ある歌手とアイドル

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その日、私はある小さなイベントに出演していた。 私のステージは、客の反応も上々で、私はとても気分よく舞台を下りた。 スタッフとお疲れの挨拶も心地いい、そんな中、場内のアナウンスがその上機嫌を一気にぶち壊したのだった。 『続いて、みんなお待ちかねの彼女の登場だ! 音無小鳥! 曲は「イマジネーション・ディスティニー」!』 ああ、駆け出しのアイドルか。 同じレコード会社だから、彼女の名前は知ってる。曲も聞いたことある。 確かに可愛いかもしれない。でも、歌も曲も絶対私の方が上だ。 なのに、このイベントでは、まだデビューしたばかりの彼女が私よりも後の登場。つまり私より上の扱いをされてる。 結局、可愛ければ人気が出て、その人気で全てが決まるってことでしょ? つまんない。 そんなことで私の歌が売れないなんて。 「あ、次は小鳥ちゃんじゃないか!急がないと見逃しちゃう。」 私のスタッフまでも、彼女が見たくて浮き足立ってる。 「なに?私の歌よりもあんな童顔のチャラチャラしたのがいいわけ?」 「君は歌を聴かせるんだけど、彼女はステージを魅せるんだよ。いい機会だ。君も見よう!」 「あ、ちょ、ちょっと!」 私は手を引かれて、無理矢理ステージの見える位置まで引っ張っていかれた。 「よかった間に合った。ちょうど始まるところだ。」 引いていた手を離される。こちらを見もしない。 私の不機嫌は極まった。 なによ、こんな可愛いだけのアイドルのステージなんか。 あんな派手派手な服なんか着ちゃって。 曲が流れる と、軽やかなステップとターン え? 続いて笑顔で振り返って大きなアクション 決めのポーズ 「な。いいだろ?」 「え、ええ。まあまあじゃない?」 本当は思わず見とれていた。 ボーカルが入る しかしダンスの動きは衰えない ボーカルとダンスが、乱れることなく混然一体となって迫ってくる そのリズムに乗って、客席のボルテージは上がり続ける 私は恥ずかしくなった。 目から鱗が落ちるって、こういうことを言うんだなあ。 ステージングがどうの、って、スタッフからいろいろ言われてたけど、「私は歌で勝負」って全然気にしてなかったし。 確かに、アイドルとシンガーソングライターってまるで別の物かもしれないけど、このステージは素敵だと思う。 CDで歌を聞いただけじゃあ、わからないものってあるんだ。 「どうかね?彼女のステージは?」 「あ、社長!いやあ、いいですねえ。彼女、売れますよ。」 「そうかね?ありがとう!」 「社長・・・?」 私は声の主の方を見た。 逆光で真っ黒くしか見えなかった。 「こちらは小鳥ちゃんの事務所の社長で、高木さんだよ。」 「あ、どうも!はじめまして!」 「やあ。君のステージ、見せてもらったよ。素晴らしい歌だった。」 「ありがとうございます。でも音無さんのステージもステキでした。」 「そうか。いやあ、君のような実力のある人間に言われると、とてもありがたいよ。」 「とんでもないです!私こそ、アイドルなんてって思ってましたから、今日のステージを見せていただいて、自分が恥ずかしくなっちゃったくらいですよ。」 「うむ。確かに、今は、アイドルという言葉は軽く思われる傾向がある。しかし、歌とダンスとでステージを見せる、という方向は、アイドルというジャンルが一番積極的なのだよ。 アイドルという存在は、夢を見せるものだ。だから、アイドルも、アイドルの歌もステージも、人々の夢と一緒に、どんどん進化していかないといけないのだと、私はそう思うのだよ。」 ああ。こういう人が育てたアイドルが、彼女なんだな。すごく納得。 「ところで、一つ頼みがあるのだが・・・」 「はい。なんでしょう?」 「君の歌を見込んで、のことなんだが、どうか、うちのアイドルやアイドル候補生の女の子たちに、歌の指導をしてはもらえないだろうか?もちろん、君の仕事の邪魔にならない程度で構わない。」 私は嬉しかった。歌が認められたのもあるけど、さっきの音無さんに会える、しかも指導できる。私はたいして売れてるわけでもないシンガーソングライターだから、時間なんていくらでもある。 「もちろんです!音無さん、うらやましいくらいのいい声ですし、まだまだ伸びますよ。間違いなく!」 「そうか!歌田君、ぜひ彼女たちをよろしく頼むよ!」 カラン 話が途切れた時、グラスの氷が音を立てた。 「そんなことがあったんですか・・・」 「もう10年以上も前のことです。そのまま、私は自分で歌うよりも、アイドルのみなさんの指導や審査の道に進んだんです。これも高木社長のおかげ、とも言えますね。」 「いや、いい話を聞かせてもらいました。今夜のここはおごらせて下さい。」 「それはありがとうございます。でも、次のオーディションの審査では、手加減しませんよ?」 「もちろんですよ。歌田さんがそんな人だったら、こうして一緒に酒を飲みたいなんて思いません。」 「ふふっ・・・さすが、高木社長の見込んだ人ですね。」 俺は、照れ隠しにグラスに残っていた酒を一気にあおった。 「ところで・・・さっきの話の中で、音無さんの名前が出て来てたんですけど・・・」 「はい。」 「その後、音無さんはどうなっちゃったのか、事情をご存知ですか?」 「ああ、ご存知ないのですか・・・。確かに、あまりいい話ではないですからね。でも今日はおごっていただくお礼にお話ししましょう。」 「お願いします。」 「先ほど話したイベントのすぐ後でした。音無さんの担当プロデューサーの横領が発覚したんです。765プロダクションの外部から雇われた方だったんですけどね。」 「え・・・?」 そんな話、初耳だ。 「当時はあまりニュースにもならない小さな話でしたから、ご存じないのも無理はないですね。 ただ、そのせいで765プロダクションは傾いてしまい、事務所も小さくして汚い雑居ビルの3階に引っ越すことになって、音無さんのアイドル活動もそのまま休止になってしまったんです。」 「そんな・・・」 「でも、音無さんはそこからが違いました。もう後輩の女の子たちにこんな思いをさせるのはごめんだから、って言って、社長に進言したんですよ。これからはプロデューサーも自分たちで育てましょう、と・・・。 それ以来ですね。765プロダクションがプロデューサーの募集を始めたのは。」 「じゃあ、俺が今プロデューサーをやっているのも・・・音無さんのおかげってわけですね・・・」 「でも、あなたのご活躍で、765プロダクションもすっかり活気づいてますから、恩は充分に返したとも言えるんじゃないですか?」 「まだまだです。本当のトップアイドルを育て上げるまでは。」 「それは頼もしいですね。私も、あなたの育てたトップアイドルを審査するのを、楽しみにしていますよ。」 「ありがとうございます。あ、もう一杯飲みましょう。すみませーん、お代わりくださーい。」 「私もいただいていいですか?」 「もちろんですよ。じゃあ、あらためて乾杯しましょう。」 「では、あなたの育てる未来のトップアイドルに」 「乾杯!」 グラスがチンと鳴った。

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