絵理の貯金宣言

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「サイネリア、私、貯金、始めようと思う……?」  その朝、いつものチャット中に絵理センパイがこう言った。 「……貯金って、あの、お金を貯める貯金、ですか?なんでまたいきなり」  素直にそう言葉が出た。だって、あの水谷絵理だ。ぶっちゃけ金に困っている筈がない。 「ちょっと買いたいもの、あって」 「なに買おうって言うんですか。宇宙ロケットとか無人島とか?それともチョーでかい豪邸? 高級車・運転手付き、あと執事も」 「執事はちょっと魅力あり?」 「デスヨネ」  理由は不明だがセンパイはわざわざそのために古風なブタの貯金箱を手に入れ、お金は 例えばご両親からのお駄賃だったり、お遣いのついでに社長からお釣りを貰ったりするという。 「……昭和時代の小学生デスか」  アタシはチャットを閉じた後、そんな風につぶやいた。  それから数ヶ月、センパイは驚くほどよくやった。上の諸条件は全て守り、たまに見せてもらう 貯金箱は着実に重くなっていった。絵理センパイが親やら事務所社長、あげく同僚やロンゲ、 アタシにまでお駄賃をせびるのはどうかとも思ったが、なにしろ当人が楽しそうなのだ。  そしてある日センパイに呼び出されたアタシは、いつの間にやら金髪ツインテの装飾を施され、 会議テーブルの上で小さな座布団に鎮座した貯金ブタと対面することとなったのだった。 「こ……こちらはドナタで……?」 「サイネリア。似てる?」 「そらリアルアイドルのお歴々ほどスタイルに自信はないですが、いきなりブタ扱いとか」 「そういう意味じゃない、ごめん。これ、サイネリアのためだったから」  そう言ってセンパイが、笑った。花が咲くようににっこりと。 「少し早いけど、お誕生日おめでとう、サイネリア」 「絵理はね、鈴木さん。自分でお金を貯めて、あなたにプレゼントをしたかったんですって」  会議室の後ろで控えていたロンゲが補足した。トップアイドル・水谷絵理ではなく、ネット活動を していたELLIEのころのようにこつこつ資金をためる行為を再現したかったのだそうだ。 「せ……センパイが?ア、アタシっ……なんかの、ために……?」 「うん。じゃ、さっそく?」 「え」  センパイは笑顔ででかいトンカチを振り上げ、貯金ブタにためらいもなく振り下ろした。  がっしゃーん。ド派手な音を立てて、ブタの破片と小銭が舞った。 「みょげええええっ!?アタシが、いやブタが、じゃなくてちょ、ちょ、えええっ?」 「あ、ここちょっと割れ残ってる」  がしゃんがしゃん、がしゃしゃしゃ。 「ちょwwセンパイwww」  ……要するに。  要するにセンパイは誕生日プレゼントというより、『目標を決めてこつこつ貯めた貯金箱を割り砕く 快感』、を得たかったということらしい。確かに、実際に貯金箱を割る人間は多くない。もったいないし 危ないし、なぜかアタシがやっているが破片と小銭をより分けるのがなにより大変だ。 「思ったより、貯まらなかった?」  より分けたコインを積み上げながら、嬉しそうにセンパイが言った。 「でも、お茶代くらいにはなりそう。あとで一緒に行こ、サイネリア?」 「よ、よろこんでっ!」 「まったく、破片が目にでも入ったら大変だったわよ。絵理、こんなことはもうやめてね」 「でも、次の貯金ブタももう買ってある」 「ど、どうしてっ?」 「ざっと半年したら、今度は尾崎さんの誕生日?」 「え……絵理……っ」 「こらロンゲ、さっきこんなんやめって言ってなかったか?」 「鈴木さんは黙ってなさい」  そのあと、3人でファミレスに行ってささやかに誕生日を祝ってもらった。足りない分はロンゲが 出してくれた。  しかたない。貸しを作るのも嫌だし、半年後にはこいつも祝ってやるか。  そんなことを思いながら、アタシはちっちゃなケーキに刺さったロウソクの火を吹き消した。 /おわり

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