから。 「あの出会いは正に運命だった・・・・・・そう、お前がバスケットを投げつけ、風と共に舞い上がったその長いスカートの中の神秘の聖域を目に焼き付いた瞬げふぉっ!?」 世間的にはイケメンと呼べなくもない顔で清々しいほどアレな台詞を放つその鼻面に、空になったマーボーカレーの膳が炸裂した。 「そういう発言も程々にしてくれないと、いい加減こっちも実力行使に出ますよ!?」 「もう出ているだろうが、というか何が気に食わん!?自分だけ見られるのが嫌だというのなら、俺だって快く脱いでやる!なんならこの場で!」 本当、ここで誰かがシャープネスの呪文でもかけてくれれば、多分今の自分なら目の前の男を拳一つで星にしてしまえるのに。 膳を投げ捨て得物らしい得物のない小鳥は、うっすら本気でそう考えた。 「妥協してるような口調で堂々とセクハラ宣言しないで下さい!仕舞いには訴えますよ!?」 「とにかく、その時俺は確かに予知したんだ!お前が敢然と武器を奮うメイド騎士として、俺の背中を預け戦う図がっ!」 「そこで何でそんな未来図と直結するんですか!?メイドが好きならミリーさんに着てもらえばいいじゃないですか!」 「メイドだから誘うのではない!お前だから誘っているのだ!」 ・・・・・・前述の余計な一言さえなければ、多少はグッとする台詞なのかも知れないが。 (・・・・・・ホント、どうしてこの人騎士団に入ったんだろう) 目の前の彼が他2名と共に騎士団内で自称している「漆黒の翼」。空腹だったとはいえ素人の小鳥に助けられている辺り実力の程は知れているというのに、その手綱を放された 荒馬の如き言動や奇行の数々は、騎士団のみならず城内でも悪目立ちしている。どう考えても、規律の厳しい騎士団向きの性質ではなかった。 「サインでも貰ってきてよ、マニアに売れそう」など、からかい混じりに小鳥に頼んでくる者もいる位だ。 こうしてうんざりする程付き纏われても尚、総合的に言うなら決して悪い人間達じゃない、とは思うのだが――― 「という訳で、長々と話したがここまでだ!ジョンやミリーもお前の来訪を心待ちにしているぞ!」 「だから嫌ですってば!それに今日は侍女長から直々に頼まれ事が―――って!」 ふと、自分で口にしたその事実にサァーッと血の気が引いていくのを覚えた。 首を猛烈な勢いで上空へと向ける。太陽は既に中天から僅かに西へと傾きだしている。 「・・・・・・そうだ、ブレッド・ブレッドへの買い出し!あそこのパン、昼のタイムセールにはすぐ売り切れちゃうから急がないといけないのに!」 王宮御用達、とまではいかずとも、使用人や兵士達には重用されている城下で評判のパン屋。昼を済ませたら直ちに向かうように、侍女長に念を押されるまでもなく、再三自分に 言い聞かせていた、というのに。慌てて隣の女性へと向き直り、丁寧に頭を下げてから、 「ごめんなさい!急ぎの用事があったの思い出しました、お話の続きでしたらまた今度で!」 「こら待たんか小鳥!リーダーたる俺への申し開きはないのかぐふぉぁっ!?」 突如、尚も食い下がるグリッドの頭に、突如として降りかかってくるコミカルな衝撃。 「ピコハン」と呼ばれる、モンスター相手だったら牽制程度にしかならないけれど、人間一人喪心させる分には充分なその術を放った「彼女」は、小鳥に対してあっけらかんと、 「モンスターのいそうな道はなるべく避けて通るようにね?いつかみたいに、誰かがタイミングよく助けてくれる保障はないんだから」 「―――度々すいませんメリルさん!今度運よくワンダーシェフの方とか見つけられたら、美味しいデザートでも教えてもらってご馳走しますっ!」 ―――スカートをたくしあげ、走りながら思う。ナースキャップみたいな大きな帽子に白い法衣に杖を携えたスタイルを毎日のように見ているのに、どうも周囲が騒ぐような『王室仕えの腕利き 法術師』というよりも、普段他愛ない話に花を咲かせている時の、お姉さんや母親みたいな、フランクな印象が先行している。 しかし、さっきの手品じみた小技だけでなく、実際に奇跡のような光を放って、人を癒し守っている姿を、小鳥は現実として目の当たりにしている。 (・・・・・・実際メリルさんがいてくれなかったら、危なかったろうなぁ) 市街地での騎士団と盗賊団の乱戦の中、右往左往する自分を保護してくれた、という多少物騒な経緯で知り合ったのが、今はこうして茶飲み友達だ。いつの間にか、おいそれとは 話すまいと思っていた向こう側の話すら、スルリと喉からこぼしてしまう程。 けれど聖職者としてか一児の母としての包容力のなせる技なのか、下手をすれば距離を置かれかねないという自覚もある『音無小鳥』の物語を、彼女は笑顔で受け入れてくれる。 あっけらかんとしたその反応に、逆に小鳥が肩すかしを食らうほど。 ・・・・・・まあ、あくまで「夢」と前置きして話したからかも知れないが。   行く手には青空と風。向こう側では多分滅多なことでは味わえない、混じり気のない清々しさを胸いっぱいに吸い込む。 デザートを振る舞うその時には、また話すことは増えているだろうか。 「・・・あら。回収ご苦労様です」 去りゆく小鳥の背中に手を振っていたメリル・アドネードは、スッと忍者の如き静謐さで現れた「彼」の様子にさして驚くこともなく、のんびりとした挨拶を交わす。 「・・・・・・手間をかけさせてすまない、メリル殿。何が定期集会なんだか。その前にまず隊の演習を優先させろというに」 子分の連中もしっかり参加してるぞ、と呟きながら、鎧のみならず人としての印象も無骨そうなその騎士―――マルス・ウルドールはよいしょと気絶中の部下をかつぎ上げる。 「それにしても、今去っていった少女がいつも騒いでいた『黒き雛鳥』、だったか?あれ程入れあげているようだからどんなキワモ―――変わり者かと思っていたんだが、 案外普通の娘で安心した。万が一にでも勧誘に屈しても、今以上の被害を城にもたらすことはなさそうだ」 「……そういえば、面白い話を結構聞いてるわね」 騎士団内で友人同士、大なり小なり徒党を組むこと自体は、反乱のような不穏なものでない限りさして問題ではない。 が、シンプルに規律違反を犯していないにしても、彼らこと『漆黒の翼』は騎士団における鼻つまみ者の代名詞だった。 ある時はモンスターの卵を複数食用と勘違いして持ち帰って城内で孵化させ、腕試しのつもりか知らないがチンピラ同然の手口で在野の冒険者並びに戦士達に喧嘩を売っては 敗れ去り。傍で見ている分には愉快だが、『監督』役を任されている身としては堪ったものではないのだろう。その見慣れた眉間にうっすらとだが、決して年輪に 寄るものではない皺が刻み込まれているようだった。 「この間など、暑さで頭でもやられたのかは知らないがメイド達の夏用制服を水着とエプロンなんてはしたない物にしようなどという呼びかけを行っていた位だぞ。 ナイレン殿が殴って止めなければ、最悪腹を切らせる事態にもなりかねなかった」 「やんちゃなのも考え物ねぇ、『盗んだバイクで走り出す』っていうならまだカッコいいんだけど」 「……何の話をしてる?」 「貴方の知らない、遠い世界のお話よ」 説明のつかないことだらけなのに、やけにリアルな手触りがある遠い世界。 歌で人々に夢や希望を届ける、その為に突き進むもう一人の『彼女』がいる世界。 「……一介の侍女とやけに親しげなようだったが、メリル殿。彼女とはどういう?」 「あら、侍女と法術師が仲良くしてはいけないなんて理屈はないでしょう?」 「いや、肩書きがどうという以前だろう。主婦同士の茶飲み友達にするには、まだ年代的に」 瞬間、マルスの使い古した肩当てが、見えざる疾風によってその三分の一を削られる。すぐ傍らの木をぶっすりと刺すスターメイスに冷や汗を垂らしながら、 彼は野太いながらもちょっと震える声音で、 「・・・・・・ま、曲がりなりにも一児の母ならば、もう少し控え目に行動してもいいような気がするのだが」 「あら、母ではあっても心はいつまでも乙女のつもりよ?」 ・・・・・・アルザス殿も苦労するだろうな、などとため息混じりに呟くその様に、メリルは立て続けに釘を刺す。 「あなたにだけは言われたくないわね。・・・いくら任務があるからって、たまには家に帰ったらどうかしら。健気に待ってる可愛い奥さんから、何も聞いてないとでも思ってる?」 途端、マルスはわざとらしげに咳払いしてから、改めてグリッドを担ぎ直すと、少し先にある城門目指して「では、演習があるので」とそそくさと去っていった。 ―――普通の、女の子。 (……そうであってほしい、けどね) デザートをご馳走する、そうやって『また会う時』を約束していった彼女の笑顔を、言葉を。 嬉しく思う一方で、いつからか胸のどこかが痛む、微かな感触を覚えていた。 語り合う楽しさの分だけ増す、罪悪感や後ろめたさ。それらは多分、あの娘は知る由もないだろう。知らないままであってほしい。 最初に彼女に『接触』していった時は、こんな感情に見舞われることになるなんて思ってもみなかった。 娘や妹というには気恥ずかしいけれど、それでも法術師としてではない、メリル・アドネード個人としてあの少女への好ましさが増すにつれて、思う。 このままの日常が続いてくれるように。彼女が、自分が見て知っている『ただの』小鳥であってくれるように―――。 「……あ、そういえば」 ブレッド・ブレッド。その名を聞いて思い出すのは、自分の法衣の裾を握り締めて後ろにいることの多い一人娘の顔。 その人見知り矯正の一環として―――今朝がた件のパン屋への『おつかい』を頼んでいた、ということを、彼女は今更ながらに思い出した。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: