You Make Me Smile

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四条貴音。 長い手足を活かしたダンスであったり、 日本人離れした容姿であったり、 大抵の曲は歌いこなせる安定感のある歌声であったり、 端的に言ってしまえば極めて高い水準でバランスの取れたアイドルと言えるだろう。 そんな貴音に最近増えてきた仕事として、グルメ番組のリポーターがある。 最初の頃は本人の好物でもあるラーメン関係のオファーがたまに来る程度だったのだが、 ある時貴音の評価を大きく上げる出来事が起きた。 グルメ番組なんてのは料理が運ばれて来たらまず薀蓄やら御託を並べるのが通例となっているのだが、 その時の貴音は料理が出された瞬間間髪入れず食べ始めてしまった。 当然慌てた番組スタッフが打ち合わせと違うと止めに入ろうとした所を逆に、 「風味の損なわれぬ内に食す事こそ料理人に対する礼儀と知りなさい!」 と一喝。しかも生放送だったおかげでその模様が全国に放送されてしまった。 ……のだが、この発言が各方面の料理人の琴線に触れたらしくオファーの数は倍率ドンさらに倍。 以降の貴音の活躍へと繋がっていく事となる。 ちなみに、キチンと残さず平らげるのに食べる姿が大層上品でテーブルマナーも完璧だというのも評判の理由である。 閑話休題。 その日もまたいつものように収録を終えた帰りの車の中。 窓の外を流れていく街の夜景を見ながら、今回の店は収録の合間に自分や番組スタッフのような裏方にも軽食を出してくれたりと店主の人柄も良かった事を思い返す。 不満と言えば仕事である以上酒が飲めなかった事ぐらいである。 そんな事を考えていると、ふと後部座席に座る貴音が溜息をついた。 「どうした? 疲れたのか?」 「そうですね……少し、飽いているのかもしれません」 何に対して向けられた物か。次の言葉を待つ。 「ここの所高級な料理が続きましたので……素朴な味が恋しく思えてきます」 思い返してみれば確かに最近は競争率が低いのを良い事に似たような仕事を入れ過ぎてしまったかもしれない。 いくら美味しい料理でも続けば食べ飽きるのは当然だろう。 知名度の向上ばかり考えて貴音本人の意思を蔑ろにした事を反省する。 「確かにそうだな……すまなかった」 「お気になさらず。どうしても耐えられぬようであれば言います故」 「もっと気軽に何でも言ってくれていいんだけどな」 担当するようになってそれなりに経つが、まだ距離を感じる。 別に近づき過ぎる必要は無いが、もう少しどうにかしたいと思っているのは事実だ。 そうしてしばらくの無言の後、申し訳無さそうに貴音が、 「それでは……申し訳ありませんが、事務所に寄っては頂けませんか」 と言って来た。 「それは構わないが、何か忘れ物でもしたのか?」 「いえ……少々体を動かさねば流石に体が重くなりそうで」 「ああ成程ね」 流石の貴音と言えども、連日続く高カロリーの連続には危機感を覚えるらしい。 頭の中でルートを検索しながら、事務所の方向へとハンドルを切った。 「それでは、申し訳ありませんが暫くお待ち下さいますよう」 事務所に戻ると、そう言って貴音はトレーニングルームに入っていった。 さて、終わるまで自分はここで何をするべきだろうか。 幸か不幸か書類伝票等の事務処理は綺麗さっぱり片づいていて残った仕事は何も無い。 せっかくの浮いた時間ならば担当アイドルの為に使いたいものだが。 と、さっき車の中で交わした言葉が思い出される。 『ここの所高級な料理が続きましたので……素朴な味が恋しく思えてきます』 ……ふと思いついた案にないわーと自分でツッコミを入れるが、ちょっとはエエカッコしいな根性が勝って結局その案を実行に移すことにした。 765プロの事務所は移転した際、給湯室もそれなりに豪華になっている。 尤も、仮眠室(睡眠)とシャワールーム(風呂)に加えて自炊も可能になってしまっては本気で事務所に住み着く人間が出るかも知れないという危険性が指摘されたが、 料理好きなスタッフ数名の懸命な説得により設備増強が決定された。 そんな経緯を思い出しながら冷蔵庫の中を確かみてみる。今から作ろうとしているのは残り物の野菜で充分なので大概何とかなるが。 必要な物が揃っているのを確認すると、ジャケットとネクタイを脱いで腕まくり。共有のエプロンをつける。 ふと備えつけの鏡で自分の姿を見てみる。おお。なんだかデキる男の休日料理みたいで格好だけは一人前だ。 そんなたわけた感想を持ちながら準備を始める。 にんにくを微塵切りに、玉葱、人参、ジャガイモ、トマトは賽の目切りに。 オリーブオイルでニンニクを炒め、香りが移ったら玉葱と人参を投入。 同様に火が通ったらジャガイモとトマトを入れ、ついでに適当な大きさに切ったキャベツも投入。 同時に野菜が浸かるくらいまで水を入れ、市販のスープの素を少なめに入れて強火にかける。 沸騰する直前で弱火にして時々アクを取りながら塩コショウで味つけをすれば完成。 今回は塩を控えめに、逆にコショウを少し強めに効かせる。 ちょいと味見。まあ、こんなものだろう。 あとはたまに出てくるアクを取りながら味が染みるのを待つ。 そうこうしているうちに、「お待たせいたしました」の声とともに貴音が戻ってきた。 シャワーで汗を流してきたのかうっすらと頬が赤い。 「お疲れさま。野菜スープ作ったけど食べるか?」 そう声をかけると貴音は指を頬に当てしばし黙考したのち、 きゅるるるという可愛らしい音が聞こえてきたがお互いの今後の為に黙殺する。 「折角作って下さったのです。いただくことにしましょう」 との返事が返ってきた。 食器棚から大き目のマグカップを取り出してよそり木製のスプーンを添える。 わざわざこんなモノが用意されているあたりウチの料理好き達は本当に侮れない。 「どうぞ。ご所望の素朴な味で御座います」 「……覚えていて下さったのですか」 冗談めかして言った台詞の内容に少し驚いた様子でカップを受け取った貴音は適当な椅子に腰を下ろす。 向かい合う形で自分も座る。 貴音は温もりを確かめるように両手で持ちながらゆっくりとした動作でカップの中身を口に運ぶ。 勢いでしてしまった事だが余計なお世話だったろうか。 今更になって不安になる。 まずマグカップから直接スープを一口。続いてスプーンですくって中の野菜を一口。 学生時代のテスト結果を聞かされる瞬間のようで思わず緊張する。 形の良い喉がこくんと鳴る。 緩やかに息を吐く。 「とても優しい味がします。普段食べている物よりずっと薄い味付けですが、それが今の私には丁度良い」 とりあえず合格点は貰えたようで、安堵の溜息を漏らす。 「口にあってよかったよ。正直な所、不安だったんだ」 安心した所で冷めないうちにと自分の分も食べ始める。 最低限に抑えられた薄めの味付けのスープに野菜の甘味が溶け込んでいる。 キャベツの緑、ニンジンの紅、トマトの赤、ジャガイモの白。それらを口に運ぶ。 火が通って柔らかくなった野菜達が口の中で崩れていく。 パン、それも出来ればバターロールかクロワッサンが欲しくなった。 きっとよく合うことだろう。 「そういえば、プロデュサー殿に料理を作っていただくのはこれが初めてですね」 「担当アイドルに手料理を振舞うプロデューサーってのは中々居ないと思うぞ」 「そのようなものですか……ではもう一つ、この様子ですとそれなりに慣れているようですが、普段料理はされるのですか?」 「大体は面倒くさくて出来合いのものばっかりだけど、野菜は自分でどうにかしないとどうしても不足しがちになるからな。そういう時だけかな。んで、そういう貴音は自分で料理は作らないのか?」 「たまには作るのですが……その、少々凝り過ぎてしまうようで出来上がるまでに時間がかかってしまうのです」 成程。普段の食に対する拘りを見ているとそれも納得できる。 それにしても、一緒に食事をするというのは意外と大事なのかもしれない。 さっきまで感じていた二人の距離が縮んでいくのを感じながら他愛の無い会話を重ねていく。 それが心地よくて、思わずこんな事を口走ってしまった。 「まあ、今日のお店で食べたようなのには遠く及ばないけどさ」 そんな無神経な言葉に貴音はゆっくりと頭を振って 「それは違います」 「貴音?」 「確かに、このスープは今日お店で頂いたようなお金を取れる料理ではありません。しかし、本来お店で出すような料理と一人のために作られた料理、あるいは家庭での料理は比べられるようなものではないのです」 一呼吸置いて、大切な事だからと言い聞かせるように、 「私を思って、私の為に作ってくださった、ただそれだけで嬉しいのですよ」 そう言って、柔らかく微笑む。 その笑顔があまりにも自然で、こちらもつられて笑顔になる。 そうやって暫くの間、二人でずっと笑っていた。 ※おまけのNGシーン。 「お疲れさま。野菜スープ作ったけど食べるか?」 その言葉と共に差し出されたカップを奪い取るようにして手に取った貴音は、 幽鬼の如き表情で力なくひざまずき震える手で口元へ運ぶ。 だが、カップの縁が口に触れる寸前で思いとどまり、 ニヒルな笑みを口元に浮かべながら、 「……そのお気持ちだけ受け取っておきましょう」 そう言って中身を鍋に戻した。 「……で、済んだかね?」 「……やりとげました」 一体何処でこーゆーネタを仕入れてくるのかなこの娘は。 それやったらお前さん、 最後はステージの上でライバルと握手しようとしてそのまま死ぬ破目になるんだけどなー。

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