half and half

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 クリスマスの夜、プロデューサーはしたたかに酔っぱらっていた。普段の彼からすれば、 こんなに酔った姿を人前にさらすのは珍しい。今日はいつもお世話になっているテレビ局の パーティで、大きなスタジオを片づけた会場には、局の人間や関係者、いろいろな番組の 出演者などがひっきりなしに入ったり出たりしていた。 「メリー・クリスマス」プロデューサーはオリーブの入ったカクテルグラスを目の高さに上げ、 局の若い女性ディレクターに半目開きのままあいさつをした。 「メリー・クリスマス。どうしたんです、今日はそんなに酔って。普段のプロデューサーさん らしくありませんね」彼女は困ったような、面白がっているような、そんな表情だ。 「今日はもう、昼間からパーティやら忘年会やらで、もうここが三軒目…じゃなくて 三か所目なんですよ。この不景気に『来年もがんばってくれ』とか『今年はよくがんばったね』 とか言われるのはありがたいにしても、何杯も勧められているうちに…とうとうこんなに なってしまいました!」  普段のように、正気を保ちたいのに、血液中のアルコールがそうはさせてくれないのか、 それともむりやり酔っぱらいたいのか、プロデューサーはうまくろれつがまわっていなかった。 「あらあら、それはお疲れさま」ディレクターはそう言うと、あたりを一通り見回した。 「…おひとりなんですか?真くん…いえ、真ちゃんは一緒じゃないの?」 「ええ、あいつは…いまごろ事務所でみんなとクリスマス・パーティの真っ最中のはずです」 「連れてくればよかったのに…もうあの子も、お酒が飲める歳でしょ?うちの女子社員にも、 ファンがたくさんいるんだから」 「それはありがたいとは思ってるんですが、女の子に騒がれるのって、やっぱりあんまり よろこばないし、朝に短い仕事が一つ入ったきりだったんで、まあ、今日くらいはちょっと ゆっくりさせた方がいいかな、って思ったんですよ。酒を飲ませて具合でも悪くなったらいけない ですしね。アルコールの方はおれが引き受けます」彼はそう言って、グラスにまた口をつけた。  そんな話をしている最中、会場の入り口の方から、さざなみが大きな波になっていくような どよめきが伝わってきた。人波が紅海のように割れ、いかにもパーティ用というような、 白いドレスを身にまとった長い髪の女の子がディレクターとプロデューサーの方へやってきた。 ディレクターが女の子に何か言おうとするより先に、半目開きだったプロデューサーが口を開いた。 「これはこれは…かわいいお嬢さんですね。局の方ですか?」 「え?」横にいた女性ディレクターがぽかんとする。 「か、かわいい…」自分のことを『かわいい』と言われた女の子は、彼の前で立ち止まると 自分の口に手を当て、赤くなった。 「ちょっと、プロデューサーさん…」女性ディレクターは彼の袖を引っぱった。 「ん?どうしました?」プロデューサーはディレクターを振り返った。 「ごめんなさい、ちょっと一緒に来てもらえますか?」女の子はプロデューサーの手をつかむと、 入り口へ引き返した。プロデューサーはグラスを持ったまま引きずられ、紅海はまた元通りに閉じた。 「どうしちゃったんですかね?」そばにいたADの一人が二人の後ろ姿を見ながら言った。 ディレクターは、やれやれという顔をした。 「人んちのことはほっときなさい」  女の子は、プロデューサーを誰もいない小さな控え室まで引っぱっていくと、彼のえりもとを つかんで、がくがくと揺すった。 「どうしたんですか、そんなに酔っぱらって!」 「なんだ、心配してくれてる?ひょっとしたら、おれのこと好きになった?」 「えっ」女の子は手を離した。 「なんだ、違うのか」 「ち、違わなくないですけど…じゃなくて、プロデューサー、ぼく…じゃなくて、私です!」 女の子は自分のかぶっていたウィッグをつかんでソファの上に放り投げた。プロデューサーは、 彼女の言葉に動じた様子もなく、ソファにどっかり腰を降ろした。 「そんなのわかってるよ。何年一緒に仕事してると思ってるんだ」 「じゃあ、なんで知らないふりなんかしたんですか?」いつものショートカットに戻った真は、 少しむくれたような言い方をした。 「知らないふりしてた方が言えることだってあるんだよ」 「なんかよくわかんないなあ…ねえプロデューサー、なんかあったんですか?今日は…っていうより、 最近変ですよ。仕事が終わるとぼく…私を送ってすぐ帰っちゃうし」  真は、ハタチになった際、プロデューサーから『一人前の女性としての意識を身につけること』を 目標に掲げられていた。プロデューサーいわく、『男の子には女の子のアイドルとして、女の子には ボーイッシュなアイドルとして、それぞれ人気があっても、それは単に両方へ、半分ずつの要素しか 見てもらってないということだ。これからは一人前の女性として、男も女も魅了しろ』  その第一歩として、自分の呼び方を『ぼく』から『私』に変えるよう言われていたが、 なかなか一朝一夕には身につかないようだ。 「そんなことより、なんで真がここにいるんだ?」プロデューサーは、まだ半分くらい中味の 残っているグラスをそばにあったテーブルに置いた。 「罰ゲームですよ」 「罰ゲーム?」 「事務所でパーティしてたんですけど、誰かが王様ゲームやろう、とかいう話になって、結局ぼく… 私が、めいっぱい女の子っぽい格好して、プロデューサーを迎えに行く、っていう罰ゲームに」  王様ゲームって、そんなやり方だったかなあ、とプロデューサーは思った。 「帰りましょうよ、プロデューサー」真は彼のそでを引っぱった。 「まだパーティの最中なんだけどな」 「社長もみんなも待ってますよ。プロデューサーがこないと盛り上がらない、って」 「こんなヤツ行ったら辛気くさいだけだぞ」 「ホントにどうしちゃったんです?ひょっとして、誰か女の人に振られたとか…」 「お、近い近い。いいセンいってる」 「えっ」半分冗談で言ったつもりの真の顔から少し血の気が引いた。 「振られたっていうより、どうしたらいいのかわからない、って感じかな。…考えてみたら、 今に始まったことじゃないんだけどな」  真はさっき見たテレビ局の女性プロデューサーを思い出し、会場の方向をちらりと振り向いた。 「ひょっとして、さっきの…」  プロデューサーは、真の方を見ずに言った。 「毎年、クリスマスになんかあげてただろ?」 「え?あげてた…って、誰が誰にですか?」真はきょとんとした。プロデューサーは、自分を 指し、それから真を指さした。 「あ、はい…」  プロデューサーは真に、クリスマスのプレゼントを欠かしたことがない。どこかへ連れて行って 一緒に晩ご飯を食べたり、冬物を買ってあげたりと、毎年彼女のよろこぶことをいろいろしてあげている。 「今年はちょっと早めに買っておいたのに、どうにも腰がひけて渡せる気がしない」 「えっ、プレゼントを?」真の顔がほころんだ。物が欲しいわけではなく、彼からプレゼント されることが彼女にとってはうれしいようだ。 「真がおれに向かって『私』っていうたびに、心臓をつかまれた感じがして、どうにも普通に 渡せない。自分でそうしろ、って言ったくせにな」  真はびっくりして、息づかいが荒くなった。 「そ、それって、もしかして、プロデューサー…私…のことが好きってこと、ですか?」 「まあそんな感じ」プロデューサーは、わざと適当に返事をした。 「でも、酔ってるプロデューサーに、そんなこと言われても、うれしくない」真はちょっと 怒ったような表情になった。  プロデューサーはさっきのグラスをもう一度手に取ると、真に渡した。真は意味が分からないまま 受け取ると、顔を近づけて匂いをかいでみた。 「あれ?」真はグラスにそっと口をつけた。「これ、水じゃないですか」 「ああ。今日はパーティや忘年会のかけもちがあるから、最初の乾杯だけビールを一口飲んだだけで、 あとはずっとそれだ」いきなりプロデューサーの話し方が、酔っぱらいから通常運転に戻った。 「じゃ、じゃあ、酔ってるふりしてたんですか?」真はさっきプロデューサーから聞いた言葉が、 酒に酔って出たものではないと知り、全身によろこびがわき上がってくるのを止めることが できなかった。 「いや、酔ってなかったらこんなこと言えないんだから、おれは酔ってるんだ」プロデューサーは また酔っぱらいのような、ふてくされた声で言った。 「プロデューサーのあまのじゃく」真はすねたような声を出した。  プロデューサーは大きくため息をつくと、ジャケットのポケットから小さな箱を取りだして フタを開けた。 「ほら」  彼は真に箱を差し出した。細い指輪が青いベルベットに埋まっていた。 「…もらっていいんですか?」  プロデューサーはそっぽをむいたままうなずいた。だが、真は黙って見ているだけだ。 彼は仕方なく、親指と人さし指で指輪をつまんで持ち上げた。 「…好きな指にすればいい。人さし指でも中指でも小指でも」彼はそう言ってまたそっぽを向いた。 つっ、と指輪が押される感じがしたかと思うと、彼の手から指輪がなくなった。 「プロデューサー、見てください」  彼は見なかった。真がどの指にしたのか、見なくても知っていた。なにしろ、その指に合う サイズの指輪を買ってきたのだから。 「せっかくプロデューサーにもらったのに、本人が見てくれないんじゃつまんないなあ」 「見なくてもどんなだか、わかってる。だから、見なくてもいいんだ」 「プロデューサーのケチ」 「はいはい、どうせおれはケチなあまのじゃくですよ」そう言いながら、プロデューサーは、 まだ真を見ずに、彼女の手を取った。彼の手のひらにちょっぴり、指輪のひんやりとした感触が 伝わった。 「おかしいなあ、クリスマスって、こんな涙が出るような悲しい日でしたっけ」真は笑いながら、 空いている手で両目をこすった。プロデューサーは、真の手を離すと、酔っぱらいのように、 ソファに横になりかかった。 「もう、ちゃんとして下さいよ」真はプロデューサーの手を引っぱって起こそうとした。 「もう、ちゃんとして下さいよ」起こされたプロデューサーは、真の物まねをした。 「なにやってるんですか」 「なにやってるんですか」 「なんかのマネですか?」 「人のマネをするあまのじゃくのマネ」 「あ、今違うこと言った」 「あまのじゃくだって、たまにはあまのじゃくになるよ」 「…なんだかよくわからないなあ…よーし」  同じソファに腰かけた真は、彼のほっぺたをきゅっ、とつねった。彼も真のほっぺたをつねった。 「い、痛い」 「い、痛い」プロデューサーは楽しそうにマネをする。むっとした真は、プロデューサーの髪を 右手でくしゃくしゃにした。プロデューサーは、真の頭に手をあてて、やさしくなでつけた。  しばし沈黙のあと、真は彼のほっぺたをそっとなでた。プロデューサーは、また同じように 真の頬に触れた。真は人さし指で、彼の唇に触れた。彼も同じことをした。真の脈はさっきから どんどん速くなっている。プロデューサーが心臓のスピードまでまねしているのかどうかは、 さすがに真にもわからない。  真は気持ちを落ち着けようとしたのか、舌を出してあかんべーをした。彼も舌を出した。 真はプロデューサーの手を握った。プロデューサーは、同じ強さで握り返した。真はプロデューサーの 顔をじっと見た。彼も同じように真を見つめた。真は息をするのも忘れ、プロデューサーに少しずつ 顔を近づけた。プロデューサーまでの距離が半分まで縮まったとき、真は自分のしていることの 緊張感に絶えられず、動きを止めてしまった。緊張の解けた真は荒い息をしながらも、顔を もとの場所までもどそうとした。その時、プロデューサーの顔が、真と同じように、 あと半分の距離を静かに移動し始めた。 end.

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