TOWもどきim@s異聞~第一章~春香編4

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 愛想こそないけれど、「一見しただけでは」確かにごく普通のシスターだったのだ。 だが自分を始めとした仲間達数人は、それ以降の数日の旅路でそんな認識をたやすくひっくり返されることになる。 まず初日、戦闘終了後に回復の為と進呈されたグミによって、彼女はあっさり『いけすかない女』認定された。あれだけ舌を蹂躙する味でありながら しっかりTPが回復するというのはどうなのだろうか。 あまりの辛さにのたうつ自分達に、仕掛けた本人は特に大笑いすることもなく、ただ『知り合いの王女に教わった調合法だけどこんなに上手くいくなんてね』と、 感心しているのかそうでないのかわからない口調で平然とのたまった。  そして次、情報収集の為に立ち寄ったカジノで、よりにもよって自分達全員(の装備品)をチップにした非合法ブラックジャックなどというものに挑んだ時には、 (スリーセブンで圧勝したとはいえ)本気で息の根を止めようかとも思った。護衛対象―――即ち顧客でなければ、呪文の一発や二発でも かましてやりたいと強く願った瞬間である。 そして、彼女の顔をマトモに見た最後の日のことだけは、割と鮮明に覚えてる。 『―――あら、お姫様。夜更かしはお肌の大敵なんじゃなかったかしら?』 一緒に迎えた幾度目かの野営の夜、火の番を交代している時に、ふと目を覚ましていたらしい彼女とかち合った。 普段は日頃からの仕打ちも相俟って、考えうる限りの悪口雑言を繰り広げていたロッタではある。が、その時はやたら眠かったことも ありいつもの憎まれ口も互いになりを潜めたのか、その夜だけは珍しく―――まるで普通の友人同士のように話し込んでいた。  あの時の「彼女」も、多分それなりに開襟を開いてくれていたのではないかと思う。目に見えて声を立てて笑ったりなどしなかったが、 けれどそれまで話さなかったような『夢』を語ってくれるぐらいには。 「信じてくれなくてもいいけど、『それ』はそういう職業なのよ」 思えば、掴もうとすると手品のようにその手を音もなくすり抜けるような少女だった。 年相応に泣いたり怒ったり泣いたり、情動を発露するという行為には縁遠いと思っていたけれど、その時だけは夢物語のような 途方もない夢想を仰ぐ子供のように見えた。 まあ、そんな感傷を抱いたのも一瞬だけで、あとは彼女の傍若無人ぶりに振り回される忙しい日々の中に置き去りにされていった訳だが。  何故今になって、そんなどうでもいいとすら思っていた筈の記憶を思い出したのかと言えば――― 脂汗を浮かべ、壁に張り付いた『彼女』が引きつった眼差しでこちらを見据えている。 「・・・・・・もう一度確認するわよ。難聴になったつもりはないけど、気のせいかしら今あなたの言ったことが物っっっ凄く理解しづらいのよ。 ―――明確に、そして誠実に答えてくれないかしら?」 感情的になってはいけない。交渉というのは何を言われようと先に我を忘れた方が負けである。元より僧侶とは慈悲深さと寛容を旨とする生業だ、 決して路肩の通り魔みたいに「ついカッとなって」みたいな展開になってはいけないのである。 だが、追いつめられ脂汗を浮かべた少女本人もそれ以外に答えようがないのだ。答えようがないからこそ、繰り返してしまう。ロッタの逆鱗を刺激したその一言。 「・・・・・・どちら様、でしたっけ?」 「・・・・・・光よ 命を糧とし彼の者を打ち」 「ストップストップ!ロッタ、はやまらないで杖を構えないでそしておもむろに術を詠唱し始めないでぇぇぇっ!」 八割方本気で目の前の少女に術をぶち込もうとしたロッタと、それを羽交い締めにして押さえる仲間達によるどんちゃん騒ぎに対し、 診療所の主たるアニーが柳眉を吊り上がらせて雷を落とすまでそう長くは掛からなかった。 とりあえず、ベッドで寝入っている患者の少女の身内を呼びに行かせるという名目で春香を一旦退席させた アニー女史の英断は正しかったといえる。一応、さっきまでヒートアップしていたロッタの頭も大分冷えつつあったのだから。 「―――『あの』ラクリマ修道会ですか?・・・・・・それはまた」 そのキーワードを口にした瞬間、ゴリゴリと延べ棒で薬草をすりつぶしいたアニーは目を丸くした。 「そんな高貴な出の方とは思いもしませんでした・・・・・・それにしては随分としょみ―――親しみやすい感じの方でしたので」 「別に言い繕わなくてもいいわよ」 世界全土、とまではいかずとも、依頼主の高名は届く所には届いているようだった。それだけに、そんな大口からの依頼を こんな形で『失敗』させてしまうかも知れない現状を鑑みると頭痛を覚えてしまう。 「まず、当の本人―――天海春香さんは、貴方方とは面識がないと言い張って、更にはシスターでなく 『東京』と呼ばれる遠い異国から来た、と主張しておられるようです」 「・・・・・・そうね。そこら辺をどうにかしないといつまでも話が進まないんだけど・・・・・・」 アニーは作業の手を休めると、コホンと咳払いしつつ神妙に告げる。 「春香さんは、さっきポルカの森でエッグベアに襲われているところをファラさんに助けられ、村へ案内されたそうです。 ただ・・・・・・どういう経緯で出来た傷かはわかりませんが、頭部を少し打っていたので、さっき私がここで治療しました」 頭部、と聞いてロッタの眉間の皺が深くなる。治癒魔法もそれなりに普及している昨今ではあるが、やはり頭というのは非常にデリケートな部位だ。 非常に不躾だが機械などでいう『不具合』のようなものが彼女の身に起きた結果が、さっきのあの不毛な問答になったという線も充分にありうるのだ。 事態の深刻さを改めて噛みしめるように、カノンノもまた己の足下を見て俯いて、 「・・・・・・だから、あそこまで様子がおかしくなっちゃったのかな・・・・・・?」 「・・・・・・あの、つかぬことを聞きますけど『あそこまで』なんて言われるほど様子がおかしいんですか? 私も少し話した程度ですが、普通の娘さんのように感じたんですけど」 そうだ、アニーに『ファラの保護者に知らせてほしい』という口実を与えられ出ていくまで、彼女は一貫して『普通の女の子』 だった―――普通の女の子『過ぎた』。  「・・・・・・そうね。例えば世界に仇なす伝説の魔王が突然引退宣言して「普通の女の子に戻りまーす!」、なんて宣言したらどう思う? ・・・・・・私達にとってそれと同じなのよ、あの娘の今の変貌ぶりは」 「・・・・・・・・・」 どんな所業を犯せばあそこまで言われるのだろうか、とアリアリと浮かんでいる瞳である。 疲れたようにため息をついていると、カノンノがコソコソと声を潜めて、 「・・・・・・ロッタ。これからどうする・・・・・・?」 「・・・・・・とりあえず、一旦リーダーに報告して指示を仰ぐしかないでしょう」 嘆息して、事態の複雑さに改めて目眩を覚えた。あのように人格までも変化してしまっては、どんな風に接していけばいいものかわからない。 「いや、そうじゃなくて・・・・・・」 透き通った湖面のような瞳が、迷うようにソワソワと宙を見つめる。 いつもなら、言いたいことがあるならハッキリ言え、とでも叱り飛ばしているところだが、場所は病人も寝ている診療所である。 唇を引き結んで次の言葉を待っていると、 「大丈夫なの、ロッタ?」 ―――魔物との戦闘でヘマをやらかし、多少深手を負った時にかけられた労りと似た響きだった。 訳もなく胸を走った動揺を悟られぬように、彼女から背を向けて、 「何って―――何がよ」 呟き返す声は震えていなかっただろうか。 だが、強気を装ったそれに動じることもなく、カノンノは次の一言を――― 「・・・・・・そういえば、もう一人のお仲間の方はどちらへ?」 言うより前に、サラリとアニーが指摘した事実に固まった。 じー。 「・・・・・・あー、あの・・・・・・」 じー。 「そ、そんなに見られると穴が開いちゃうかなー、なんて・・・・・・」 「・・・・・・?開いてないよ?」 ―――どうしてこうなった。 変な癖っ気のある輝く金髪、ノースリーブの赤い上衣によって浮き彫りになった体躯は若干小柄だが、 腰に提げた物騒な得物(剣)が妙に不釣り合いな気もした。 職業柄、『見られる」』ことには慣れているつもりだったが、こんな風にひたすら無心に見つめられ続けると妙に緊張感が増す。 ある意味彼の三大審査員と対面した時以上のプレッシャーだ。 「・・・・・・春香は、戻りたくないの?」 「い、いや!?そういう訳じゃ・・・・・・」 ―――いや、すぐにでも戻らない時点でそう主張しているも同然か。胸中で思い返すが、そんな春香の胸中とは裏腹に、少年――― 名乗ったところによるとロア・ナシオンは相も変わらず静かに澄んだ瞳でこちらを見つめる。 一人診療所を出てリッドを呼びに行ったものの、既に彼は村人からの報を受け診療所に向かっていた、とのことだった。 文字通り骨折り損だった訳だが、かといってまだ今の「現実」と向き合おうという覚悟が固まった訳ではなく、 結果、無意味にそこいらをぶらつくより他なかった。・・・・・・ある意味状況は、『ここ』へ迷い込む前と似たものになったといえる。 「・・・・・・ロア君、だよね。その・・・・・・何で私に付いてきてくれたの?」 原因その1は質問に対して、コクリと首を傾げる。見た感じ春香と同年代のようにも見えるが、妙に幼い仕草だった。 だが、少なくとも見かけ通りの人物でないことは何となくわかる。身についた習性は裏切らないのか、いつものように転んだところにサッと ナチュラルに手を差し伸べられるまで、彼の接近に全く気づけなかったのだから。 そして、それまで無心に春香の横顔を見ていたロアは、その質問にしばし沈黙したかと思うとおもむろにドサッ、と草むらに身を投げ出して、 「目玉焼きって、塩と胡椒以外に何かかけたりする?」 「・・・・・・は?」 答えをもらえるどころかいきなり何だ、と自分でもわかってしまう位に目を丸くした。 「ひょっとして、目玉焼きもわからなかった?」 「い、いやわかる、わかるよ?・・・・・・でも、どっちかっていうと何もかけないでパンに載せるっていうのが好きかな」 そっか、と頷いてから、何だ次は自分の好みの調味料を話し出すのかとも思ったが、 「前に、カノンノから・・・・・・さっき一緒にいた僕の仲間から見せてもらった本に、サニーサイドアップっていう 光線を目から出すどこかの勇者のお話っていうのがあったんだ」 「・・・・・・」 何だろう、彼が語るのはあくまでも異世界の寓話なんだから春香が知っている訳がない、と思うのに。 今、猛烈に内容にすごい既視感を覚えた気がした。 「・・・・・・長い三つ編みの女の子が焼芋(スイート・ポテト)とか叫んでる場面も出てきた?」 「あれ、知ってるの?」 「・・・・・・うん、知ってるけどこれ以上詳しい話はやめた方がいい気がするんだ。何ていうか、お互いの世界観的に」 乾いた笑いで誤魔化す春香の顔を再度、ジッと瞬きもせずに見つめる。そして、ゆっくりとそれまでどこか茫洋としていた口調に、わずかな確信を滲ませて、 「・・・・・・ホントにそういう呪文があるって最初は信じてたんだ。カノンノの本は僕には教科書代わりだったから、 実際に食べ物としてテーブルに出てきた時にはちょっとビックリして」 へ、と言葉には出さずに口を半開きにする。それに気づいているのかいないのか、補足するように彼は淡々と続けた。 「僕の時は、そんな風に色々カノンノや皆が話しかけてくれて、そのお陰で僕も―――まだわからないことも多いけど、出来ることが多くなってきたけど。 本当に、君は違う場所から来ただけで忘れた訳でもないのなら、必要なかったのかな」 僕の時。そして、何だか小動物を目の前にそていると相手に思わせるような、無垢な仕草や口調。躊躇いが胸に生まれながらも、春香は核心を問いただす。 「・・・・・・えっと、君は・・・・・・ロア君は」 「拾われたのは、半年位前になる。それより前のことは、わからないんだ」 ―――彼は、『本物」』らしい。他2人にしてみれば、中身が変なことになっている『自分』とは違い、純粋な意味で。 (・・・・・・ああ、そっか) 表情自体に変化はないながらも、彼なりに気を遣って―――励ましも兼ねて普通に話そうとしてくれているんだと。情けないことに、その時になってようやく理解出来た。 「・・・・・・あの、詳しく聞けなかったけど。私って、ロア君達の仲間か何かだったの?」 「ううん」 そうかぶりを振ってから、彼はポツリポツリとだが説明してくれた。 早急に行かねばならぬ場所があり、でもさっき熊モドキことエッグベアと対面したように一人歩きなど以ての外の世界観だから、 彼らの所属する『ギルド』に護衛を依頼してきたのだと。 「・・・・・・ごめん、さっきからチラホラ耳にしてるんだけど、その『ギルド』って一体・・・・・・」 「―――僕もあまりまだわかってないけど、最近では嵐で瓦が壊れちゃった屋根を修理したり、後はオタオタやピヨピヨの着ぐるみを被って、 町の子供達に『こういう危険な生き物がいっぱいいるから外にはあんまり出ないように』っていうお芝居を―――」 「ギルドの存在意義を誤解されるような説明の仕方はやめてもらえないかしら!?」 上擦った声で割って入ってきた声に、思わずビクリと肩を戦慄かせた。 恐る恐る振り向いてみれば、そこには王冠を戴いた頭に手を当て、頭痛でも起こしているようなポーズで仁王立ちするボブカットの少女。 「・・・・・・ギルドはまあ、何でも屋の代名詞のようなものだけど、一般的には人々に依頼されて魔物を討伐したり、危険な土地へ資材採取に赴いていったり。 ある程度の実力を持った冒険者達が集って、普通の人には危険な依頼を完遂することが主な役割よ」 ほえー、と人形のように頷く春香の姿を、一瞬疲れたように一瞥しながら、その視線をぼんやり突っ立っている仲間の少年の方へと向けて、 「ロア、あなたどういうつもり?」 「ちょっと目玉焼きとスイートポテトの話をしてたんだ」 「・・・・・・ふざけてるの?」 怒りのパラメータを一気に増大させるロッタに、これ以上やばいことになる前にと割って入ったのは春香だった。 「と、ところでさ!・・・・・・あなたの名前、ちゃんと聞いてなかったけど、何ていうんだっけ。教えてもらってもいいかなー・・・・・・なんて」 正直、何を言おうと発言しているのが「春香」であるだけで噴火しそうなこの少女を相手にするのは正直怖じ気がなくもなかったが、意を決したように尋ねてみる。 だが、予想していたような例えるなら伊織並みの罵倒が返ることはなく、凛々しく細められた彼女の視線は、真っ直ぐに春香の全身を射抜く。 「・・・・・・ロッタ。ヴォルフィアナ首都城下町の冒険者ギルド『モンデンキント』に所属してる僧侶よ。・・・・・・他、後は好きに自己紹介して」 「・・・・・・ロッタったらもう・・・・・・あ、ごめん。私はカノンノ。カノンノ・イアハート、職業は一応魔法剣士だよ」 ペコリ、と頭を下げると、椰子の木のように結い上げられた桃色の髪がふわっ、と揺れた。 涼しげなノースリーブワンピースが快活な印象を与える少女で、ロッタに比べれば幾分か穏健派のようにも見えた。 「・・・・・・さっきは私達も大人気なかったわ。一応今の貴女にしてみれば、見知らぬ他人に過ぎないというのに」 「・・・・・・怒ってるのはロッタだけだったような」 ボソリと呟くロアの口を、カノンノが静かに塞いでみせた。それをむすっとした目で流してから、ロッタは改めてゴホンと咳払いして、 「とりあえず、改めて貴女自身の話を聞かせてもらえないかしら」 「・・・・・・へ?」 「貴女にしてみれば、私達どころかこの土地全てが全くの未知のものだってことは、さっきの口振りでわかった」 眼差しこそきつそうに見えるが、そこにはさっきまでの荒々しい怒りはない。 「正直、どこまで理解出来るかはわからないけど、『貴女』の身上を噛み砕いて説明してほしいの。 ・・・・・・正直今のあなたの状態は、他人から見れば気がふれているように見えてしまいかねないけど、話さないままでいるよりは 私達としても何か修道会の人達にフォロー出来るかも知れないし」 改めて見渡した周囲には、藁の積まれた荷車を重たげに引く牛や、どこからか積んできた稲穂を手に走り回る子供達。 自分は今確かにここを生きている。でも彼らと過ごした記憶はない。 不安だらけなことには変わらないけど、でもひとつだけわかる。 何となくだけど、友達になれる気がすると。 「―――わかった。ええっと、とりあえず始めに言うと、私はシスターじゃなくて・・・・・・」 「―――おい新入り!そろそろ休憩入るぞ、しっかり身体休めとけ」 「―――はい、ではお先に」 ―――参った。いや非常に。 フロランタン村若衆による男臭い空気に満ちた(こう表現すると彼自身も多少うんざりしてくるが)、祭りの設営現場のぐ近く。 都からやって来た祭の設営支援スタッフとして入り込んでいた青年は、その悪意があるとしか思えない偶然に珍しく渋面を作っていた。 頭に被った日除け用タオルは顔半分を覆い、土埃にまみれたタンクトップにツナギなどという、美意識的に考えて平素では絶対しない 格好に身をやつしている、ということもあるが。 「よりにもよって、こんな時にねぇ」 この世界で会えるなんて予想はしていなかったが、服装云々を抜きにしても出来ればこんな形でまみえたくはなかった。出会うならもっと、 街角でバッタリとか平和的かつロマンスのある形が良かったのだが、これではどう足掻いても物騒なことになりそうだ。 「・・・・・・ごめんなさい、こういう時どんな顔すればいいのかわからないの」 「ちょっ、それ遠回しに『笑ってもいいか』って訊いないかなぁ!?」 理由はわからないが、噛み砕いてアイドルという職業に就いていること、そしてアイドルの委細について 説明を聞いた僧侶の少女に、そんなにべもない言葉でバッサリ一蹴され、涙目になっている知り合いがいた。非常に残念ながら、 見間違いじゃないらしい。 そりゃ最近では半ばバラドルみたいな扱いされてるけど、あそこまで言われる程だろうか―――とちょっと気の毒になる。 「仲がいいのは結構だけど、こうなるとやり辛くなっちゃうなぁ」 「・・・・・・おい、何ブツブツ言ってるんだよ」 ポーズではなく本心からの苦笑いでひとりごちていると、やがて同じように潜伏していた同僚がやって来た。 それが同じ事情を抱える仲間であったことに軽く口の端を上げると、 「いやー・・・・・・目標を見つけたはいいんだけど、こういう時に会いたくない子が一緒でね」 「はぁ?おい、何いっ・・・・・・―――!?」 顎で促したその先にいた存在に気づいて、彼の言葉が一端途切れる。 筆舌に尽くしがたい驚愕が、振り向きもしないのに伝わってくるようだった。 流石に声は控えているが、こちらへ近寄って動揺のあまり襟首を引っ掴んで乱暴に引き寄せると、 「―――な、何であいつが!?おい、まさかアイツもギルドのメンバーだっていうんじゃ」 「いや、幸いなことにただの顧客らしいし、僕らが『引っ張る』理由はないよ。・・・・・・ただ、ちょっと彼女の場合 ややこしいことになってるみたいだけど」 コッソリと聞いていた経緯をザッと説明すると、案の定予想していた通りの渋面を作る。 「盗み聞きかよ、あんまいい趣味じゃねえな。・・・・・・要するに何だ?アイツ、こっちでの記憶だけ抜け落ちてる状態なのか?」 「まあそういうことになるかな。・・・・・・けど、彼らも報告で聞いていたよりもいい子達みたいだね。荒唐無稽だってわかってる筈なのに、 何だかんだで受け入れてくれてるみたいだ」 ―――参った。重ねて言うが、本当に。 多分、それは彼も―――冬馬も同じことだろう。 商売敵同士彼女とは取り立てて親しい間柄という訳ではない。 向こう側において、一見平凡でありながら舞台の上では一番の強敵であると看做している存在だった。 歌うことの楽しみや喜びを、誰かと分かちあうことを何よりも尊ぶ、まだ荒削りな原石ではあるがアイドルという言葉を体現したような少女。  これで彼女にここでの記憶が―――この不穏な世界で一個の生命として根を下ろした彼女であれば、まだ躊躇いはなかったかも知れない。 だが、目の前にいるのは『765プロ』の天海春香だ。誰かの血を流すような悪意や脅威とは、無縁の場所にいる、『向こう側』の。 「・・・・・・夕刻までには確保するようにって言われてるけど、出来れば彼女から離れるのを待つ方向でいかないか?」 「―――努力はするさ。まあ、俺とお前でかかりゃどうにか出来るだろ」 嫌な方向に強くなったものだな、と。冬馬の横顔を見ているとそう思う。いばる上司に顎でこき使われる縦社会も同然の騎士の世界よりも、 丁度目の前の『確保対象』のような―――何にも縛られぬ立場で信念の為剣を振るえていれば、よっぽど『らしかった』気がするが、 貧乏籤を引きやすいのだろうか。 同時に、大袈裟な身振り手振りで何とか説明している『彼女』に視線を馳せる。 こっちとあっちが溶け合った時の混乱具合は、自分も冬馬も身をもって思い知っている。それが彼女の場合、向こう側での意識しかない状態で この世界に放り出されたも同然の状態では、立ち振る舞い方もままならないだろうに。 ―――そんな状態で出来た友人を、いきなり取り上げるようで申し訳ないが。 「―――これが、こっちでの俺達の仕事なんだよね。ごめんね、春香ちゃん」 ギルド『モンデンキント』構成員の、無力化及び確保。 祭の前準備という賑やかな空気とは似つかわしくないそんな任務を負った伊集院北斗は、 どうか彼女に見つからないことを切に願いつつ――― 服の下に隠した得物に手を伸ばしていた。

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