TOWもどきim@s異聞~序章~2話

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『世界樹』と呼ばれて、この地に生きている限り何処からでも見えるその樹は、『あちら側』での言葉を借りるなら正しく神様仏様イエス様の化身だった。 ただ、あの世界と違うのは単純に心の拠り所、という意味でなく、『実際に』人の営みを、生活を支えているということだ。  数千年だか数万年だかの太古の昔から、その樹が世界の隅々へと生み出し、浸透する見えざる神秘。その力あってこそ作物は実り、土を潤わせる雨雲が生み出され、 数千年に渡ってこの世界を支えてきた。  その神秘の名を、この世界の人々はマナと呼ぶ。 世界樹の麓近くにあり、精霊やマナを信仰する聖職者達が数多く集っているという以外は、歴史の古さ以外に特筆すべきこともない辺境の小国家。小鳥が現在住まう ヴォルフィアナなる地は、そういう国である。 この国を含めた「世界」の名前については―――まだ直に確かめる術がないので、暫定だが小鳥的には『夢世界』なる呼称で落ち着いている。(一時は中○国だの セ○ィーロだのといった呼称も候補に入っていた) 交通には馬車(遙か遠くの先進国では、長距離での移動用に飛空艇なる科学の最先端じみた代物を用いたりもしているらしいが)、炊事には薪や炭、小川や井戸水という その文明レベルにはまだ納得がいく。自然との調和、とでも言えばいいのか。向こう側の記憶が混じっても、別段不便さみたいなものを感じたことはないし、最近では 種火で火を起こす動作一つにしても、万一向こうで何かあったら役立ちそう、なんて思える位だ。―――が、 「・・・・・・何で食文化だけはこんなに進化してるのかしら・・・・・・?」 当たり前のように浸透している、さっきの自分の昼食を始めとした日本のコンビニや食堂でも見かけるようなラインナップが目立っている。いつか見た ファンタジー小説の一幕にあったような、硬い保存用の塩漬け肉みたいな代物を恒常的に食べさせられるよりはマシだが、ヨーロッパの片田舎辺りにありそうな郷土料理っぽいものを 期待するのは間違いなんだろうか。 そう考えつつも、店内に溢れかえっているメロンパンやカレーパン、コンビニエンスストアではよく見かけていた調理パンの放つ芳香につい我を忘れていると、レジから 威勢のいい声が投げかけられる。 「はい、お待ちどうさま!運が良かったね、今日はこれで完売だよ」 「いつもありがとうございます、ブレッドさん」 丁寧に頭を下げてから紙袋の中身を確認すると、小鳥は「ん?」とばかりに眉をひそめた。城での調理用に用いられるバゲットや食パンの他に、一個だけ浮き彫りになった アップルパイが見える。 「あの、このパイ―――」 頼んでませんけど、と戸惑い混じりに声を上げた時、しかしささやかに『城の人達には内緒だよ』と前置きされ、 「いや何、君にアドバイスを貰ったあのパンへのささやかなお礼だよ。お三時にでも食べてくれ」 ―――あ、と思い出してつい苦味走った記憶が走る。 (……あれはアドバイスというか……) ―――ラピ○タパンは置いてないんですか? 『記憶』が目覚めプライベートで初めて店を訪れた時、思わず零れた第一声はそれだった。別に『向こう側』でだって食べられない訳ではなかったにせよ、 ファンタジーでの食の代名詞みたいなイメージがこびりついていたせいだ。 無論、怪訝な眼差しを向けられた際に瞬時に我に返り、彼女は己の発言をなかったことにしようとした。そこは料理人としての性だったのか、心なしか獲物を狙う ハンターの目で詰め寄ってくる店主の気迫に勝つことは出来ず、とりあえず『田舎にあった名物レシピ』ということで教えてはみた。 ……よもや、基本目玉焼きをトーストに載せただけのそれが、色とりどりの調理パンの数々に並んで人気商品に昇りつめるなど思いもしなかったが。 「あれのお陰で一時は傾きかけてた店が持ち直したからね。けど、何でわざわざ『目玉焼きトースト』なんて商品名に? 原名の方が君の故郷の名前も広まるんじゃないかと思うんだが……」 「いえいえいえ!お気遣いは結構ですので」 いくらここでの小鳥が孤児とはいえ、出身地を天空の都市だなんて偽って名作を冒涜する勇気はない。それ以上の追求を拒む勢いで、彼女は店を慌てて飛び出していく。 所々苔むした部分もあるのに、汚さみたいなものは感じさせない立ち並ぶ白い家々。 牧歌的な普段着で井戸端会議に興じる主婦もいれば、物騒な鎧や仰々しいローブに身を包んだ冒険者達といった人々が混在する大通り。 「あちら」でアイドルを目指すようになってから過ごすことの多くなった、けばけばというかゴテゴテした混沌の都会とは違う、 健やかな活気が溢れ返っているようだ。 大量のパンを詰め込んだ買い物籠の重量によろめきそうになりながら、城への家路へつこうとした時だった。 シャラ、というか細い音と共に、ブーツのつま先に何かが当たる気配がした。 「・・・・・・あれ?」 銀色の鎖に通された、元はペンダント状であったのだろうそれは、何てことはない一本の鍵だった。 「だった」というのは他でもなく、元は輪っかをなしていたであろうその鎖は、途中でぷっつりと切れていたからだ。 どこかの家の鍵だろうか―――何気なく拾い上げてみたその時に、不意に脳裏を掠める一つの記憶。 さっきの店の中、小鳥の一つ前でレジで並ぶ、王冠のような金色に輝いているサラサラの後ろ頭がやけに印象的だった女の子。右手で不器用に料金を払う一方、 もう片方の手が強く胸元で「何か」を握りしめていたようなちぐはぐな仕草が、やけに引っかかっていた。 (・・・・・・考えすぎ、かも知れないけど) でもそれは、身をもって体験した覚えのある仕草だったようにも思う。 「向こう側」では母子家庭として育った小鳥があの少女と同じ年頃だった時分、ギュッと手にして放そうとしなかったもの。万が一にでも手放してしまえばオシマイだ、みたいな 思いこみが根付いていたアイテム。 確証はない。けれど―――そっと、手のひらの上で銀色にきらめいているその小さな鍵には、ささやかだがほのかな温度の余韻が残されているような気がして。 それを知覚した途端、足は城とは逆方向目指して反転していた。 こういう時、仕方のないことなのだろうけど交番のようなシステムを持つ施設がないことが悔やまれる。 「金髪の女の子ねぇ・・・・・・それだけだとちょっと。街の中は色んな髪の子もいるから」 聞き込みに応じてくれた、買い物籠をぶら下げ井戸端会議中のマダム達は困り顔でそう返答した。まあ確かに―――と、改めて周囲を振り返る。 自分のような黒髪の者もいれば、赤に茶、時には銀髪と様々な髪色の者達で入り交じっている街並みで、ロクに顔を見ていないその女の子を捜そうなんて途方ない無茶かも知れない。 「あなたも奇特ねぇ。そんなに気になるんなら、どこかのギルドに頼んで捜してもらったら?」 「い、いえ。流石にそこまでは・・・・・・」 『ギルド』は総合的に言うならば、規模は様々なれどこの世界における『何でも屋』の代名詞だ。ある程度腕の立つ冒険者達が組み合って、大きい依頼では魔物の巣窟から 貴重な資材を採取してきたり、小さなものでは街の失せ物捜しまで引き受けてくれるという。 が―――小さなギルドでもそれなりに依頼というものは値を張るというのに、買い物を終えてすかんぴんの今の小鳥に代金を支払える余裕はない。 「でも家の鍵なんて言われると、うちも確かに心配になってくるわねぇ。ちゃんと施錠してきたかしら・・・・・・」 「確かに。最近は一層よくない話も聞くしねぇ・・・・・・ほら覚えてる?こないだ地中から発掘されたあの・・・・・・古代文明の遺跡の話」 「あら、私が聞いた話じゃ、海賊アイフリードの遺したかつての愛船らしいけど?」 「何でもいいけど。そこに怪しい集団が紛れ込んでるから、今日騎士団の小隊が確保に乗り込んだって話聞いて―――」 話が横道に逸れだしたのを察して、小鳥はそろそろとカニのそれにも似た横歩きでその場を脱した。船なのに何で地中から?という微かな好奇心がなくはなかったが、 今はそんな場合ではない。 足を棒にする程聞き込みに励んだつもりはないが、うっすらと疲労を覚えてきた。そもそも侍女長から課せられた「門限」もある。 けど、さっきのあの子の仕草を覚えていて、この鍵を見つけてしまった今の小鳥は、そのまま城へ足を向けることがどうしても出来なくなっていた。  余計なお節介だということはわかっている。 ちゃんと帰りを待っている家族は家にいて、鍵一つなくしたところで、あの子は特別困ることなんてないのかも知れない。 (―――でも) こうなったら、多少叱られる覚悟をしてでもギリギリまで粘ってみようか―――そう考えて、街の中を改めて見回してみた時だった。 「―――だからさお嬢ちゃん、捜し物があるなら手伝うからよ、おじさん達に任せてみちゃくんねえか?」 困ったようなそれでいて柔らかい問いかけの声が、雑踏の中不思議なまでにスルリと耳へ入り込んできて―――顔を向けてみれば、一種 異様な光景が広がっていた。 (・・・・・・かごめかごめ?) 腰を屈めた甲冑姿の騎士達が、「何か」を中心に円をなしている姿は正しくそんな感じだった。3名、という取り合わせについ先程メリル夫人の手で 撃沈されたあの男の顔が過ぎってしまうが、幸いさっきのようなことはなく皆普通の男性だった。 「あー、だからンな顔すんなって・・・・・・なあ、俺そんなに怖そうな顔してる?」 「そうですね・・・・・・怖そうというより、笑顔に油断して近づいていったらかどわかされそうな怪しいおじさんみたいな顔はしてると思いますが」 「・・・・・・単純に怖いって言われた方がまだマシなんだが」 えらい言われように若干へこんだような調子で声を上げたのは、小鳥本人は面識はないがやはり見覚えがある顔、というか有名人だった。ただし、自分に付き纏っている ストーカー予備軍とは別の、もっとプラス方面の意味でだが。  ナイレン・フェドロック―――やや焼けた顔と、顎に走った傷跡が粗野な印象を与えるだけに、その下に纏った騎士甲冑が妙に浮いているその男は、騎士団に数ある一個小隊の 内一つを預かっている、と聞いたことがある。 しかし、何やら小さな子をあやすみたいなその口調を聞いていると――― (迷子でも保護しようとしてる、とか?) いやいやそんな場合じゃない―――と頭を切り替えて、再び少女の姿を捜そうと身を翻して。 「―――隊長っ!すいませんっ、取り逃がしましたっ!」 明後日の方向から、誰かのそんな切羽詰まったような悲鳴が届いた時、騎士達の顔つきのみならず街全体の空気がビリビリと張り詰めたような気がした。 え、と声のした方に首だけ向けてみれば、ギョロギョロと異様な圧力を視線で放つ、痩せこけた体躯を黒いローブに包んだ壮年の男達がのろのろと近づいてきている。 開け放した窓が閉められ、大人が近くを遊んでいた子供達の手を強引に引っ張る。そこまで来て、ようやく呆然と立っている他なかった小鳥も状況を察し――― (に、逃げないと!) 戦闘とは無縁の日々を生きる者にとっては起こってほしくない「有事」、それが起こる時の気配というのを、街の人達は普段城勤めの小鳥よりも敏感に嗅ぎとれる。 しかし、小鳥がその場を離脱しようとするには、少々タイミングが悪すぎた。 「・・・・・・エアスラストォッ!」 くぐもった声と共に響いた叫びが辺りを揺るがした時、小鳥の腰回りが物凄い勢いで引っ張られる。 「舌ぁ噛むなよ、しっかり掴まってろ!」 ―――どこに掴まれ、というのか。 いつ小鳥の存在を察知したのかは知らないが、すでに抜剣していたナイレン氏が小鳥を脇に抱え込み、石畳を削って遅い来る風の刃から身をかわす。 「―――ま、魔術っ!?」 ギリギリで鼻先を掠めていったそれに、思わずギョッとしてしまう。この世界において精霊との契約を持ってなされるその奇跡の技を使う魔術師達は、 単純な武力以外での魔物達への防衛手段が乏しいこの小国では貴重な戦力の筈なのだが、よもやこんな往来で騒ぎを起こすなんて。 「くそっ、目ぇ離すなっつったろ!トイレでも要求されたのか!?」 「そんなベタな失敗はやらかしませんよ!・・・・・・口惜しい話ですが、どうも術だけでなく、武道にも通じていたようで・・・!」 最初に報告してきた騎士は、何か一撃を貰ったのか、首の辺りを押さえてよろめきながら駆け寄ってくる。  通りを駆けるナイレンの、その脚力がなすスピードに思わず酔いそうになっていた時、不意に目まぐるしくスライドしていた景色がストップした。 そのまま、フワリとばかりに地へ身体を下ろされる。大きく立てかけられた、居酒屋の立看板の傍で呆然と佇む小鳥の顔を見ないまま、 「終わるまではそこから動かないようにしてくれ。多分皆鍵閉めちまってて、建物の中に入れねえからな」 畳みかけるようにそう言ってから、再び術を詠唱しようとしている魔術師の男目掛けて突進する。 「―――あの船の神秘は貴様ら如きが言いようにしていいものではないわ!身の程を知れぇ!」 「ったく、不法侵入しといて往生際が悪ぃ―――あんなガラクタのことよりも、街をしっちゃかめっちゃかにしてくれた落とし前は、 裁判でキッチリつけてもらうから覚悟しとけ!?」 「ほざけぇっ!ライトニングッ!」 一瞬の閃光と共に降り注ぐまさに「青天の霹靂」に、遠目で見ている小鳥ですら思わず背筋が震えた。 「―――すいません、この子のこともお願い出来ますか!?」 乱戦の中、部下と思しき騎士の一人が、立看板に隠れていた小鳥に声をかける。見てみれば、カタカタと小さな背を震わせる、 小さな女の子を腕に抱えている。 「なるべく被害がそちらに及ばぬよう尽力しますので、それまでお願いします!」 「えっ、あのちょっ―――!」 小鳥の返事を待たずして、騎士はその腕から下ろすと、ナイレンらの後を追って「戦場」へと舞い戻る。思わず手を伸ばして 待ったをかけようとしたが、出来なかった。 ―――少女を下ろすその腕から流れる、赤黒い液体を目の当たりにした瞬間、息が詰まったように声が出なくなる。  本人が気づいていない筈もないのに、それでも当然のように血を流したままのその腕は、今度は剣を力強く振り抜き、駆けていく。 どくどくと、心臓が早鐘のように脈打つ。オーディションに臨む時にどうしても付き物の「それ」とは、比べ物にならない速度で。 (―――大丈夫よ、落ち着いて。だって―――) その先に続きそうになった言葉に気づいた瞬間、戦闘の中緊張しきった小鳥の脳を、一瞬の自己嫌悪が支配する。 自分が嫌になるのは、こんな時だ。 それまで当たり前で愛おしいと思ってた筈のこの日常を―――「これはどうせ夢」と、切り捨ててしまいそうになる時だ。 陰りのようなものなど何も見えなくても、この『世界』は交通事故よりも高い確率で、下手すれば明日の朝陽を拝めない危険を孕んでいる。 小鳥のみならず、人々が当たり前のように受け入れている事実。でも『音無小鳥』を、少なくとも目に見える危険も何もなかった世界を 思い出してしまった今は――― ―――自己嫌悪の海に沈みそうだった彼女の意識を呼び戻したのは、目の前を吹き抜けた金色の風だった。 「―――えっ?」 正確には、金糸のような髪が目の前を過ぎっていった。そのことに―――傍で震えていた筈の少女が、やおら立ち上がって走り出し、通りへ 飛び出していった瞬間を目の当たりにした時、サァッ、と冗談抜きで血の気が引いた。 「まっ―――待ちなさい、何やってるの!?」 耳を鋭く打つ剣戟と、呪文による総攻撃の波に怯えている暇はなかった。走り出した後に、唐突によりにもよって道のど真ん中へ座り込んだ少女を 連れ戻すべく、小鳥は飛び出していく。 「ここは危ないの!すぐに戻らないと―――」 怪我じゃすまない―――そう続けようとしたその瞬間。 見てしまった。ぐったりと、四肢を路面に横たわらせた、野良と思しき子猫。その腹が無惨にもバッサリと裂け、内蔵すら覗かせている惨状を。 反射的に、今の状況を忘れて口を押さえる。 「い、癒しの力よ・・・・・・ファーストエイド!」 幼くも鈴の鳴るような声が呪文を紡ぐと同時に、拳一つ分の天上の光を集めたような輝きが、少女の小さな掌に宿る。 そうして初めて、目の前の女の子の顔をしっかりと認識した。 黄金の月を糸にしたような、儚い印象を覚える輝く金髪。恐怖に揺れながらも、強い意志を燃やしている蒼い瞳。真ん中で 分けられた前髪から覗くその白い額には、うっすらと玉の汗が浮かんでいた。 先程まで必死になって捜し回っていた「落とし主」がいる、という感動など介在する余地はなくて。 5、6歳程度にしか見えない彼女は、しかし目の前で尽き果てようとしている命を救わんと、必死になって尽力している。 ―――頭を思い切り不意打ちで叩かれたようだった。 こんな幼い少女が、いつか見た法術という癒しの奇跡を用いていることではない。 少女は、震えながらもしっかりと見据えていたのだ。 雨あられと降り注ぐ魔術の恐怖から目を逸らさずに、炎や雷がすぐ間近で舞う状況の中でこの子猫を見つけ、そして飛び出していった。 小刻みに震える身体から確かに滲む恐怖。あの奇跡のような光を注いでも、子猫の傷はほんの少ししか塞がらない。 いくら法術といっても、やはり限界はあるのか。 普通の子供であれば目を背けても当然の筈の子猫の惨状を前にして、泣きそうな表情になりながらも、 それでも彼女は術をかけることをやめなかった。 「・・・・・・お願い、治ってっ・・・・・・!」 それは神か、それともこの世界の流儀ならば世界樹への祈りだったのか。震える手から灯る光は、絶える気配を見せない。 小鳥の視線が不意に、尚も戦い続ける騎士達の方へと向かう。 深手を負っても、逃げ遅れた人を避難させる者、倒れた仲間を介抱する者、発動する術にその身を晒しながらも飛び込む者達がいた。 躊躇わずに誰かを守るなんて、人の空想か漫画の中にしかいないと思っていた人達が、目の前にいる。  その『現実』が、凝り固まってへばりついて、自分ではどうしようもないと思い込んでいた筈の澱を静かに吹き飛ばす。 気づけば、小鳥の手は、無駄な長さを誇る自分のスカートへと伸びていた。 ビィィッ、と裂かれる布が立てる耳障りな音によるものか、少女の目線がハッとこちらを映した。 「とりあえず、これ以上血が出ると危険だわ。今はこの子を連れて移動しましょう」 付け焼き刃の応急処置に過ぎないが、裂かれた腹部分に強引に布を巻き付ける。無論、この程度じゃ気休めにも ならないだろうけど、せめて場所を移動させないと、これ以上は子猫どころか少女の身も危険だった。 「で、でも・・・・・・!」 「その子がこれ以上、呪文に巻き込まれるようなことになったら、今度こそ死んじゃうかも知れない。それでもいいの?」 直截的にも程がある、ともすれば恫喝するような勢いだったかも知れない。しかし少女は、ハッと我に返ったよう蒼い瞳を見開いた後、 しばし逡巡する様子を見せてから静かに頷いた。 少女と子猫を慎重に抱え上げ、さっきまで身を潜めていた立て看板へ視線を移す。 路地裏にでも身を移すべきか?いや――― その数瞬の迷いの後、彼女らの後方から最悪のタイミングで次なる災禍が襲って来た。 「どけぇ、女!」 思いもかけず近い距離から降り懸かってきた声に振り返った時、頭から爪の先まで凍り付いたようだった。決死の形相で追い立ててくる騎士達を 振り切ったのであろう魔術師の一人が、血のように赤いドロドロした光を杖の先に纏わせて、突進してきている。 標的は考えるまでもない―――逃走経路の延長線上にいる、自分達だ。 しかし、鋭く息を呑む少女の気配を悟った瞬間、ほぼ反射的に、抱き上げる腕に力がこもる。 絶対放さない。避けられなくて、倒れてしまっても、せめて意識のある内は。 「―――疾風!」 勇ましくも清涼な声が大気に融け、風となったようだった。 わずかなブレや歪みもない、定められた道筋に沿っているかのように虚空を駆けるその軌道が閃くと同時に、 くぐもった呻き声が木霊する。 数秒前まで固めていた覚悟を思い切り霧散させ、小鳥は今の状況を冷静に反芻しようとした。 (―――あ、ありのまま今起こったことをryっていやいや!) 某奇妙な冒険ネタを引き合いに出すようなコミカルな状況ではないが、小鳥本人の心情としてはこんなものだった。 ただ、こっちに呪文を浴びせようとしていた人間の身体を、わずか数本の矢が「引っ張って」いった。 見事に袖口や裾―――体を掠めることなく、衣服のみを射抜いて、建物の壁へ画鋲みたいに人を縫い止めるという妙技を 目の当たりにして、小鳥と少女は揃って口を半開きにするより他ない。  彼女らの困惑を余所にして、技を放った『射手』は、静かな足取りでこちらへ歩み寄ってくる。 「・・・・・・怪我はありませんか?」 木製の弓を携えた救いの主は、驚いたことにまだ年端も―――といっても十歳前後ほどの少年のようだった。 褐色の肌と相反する透明な水色をした長い髪を肩先辺りまで垂らしているその少年は、 年不相応な落ち着きと気品を空気に纏って歩み寄ってくる。 「発動する前に取り押さえられてたと思っていましたが……そこにいる猫は、まさか今ので?」 「あ、いいえ、この子のは―――呪文のせいには違いないんですけど、もっと前の―――」 ……確実に年齢は下の筈の相手に、無意識に敬語を用いていることに疑問を持つ間もなく小鳥が対応している時。 「―――コラコラ」 闖入者は、少年だけに留まらなかった。やんわりと諌めるようなしわがれた声と共に、長い白髪を高い位置で括った、如何にも好々爺といった雰囲気の老人が、 しかし隙のない足取りで現れてくる。 「森の獲物ならいざ知らず、まだ人に向けていいと許可した覚えはないぞ。まあ、相手は相手かも知れんがな」 「・・・・・・すいません、先生。つい、先走って飛び出してしまいました」 穏やかな口調のまま、しかしキッパリと窘められ、少年が小さく頭を下げる。見れば老人もまた、肩には矢筒を、背中に弓を掲げている。 察するに、師弟関係にあるのだろうか。 「まあ、致命傷を負わせていないのは由としておくがの。―――別嬪さんの前でいいトコを見せたかったか?」 不意にニヤ、とした視線を小鳥に馳せる老人に対し、少年は眉根を寄せた真剣な表情で弓を下ろしながら、 「先生、不謹慎ですよ」 ―――その言葉の後、見えざる第二撃を放った。 「家庭あるご夫人を前にして、そういった発言は失礼かと思います」 ブロークンハートという言葉の意味が、本来とは違う趣で嫌という程伝わってくるようだった。 自分の格好を、頭の中微かに残された冷静などこかが徹底検証している。とりあえず一目で家事手伝いとまでは知れる、踝まで伸びているスカート丈の地味なワンピースに、 腰周りには白いエプロン。実際の年より結構上に見られてしまう、髪を纏め上げたシニョンカバー。ついでに言うと、メイドとしての執念だったのか肘にはしっかりと買い物籠が ぶら下がっていて、そして何より腕には小さい女の子。  ―――ご夫人=自分。 16歳である。決してまだチョメチョメとかいう擬音を入れるような年齢ではなく、更に言うなら義務教育を終えたばかりの年齢である。 そうだそれより子猫が治療を受けられる状態にしないとああそういえば鍵のことだってあったっていうか落とし主(多分)はすぐ傍にいるし――― 「お、お姉さん、お姉さん……?」 先程呪文の嵐の只中にあっても歪まなかった女の子の顔が、泣きそうな顔でこっちを見ている。何とか笑顔で答えようとするも、悪気のない矢を心にぶっ放された 今の小鳥は、それに気づける余裕がなく。 「……?先生、彼女はどうしたんでしょう」 「……わしゃー知らんぞ、この節穴が。乙女心をズタズタにしよってからに」 ―――その後、少女の必死な呼びかけの末、小鳥が意識を取り戻すのはもうしばらく先のことだった。

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