TOWもどきim@s異聞~第一章~ 春香編3

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 それまで単なる辺境の小国家とばかり思っていた自分の生まれ故郷が、『ある側面』では特別であり幸運な国なのだということを、 風聞として知ったのはそれなりに幼い日のことだった。けど、実際それは彼にとってそんなに大した意味があるとは思えない。  屈折したプライドを持った一部の上流貴族の中には、世界樹の麓で生きているという事実だけで他国への妙な優越感を抱いている者も いるのだから、呆れるより他ない話だ。 「自分が生き仏にでもなったつもりかしら」―――と、同じ貴族達のそんな風潮を、嘆くようにそう呟いていたその少女の顔は、 会ったのが一度きりだったというのもあり細かい輪郭ももう思い出せないが、妙に疲れきっていたのを覚えている。 あと、眩しいを通り越して痛い位に自己主張してくるあの額とか。 閑話休題。 そんな『一応』特別な国ヴォルフィアナの北端に位置する、フロランタン村の片隅にて。 ―――幼なじみの家の小窓から覗く、今日も変わらず遠くでどっしりと根付いている世界樹に視線を馳せていた赤毛の猟師ことリッド・ハーシェルは、 ふとうずうずとこみ上げる衝動に堪えきれず、大口で大欠伸をしてしまう。 そこで、ジュージューカチャカチャと美味しそうな匂い及び音を発生させていた家主が咎めるように声を飛ばしてきた。 「こらリッド!せめて口は手で押さえてよ、はしたない!」 「あのな、男相手に『はしたない』もどうかと思うぞ」 「どっちにせよ人前でみっともないことには変わらないでしょ!」 人前、と言われてふと気づく。 ―――ああそうだ、今回はお客もいたんだった。 「待っててね、もうすぐ出来上がるから!」 目の前には、カチコチという擬音が似合いそうなほど凝り固まった表情で両手を膝に置き、沈黙を貫く一人の少女。 肩先までの長さの焦げ茶色の髪の両サイドに、自分と同年代にしては若干子供っぽい気もするような桃色のリボンをあしらっている様が不思議と似合う。 ただ、どこの宗派なのかは知る由もないが首から下の全身を包む修道着は、ちょっと本人には不釣り合いに大人びた意匠に思えたが。 彼女は落ち着きなく辺りを見回すと、ちょっとばかり焦ったようにキッチンのファラに声をかける。 「あの、せっかくのご厚意は有り難いんですけど・・・」 「敬語はいいよってさっき言ったでしょ?」 「・・・・・・そ、そう、だね・・・・・・あの、帰ったばかりでファラも疲れてるだろうし、無理してご飯作ってもらわなくたっていいんだよ?」 「大丈夫大丈夫!それに、前から欲しいって思ってたハーブやスパイスがいっぱい手に入ったんだもん、試したくなっちゃったんだ」 楽しげに鼻歌すら口ずさみつつ、ファラはそのまま調理を再開した。 「あ、リッド?そういえばちゃんと手ぇ洗った?一緒に食べるのは構わないけど、汚れはちゃんと落としておいてよ!」 窘めるようなその口調に半ば投げやりに「へいへい」と答えてると、ふと萎縮しきった謎のシスターと目が合う。 「あ、あははは・・・・・・」 遠慮がちに、だが引きつったその笑い顔には「何でこういうことになってるんだろう?」という戸惑いが大いに見て取れた。 「気にすんなよ、お節介はあいつの専売特許みたいなもんだから」  出されたお茶を片手でグビグビあおるとーーー次の瞬間、「ぐほっ!」と喉から茶を逆流させかけた。 「おっ、おまっ・・・・・・!一体何入れたんだこれ!?」 苦い・辛い・しょっぱい―――と、味覚の負の要素がこれでもかという程入り交じったようなお茶(と称するもおこがましい気がする液体)を指さして、 珍しく声を荒げて幼なじみに文句をつける。 「・・・・・・あれ、美味しくなかったかな?結構自信があったんだけどなぁ、このハーブティー」 「味だけで死ぬかと思ったぞ!」 「失礼だなぁ・・・・・・さっき手に入れた体にいい薬草がたっぷり入ってるのに」 ―――何でも入れればいいってもんでもないぞ、おい。 というか、まさか今このお茶に仕込んだようなブツ(ハーブ)を料理に入れる気なのか、と戦々恐々となったところで。 不意に「プッ」と笑いを堪えるような声が思いも寄らぬところから届いた。 ファラと揃って声の発生源を見やると―――ハッと我に返ったかのように、少女がワタワタと手を振って、 「ごっ、ごめっ・・・・・・笑うつもりはなかったんだけど、なんか、二人のやり取り見てたら急に力抜けてきちゃって それに比べればか細く可愛げのある腹の虫が自己主張してきた。 「・・・・・・うう」 さっきとは明らかに違う意味で小さくなり、顔を赤らめている少女を見て。 幼なじみ二人は示し合わせた訳でもないのに、視線を交わして少し笑い合う。 どうやら、緊張の糸は多少ほぐれてくれたようだった。  その考えには、何の根拠もなかった。  多分だけど、きっとさっきみたいに控え目に振る舞うより、歯を見せて元気に笑っている方が似合うような娘なんじゃないのか、と。 そんならしくもない感想が、彼女の笑顔を見た瞬間、真っ先に頭を掠めた気がした。 話はつい先刻、リッドが午前の分の『獲物』を狩り終えて、一旦村へと帰還した時まで遡る。 入り口付近に出来上がっていた小山のような人だかりを、リッドはさして気にすることもなく流そうとしていた。何せ飼育されている山羊の 子供が生まれただけでバケツをひっくり返したような大ニュースになる小さな村なのだ、いちいち気に留めていたらキリがない。 だが、喧噪の中から幼なじみの名前が漏れ聞こえた時、気づけば足は反転して人垣を押し分け、騒ぎの中心に向かっていた。 お人好し・世話焼き・お節介焼きと三拍子揃ったその気質が祟っては、騒動に巻き込まれることも少なくはない彼女の名前を聞いた時点で、 リッドの脳裏には最早この後待ち受けているであろう『後始末』への懸念ばかりがあったのだが、実際は少し違っていた訳で―――。 「それでね、春香ったらすごいんだよ!魔物にぶつかっては転んで、立ち上がったらまた転んで、それ繰り返すだけでバンバンすっごい アイテムが増えてくるんだもん。 やっぱり神サマに仕えてる人って徳が高いのかな?」 「・・・・・・ごめんねファラ、自分で言うのも何だけどもう全然ラッキーでも何でもない気がする」 興奮する幼なじみとは裏腹に、乾いた笑顔で応じる少女―――春香の声は若干自己嫌悪に沈んでいるようだった。 人垣の中心に立っていた彼女らと、その脇にどっさりと積み上がっていたアイテムや食料の山を目にした時には、予想を大きく 外れた光景だったことも手伝い若干口を半開きにするより他なかった。  話を要約すると、彼女が転ぶその度に何故か異様に魔物との遭遇率が高くなり、そしてその都度ファラが倒したそれらからは、何故か 普段森ではお目にかかることのない貴重な資材やレアアイテムを採取することが出来たというらしい。 (・・・・・・まあ、ホントにそんなことで手に入ったなら確かにすげーよな、これは) 内心ちょっと信じられない心地で、彼女らの傍にドッサリと袋詰めにされ鎮座しているアイテムの数々を眺めてみる。 聖なる実、オーラクリスタルにヒヒイロカネ、レアスパイスetc. 今は遠い先進国の大学に留学中の、気難しい幼なじみ程の見識がなくともわかる。世界一周でもしなければ到底手に入らないような代物ばかりだ。 「というか、村の皆に分けるにしたって、大前の分だってもう少し残しておいたって良かったんじゃねえの?」 遭遇率の話はさておくとしても、実際にそれらの魔物と戦ってアイテムを勝ち取ったのは他でもないファラの功績だ。 が、そもそも独り占めという発想自体浮かばないであろう彼女の手元に残ったのは傍目から見てごく僅かだった。 「私一人分くらいはちゃんと計算して残しておいたから大丈夫だよ。それに、こうして早速有効活用させてもらってるもん」 そういってファラは、「ほっ」と軽い呼気と一緒にフライパンを振り上げ、脇にあった皿の上に料理を見事に『着地』させた。  鮮やかな緑色が混じったハーブオムレツにスープ、温め直した固焼きのパンが、湯気を立ててリッドと春香の前に差し出される。 「前に城下のレストランで食べた奴の見よう見まねなんだけど、結構自信あるんだ。 遠慮しないでドンドン食べてね!」 空腹も手伝い、「いただきます」の挨拶もなしに木製の匙で一口。するといつものとろけるような卵の触感に混じり、ふわりと爽やかな風味が広がる。 「おー。・・・・・・まあ確かに、結構イケるなこれ」 「「遠慮しないで」って言うのはリッドに向けて言った訳じゃないからね?」 若干警戒するような調子で言うファラに対し、随分な言われようだなと肩を竦める。 「いいじゃねーか、俺だって午後からの仕事に備えてスタミナつけときたいんだよ」 「食べること自体は構わないけど、遠慮はしてって言ってるの!リッドが本気出したら春香の分なんてあっという間になくなっちゃうじゃない!」 さ、春香!とファラによって目の前に置かれたオムレツに、当の彼女が面食らったのも束の間だった。  木製のスプーンでフーフーと息を吹きかけながら恐る恐る口に入れて―――瞬間、それまで借りてきた猫のようだった顔が満面の笑みに染まった。 「・・・・・・美味しいっ!ファラ、料理まで出来ちゃうんだね!」 「あはは、これでも一人暮らししてるもん。これ位出来ないと。―――ああホラ、ゆっくり食べよ!」 それなりに空腹だったのか、結構なハイペースでオムレツをかきこんで少々噎せた春香の背中を、ファラが慌ててさする。 「卵も綺麗に焼き上がってるよね。スゴいなぁ、私って半々の確率で焦がしちゃうもん・・・」 お菓子だったらそれなりに出来るんだけど、とちょっと羨ましげに言う。そんな彼女にファラもうんうんと同意するように頷いて、 「昔は私もそうだったけど、慣れれば簡単だよ。何だったら後でコツ教えようか?」 「え、いいの?」 と、それまでガチガチに緊張していたことも忘れたかのように、春香はそのままファラと料理談義に突入していく。  ・・・・・・さて、言及するならばここらがいいかも知れない。 この和気藹々とした空気に水を差すのも無粋だが、それでも一応確認しておく必要はある。 「―――で、春香。お前一体どこから来たんだ?」 ああ、やっぱり尋ねられて当然か――― 本人にしてみれば何気ない確認事項のつもりで放った筈の、だが春香にとっては爆弾に近い質問。 というか、ついさっきまで赤の他人に近かった春香を、取り立てて何も聞かずに自宅へまで招き入れているファラの対応の方が異例なのだろうが。 一番最初のクマモドキーーーもといエッグベアだけならばまだギリギリ常識の範疇で片づけられたことだろう。 しかし、事ここに至っては、最早春香は諦めに近い心地で一つの確信を抱いている。  ここが電車はおろか、それこそ飛行機を使ってでも通常は辿り着けるような場所じゃない、という事実に。 ―――春香はトレイを手にしたファラに少し頭を下げてから、 「ごめん、ファラ。頼みたいことがあるんだけど」 「え、何?どうしたの?」 「私の顔、遠慮なく思い切りつねってみてくれないかな?」 「・・・・・・は、はい?」 いきなりの要求に、勿論彼女の顔は流石に面食らったような感じで引きつった。 無論春香だって、現状を受け入れられないが為にそんな台詞を言っている訳でもない。事実ここまでの道中、ファラが前に立って戦ってくれてはいても、 ちょっとした痛みの他に降ってきた様々な感覚は夢で済ませられない位鮮やかさだったのだ。目の前のオムレツの味も含めて。 が、そこで戸惑うファラに代わって、意外にもひょいっとその手を顔に伸ばしてきたのは 彼女の幼なじみにして場の空気に一石を投じた本人たる赤毛の猟師こと、リッドだった。 「い、いひゃひゃひゃひゃ!」 「おー、伸びる伸びる」 「こ、こらリッド!?」 「・・・・・・んだよ、本人がやれっつってきたんだろうが」 言葉を切ると同時にパッと手を離された後も、しばらく雪の中に手を突っ込んだ時にも似たジンジンと腫れるような感覚はしばし続いた。 頬を多少押さえて涙目になりながらも、加速していた心音はほんの少しばかり静まったようだった。 ―――よし。 ふと、前触れもないのに事務所のドアをノックした「一番最初」の時を思い出した。  ちょっと斜め上ではあるが、成る程状況としては似ているかも知れない。 アイドルになる為―――しいては自分のことをしっかり伝える為に、言葉を絞り出そうとしていた時と。 そう思って、春香は2人の顔を正面から見据えた。 「『東京』?・・・・・・そこが、春香の住んでた場所なの?」 「悪いけど・・・・・・聞いたことないぞ、そんな街」 うーん、と唸りながら、春香が今し方説明し終えた内容を真面目に反芻しているファラと、若干探るような眼差しでこちらを見つめるリッドと、 幼なじみ同士らしい彼らの反応は対照的だった。 「少なくともヴォルフィアナにはそんな街があるなんてことはないな。何せちっせー辺境国だし。・・・・・・気を失って目が覚めたらあの森にいたっていうなら、 一番可能性が高いのは魔術での転移とかだけど。あんた、誰かから狙われるような覚えはあるのか?」 「うーん・・・・・・ない、つもりなんですけど。でも、私自身に覚えがなくたって、やっぱり知らない内に人を怒らせたりすること、あるかも知れないから」 あはは、とちょっと乾いた笑いで言う春香を、ファラとリッドは怪訝そうに見つめている。 目立っている、それだけで他人の悪意の火種となることは、芸能界に。アイドルという道を選び、プロデューサーという力強い手が導き、時として 盾になってくれることがあるとしても、それでも『業界人』故の悪意とは無縁ではいられなかった。 こちらがそんなつもりなくても、悲しい話ではあるが好意と一緒に粘ついた悪意や批評、みたいなものも、ネットでの評価や『仕分け前』のファンレターで 垣間見てしまったことはある。 ・・・・・・だが、覚えがあろうとなかろうと、どの道こんな見知らぬ土地に自分を飛ばすなんて真似が出来る訳もない。 「ね、東京ってどんな所?建物の様子とか、温かいのか寒い地方なのか、ってだけでも十分手がかりになると思うんだけど・・・・・・」 身を乗り出すように尋ねてくるファラの瞳には、春香の身を案じるそれと半々の割合の好奇心が見え隠れしている。 「・・・・・・つってもなぁ。春香、肝心なこと聞くけど持ち合わせあるのか?」 「―――え」 リッドに言われて忽ち蒼白になった春香は、反射的に慌てて今纏っている覚えのない服を両手で探る。だが、意識を失う前ならまだ持ち合わせもあったものの、 今は殆ど手ぶらに等しかった。 「ご、ごめん!ご飯の料金今は払えないよ!?」 慌てて弁解した途端、頬杖をついていたリッドはコントの如くズルッと体勢を崩す。 「・・・・・・何でそこで飯の話になるんだよ。帰るにしても、運賃が結構かかる距離じゃないかっつってんだよ」 「あ、ああ・・・・・・」 ポン、と手を打ってから得心の様子を見せると、苦笑気味に頭を掻きながら、 「そうだよね・・・・・・でも、ホントに美味しかったもんだから」 「あはは、ありがと!お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいよ」 ・・・・・・お世辞じゃないんだけどな、と笑顔で返そうとしたその瞬間。 「―――ファラ、いるかい、ファラッ!?」 ドン、ドドン、と、木製のドアが荒々しく叩かれるその音に一瞬目を剥いた。だが、ファラは取り立てて動揺した様子も見せず席を立つと、 当たり前のようにドアを開いて応対する。 顔を覗かせたのは、『肝っ玉母さん』という形容が似つかわしいようなふくよかな体格の、春香の母よりも少しばかり年嵩といった感じの婦人だった。 「どうしたの、おばさん?」 親しげな様子から察するにご近所の顔見知りなのだろう、焦燥の色を顔に滲ませていた婦人はファラの姿を捉えるとホッとしたように、 「ああ、いてくれて助かったよ。・・・・・・出来上がってた櫓の一部が壊れちまったんだけど、修理に回れる男手が足りなくってねぇ。 良かったら手伝って貰えないかい?」 「え、大変!・・・・・・本番までもう時間ないよね、じゃあ急がないと」 「―――はい、ストップ」 腕まくりしながらついていこうとしたファラに待ったをかけたのは、いつの間にか婦人との間に回り込んでいたリッドだった。 あれ、と思ってついさっきまで彼が腰掛けていた場所を見やると、パンもオムレツもスープも、出されたものはあっという間に片づけられた後だった。 何とも素早いことである。 「おばちゃん、修理だったら俺が行くから。・・・・・・ファラは今、見ての通りお客の相手してるとこなんだよ」 つい、と顎で示されると同時に婦人と目が合い、慌ててペコリと会釈する。 「あら、そうなの。ここらじゃ見ない顔だねぇシスターさん。こんな田舎までようこそ」 初対面の異邦者(多分)に対して大らかに挨拶を返してくれる。ドラマではこういう、世間から隔絶されているような辺境というのは大抵『余所者』を 歓迎しないという偏った印象がこびり付いていたが、ファラといい婦人といいそうでもないのかも知れない。 「ちょっ、リッド?私は」 「春香のこと拾ってきたのはお前なんだから、しっかり面倒見てやるのが筋ってもんだろ?」 拾ったって私犬猫じゃ――― 思わず反論しようとしたが、既にリッドは婦人の背を押して、 「それじゃファラ、ごっそさん。また後でな」 そんな台詞と共にパタンと閉じられた扉を、ファラはちょっとポカンと口を半開きにして見送った。 「珍しいなぁ。狩りでもないのに自分から働きに行こうなんて・・・・・・」 雪でも降るんじゃ、だのと呟く彼女の眼差しは本当に珍しいものでも見るようだった。 春香としても出会って間もないが、話し方や振る舞いから少なくとも勤労青年というイメージからは遠い印象はあったので、 意外といえば意外だったが――― 「・・・・・・あの。櫓って何かな?お祭りでもあるの?」 雰囲気を取り繕うように話題を振ってみると、ファラはハッと我に返ったような表情を見せたかと思えば、 わざとらしく咳払いなどしつつ説明してくれた。 「ああ、うん。・・・・・・明後日くらいにね、村総出で収穫祭をやるから、みんな設営の準備で忙しいんだよ」 いそいそとリッドの分の食器を片づけながらファラが説明してくれたところ、出稼ぎに都へ行った村民が積極的に広報し、 外部の人間を招いいての盛大な催し物であるらしい。 「村は今、私やリッドとか極少人数くらいしか若い人がいないから。スローライフを考えてる人達とかが来てくれればっていう 村おこしも兼ねてるの」  まるっきりファンタジーの世界なのに、一瞬『過疎化』という世知辛い単語が頭を過ぎってしまった。自分の捉えている常識と かけ離れた場所であっても、思わぬところで嫌なリアリティを覚えてしまう。 「櫓って・・・・・・ひょっとしてキャンプファイヤーでもするの?」 「あはは、まあメインはそれだけじゃないよ。近くの木で作った彫刻やアクセサリーを売ったり、村の特産品で色んな料理を作ったり」 あとはー・・・、と指折り数えるように挙げられる出し物を聞いている内に、まるで磁石の対極で引っ張りあげられたみたいに一つの思い出が浮上してくる。  限界集落寸前とまで言われた村を盛り立てるのPRとして、小さいステージでマイクを取った他、地元の名物料理に 挑戦したりした思い入れある仕事。  ほんの僅かな間だったにしても、色んな人達と触れ合ったそれは確かに忘れ難いエピソードだったように思う。 「聞いてる限り大変そうだけど・・・・・・でも、何かワクワクしちゃうね、祭りって聞いちゃうと」 流石にたこ焼き屋台や射的屋なんてものが出るような世界観とも思えないが、何気なく耳をすませてみれば多種多様な野太いかけ声が 定期的に聞こえてくる。 何故かそういう部分にこそ「祭り」の兆しを覚えてしまう辺りは、果たしてどうなのだろうか・・・・・・と苦笑した時だった。  その時聞こえた音は多分、重たいものが沈むようなものに似ていた気がする。 「あれ?」 その時まで、本当に何の兆しもなかった。その快活なかんばせには、熱か何かで紅潮していたり青ざめたりするような様子もなくて。 まして、何匹もの『敵』と森の中で激闘を繰り広げたそのすぐ後で料理なんて出来る位だ。出会って間もないものの、彼女の中でファラという少女の印象は、 やよい並みにエネルギッシュなものだったのだ。  だからこそ、ついさっきまで笑顔で食器洗いをしていたファラが、グッタリと床で倒れているという単純な事実に気づくまで、 春香の中ではかなりの時間を要した訳で。 「―――ファラ!?」 喉から絞り上げた声は驚きに上擦り、ガタッと荒々しく席を立ち大急ぎで少女の元へ駆け寄った。 「しっかり、どうしたのファラ!?」 思わず揺さぶりをかけようとして、思考に「待った」が入る。原因が何であれ、倒れ込むぐらいの状態で揺さぶりをかけてしまうのは危険だと、 いつだったか保体の授業で習ったなけなしの知識が蘇ったからだ。 どうしようか、とオロオロと逡巡している間に、春香の腕の中でうっすらと瞼を開けたファラが、弱々しく謝辞を告げてくる。 「・・・・・・あ、ゴメンね、春香。・・・・・・大丈夫だよ、ちょっと立ちくらみがしただけだから・・・・・・」 「い、いや立ちくらみって時点で大丈夫じゃないよ!?」 「まだまだイケるって、これぐらい。・・・・・・それよりも、私もまだやらなきゃいけない仕事が沢山あるんだもん。倒れてなんか・・・・・・」 声を聞くだけなら、病人とは思えないほど芯は通っているものだった。でも、単純に顔色が悪いこともあるが、笑っている表情にはさっきまでは なかった儚さが見えてしまって、 そして確認してしまった以上、春香はファラのそんな「大丈夫」を鵜呑みに出来る訳もなかった。 「ファラ、ちょっとごめんね!」 「え。―――わっ!?」 肩を貸す形でファラの身体を強引に引き上げる。戸惑うようにファラが声を上げるも、振り払われる様子はないのは驚いて行動出来ないのか、 そうするような気力もないのかのどちらかだろうと思った。? 手を彼女の額へスッと当ててみるが、とりあえず熱らしきものはない。専門的な医学知識がない以上、これ以上のことは自分には出来ない。 せめてどこかに風邪薬か栄養剤でも常備していればいいのだろうが、流石に他人の家をひっくり返すのは気が引けた。 (ああもう、せめてお医者さんを―――って) ぐるぐると迷走mind状態に陥り出した思考の隅で、その時瞬間的にふと蘇った一つのこと。 この地が自分の知る常識が離れている、その現実を森の珍道中以外で思い知らされたもう一つの現象を思い出して、春香は外へ背を向けた。 「・・・・・・過労ですね。・・・・・・その内こうなるんじゃないかと言う気はしたんですけど」 「あの、こういうのって、さっきの「魔法」で治るようなものじゃないんですか?私の時みたいに・・・・・・」 「春香さん、魔法が有効なのは身体的外傷や解毒といったものです。体力的なものは自然回復で任せるしかないんですよ。 ・・・・・・けどベッドに空きがあって良かった。とりあえず、今日のところはしばらくこのまま寝かせておいた方がいいでしょうね」 周囲には、癖のある匂いを放つ薬草を詰めた小瓶を並べた木棚、三つほど置かれた白く清潔そうなベッド。 その内の一台に横たわり、今はそこそこ穏やかな顔で寝息を立てているファラの姿を、不安の入り交じった内心で見つめていると、診断結果を下してくれた 『先生』はそっと温かな湯気を立てる紅茶を差し出してくれた。 「あれだけ息咳き切らして走ってきたんです、喉が渇いてるんじゃないですか?」 「あ、お気遣いすいません・・・・・・さっきといい今といい」 「いえ、さっきのことだって、お釣りくる位のアイテムをファラさんから治療費として頂いてますから」 これまた春香やファラとそう変わらない年頃の、アニーと名乗った跳ねた茶髪の印象的なこの少女医師には先程世話になったばかりである。 しばらく引かないと思っていた春香の頭のコブを、ブツブツ何事か呟いた後に降り注いだ温かな光であっという間に治してしまった彼女は、 まだ村に住み始めて日が浅いものの、腕の立つ医者として重宝されている―――というのは、森から帰ってきて真っ先にここへ連れて来られた際のファラの弁だ。 「けど驚きましたよ。『頼もーっ!・・・・・・じゃなかった急患です!』なんて言って、ファラさんをお姫様抱っこして舞い戻ってきたんですから」 「・・・・・・すいません、それ忘れてくれませんか?」 火事場の馬鹿力、といえば凄いことのようにも聞こえるが、振り返ってみるともっと普通におんぶとかでも良かったような―――という気もした。 よくよく記憶を辿れば、ここに来るまで何人かの村人が目を剥いてこちらを見ていた気がする。自分はともかく、 地元のファラにとってはちょっと恥ずかしい光景を提供してしまったかも知れないと思うと申し訳ない気持ちになってくる。 「やっぱり無理してたんですね。・・・・・・まあ、休めって言っても聞くようなファラさんじゃないんですけど」 はぁ、とため息をつく彼女に、春香は差し出された紅茶を一口くぴりと含みながら(流石にリッドの時のようなことにはならなかった)、 「ファラ、傍目から見ても張り切ってるみたいでしたけど・・・・・・やっぱり収穫祭があるからですか?」 「それもありますけど、普段もファラさんは多少の不調なら、『イケるイケる』って押し切って強引に押し切って働こうとしますから。 強引にでも連れて来てもらえて良かったです」 でも、とちょっと前置いてから、けれど彼女は次に声を潜めて、 「・・・・・・意外でした。倒れたファラさんを運ぶにしても、その役目はもっと別の人がするかと思ってたので」 ちょっとだけ意味深に呟かれたその一言に、社長流に言うと「ティンとくる」ものがあった。年頃の少女が家に招き入れ、ちょっと立ち入れないところも あるくらいに気安い雰囲気を作っていた――― 「それひょっとしてリッド・・・・・・くんのことですか?」 「あれ、もうお会いになったんですか?」 意外そうに目を瞬かせる彼女の反応は『正解』を物語っていて、同時にさっきあの婦人がやって来た時の彼の行動にも合点がいった。 ファラのこういう部分があるからこそ、闇雲に仕事を引き受けさせないようにしたのかも知れない。 「・・・・・・けど、困りましたね。医者としてはあまり無茶をさせたくはないんですけど。・・・・・彼女は一応、祭りの総指揮を取っている立場なんですよね」 「え、つまり・・・・・・文化祭の実行委員長とかそういうのなんですか、ファラって」 「・・・・・・喩えの意味がよくわかりませんけど、貴女の顔を見てると変に正解のように思えてしまうのはどうしてなんでしょう・・・・・・。 まあ、正確に言うと選ばれてなったっていうよりも、あれこれファラが祭りの為に奔走している内にそうなったといいますか・・・・・・」 はぁ、とため息をつきながら、アニーは憂い顔で語ってくれる。その経緯は何となくだがわかる気がする―――ファラの場合律子のような仕切り屋というよりも、 あれこれ働けることを捜してる内にいつの間にかそうなったのではないだろうか。 「まあ総指揮の件は別にしても。差し当たっての問題は今日のことですね」 「・・・・・・え?」 「お祭りの時に、この村のフルーツをふんだんに使った特製スイーツを作る講習会をやる予定なんです・・・・・・ファラ主宰で」 「うわぁ・・・・・・」 アイドル並み、とはいかなくとも、森であれだけ働いた(戦った)そのすぐ後にまたそんなことをする予定だったらしい。ワーカホリックもいいところかも知れない。 「王都に出稼ぎに行った時に、ちょっとパティシエ・・・・・・みたいなことしてる人とお知り合いになって、レシピを教えてもらったらしくって。 『外から来た人にも美味しく食べてもらえるように!』って皆に教えようと張り切ってたんです」 俄然やる気を入れて取り組もうとしていた辺り、恐らくは祭りの目玉商品として売り出そうとしていたのだろうとアニーは言った。 「講習会のことがなきゃ、起きてきても今日はいっそピコハンでも使って強制的にも休ませたいところですね」 「・・・・・・ごめんなさい、言っている意味はよくわからないんですけど出来ればやらないであげないでくれませんかアニーさん。何か怖いです」 ―――そんなやり取りはそれなりに音声が大きかったような気がしたけど、ベッドのファラは目を覚ます様子もなく昏々と寝入っていた。眠りはそれほど深いのかも知れない。 以降は何となくだが声を潜めつつ、春香はアニーに問いかける。 「あの、収穫祭っていつからいつまでやるんですか?」 「・・・・・・明後日の正午から三日間ほどですけど・・・・・・」 ―――春香はしばし目を閉じて、らしくもなく思考する。  正直東京に、765プロに帰れるかもわからない今の現状なのには違わない。 でも、森でファラに拾われなければ、そもそも帰還について思索し始める前に ジ・エンドとなっていたかも知れないのだ。 だったら、出来る範囲で色々と手伝えることでもあれば――― 「・・・・・・あの、良かったら」 私にも何か手伝えること―――そう続けようとした春香の耳を、ふと賑やかな気配が掠めてくる。 最初、それは気のせいかと思った。だが、祭りの工事の音を打ち消す勢いで迫る騒音は、確かな存在感を彼女に知らしめてきて。 ―――ちょっ、落ち着いてロッタ!まだ決まった訳じゃ・・・・・・! ―――やかましい!ていうか、真っ赤な修道着とリボンのシスターなんてアイツしかいないでしょう! その複数の気配が、診療所の前で不意に立ち止まったことを悟った瞬間――― バーン、とばかりに、診療所の扉が押し開かれた。同時に、ひゅうっと飛び込んできた冷たく鋭い風が春香の頬を掠める。  その短く切り揃えたボブカットの髪を見た時、春香は瞬間的に同い年の事務所の同僚の気弱な白い顔を連想した。 だが、瞬間的に人違いであることはすぐわかった。髪の色は彼女と違い烏の塗れ羽の如き漆黒だし、何より自分を捉えるその苛烈な眼差しは、 両者をイコールで結びつけることなど出来なかった。 「・・・・・・やっ・・・・・・みつっ・・・・・・!」 憤怒に塗れた顔が、険しい声が、容赦なく春香を真っ直ぐに射抜く。疲れきってはいるが、清々しいほどの敵意をビンビンに向けてくるその少女は、 荒れた息をどうにか整えてから、ビシリと指を突きつけてきた。 「―――やっと見つけたわよ、春香!」 言い放ったその瞬間、頭にちんまりと置かれた黄金の王冠が、反射ではなくライトのようにこちらを射抜いたような気がした。

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