『Allerseelen』

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「あら、教会ね」 「ほんとだ、たまに通る道だが、気づかなかったな。これは……へえ、カトリックの教会か、 あまり見ないよな」 「ふうん……ちょうどいいわ、寄っていきましょう」 「えっ?」  収録帰りの道すがら、小さな教会を見つけた。伊織は手馴れた風に門をくぐり、前庭の マリア像に一礼して聖堂へ入ってゆく。今の時間は人がいないようだが、俺も 見よう見まねで後ろをついていった。 「伊織、クリスチャンだったっけ?」 「違うわよ、知り合いには多いけどね」  立派な木の扉を開け、また一礼。無人だが灯がともり、一種独特な雰囲気に呑まれた。 伊織は中央の祭壇に向かってすたすたと歩を進め、真ん中あたりの席に着く。隣に 腰掛けて見ていると、やがて低く指を組んで目を閉じた。  要するにこの教会に、お祈りをするために立ち寄ったようだ。わけが解らないが止め立て する状況ではないし、俺もここにいるとなんとなく清らかな気持ちになってくる。同じように 手を合わせて目をつぶり、少し考えて765プロの繁栄とアイドルたちの成功を祈った。 「ありがと、もういいわ」  数十秒ほどだろうか。伊織の用がすんだようだ。ゆっくり立ち上がる彼女に問いかけた。 「なあ伊織。今のは?」 「今日は11月2日よね。カトリックでは『万霊節』って言うの」 「『万聖節』なら聞いたことがあるぞ。ハロウィンのことだよな」 「ちょっと違うわね、まあ私もたまたま知ってるだけだけど」  伊織によると、万聖節は全世界の聖者のための日だそうだ。過去と未来の全ての聖人の 記念日。 「信教のために人生を捧げた人たちのために、信者が祈りを捧げる日なの。まあ、 キリスト教って1年中なにかしらの記念日で、そのたびにミサをしてるみたいだけどね」 「はは、それが仕事だもんな」 「英語では『オール・ハロウズ』、全ての聖なる者の日っていうわけ。ハロウィンは、その イヴのことよ」 「ハロウズ・イヴって意味だったのか。それで、『万霊節』は?」 「万聖節の翌日、今日。この日は全ての死者のために祈りを捧げる日なのよね」 「全ての死者……ね」 「生きてる人たちが死んだ人たちのために祈ると、その人たちが天国で救われる日が早く なるんですって」  思えば今年は、ずいぶん人が死んだ。よき者もそうとはゆかぬ者も、日本でも世界でも。 生きるものはいつか死ぬとは言え、これを実感させられた年であったとも言える。 「今朝出がけに、パパが教会に寄るって言ってたの。あの人も信心深い方ではないけど、 さすがに今年は神様に注文つけたかったみたいね」  あ、と思った。伊織の父親と、その無二の親友のことを。 「なんだよ、ずるいぞ伊織、先に言ってくれよ」 「あんたのことだから『宝くじが当たりますように』とかお願いしてたんじゃないの?にひひっ」 「失礼な。あたらずとも遠からずくらいにはなってたさ」 「どうだか」 「ま、確かに祈り足りなかった。ちょっと待っててくれ、追加で『そっちの事務所に合流する のはだいぶ先になると思うから、スカウトはほどほどにしておいてください』って言ってくる」 「……頼むわね」  ドアをくぐる伊織を背中で見送り、もう一度中央の祭壇に目をやった。大きな十字架に、 神の御使いどのがよりそっている。  今開いた戸口から、庭の金木犀が強く香る。  伊織の父の親友、伊織をこの世界へ導いてくれた人物、俺をこの事務所へ迎えてくれた人物。  もう一度、指を合わせて目を閉じて、彼と全ての死者たちの幸せを、俺は改めて祈った。 おわり

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