雨のち晴れ

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雨のち晴れ」(2011/08/10 (水) 00:01:38) の最新版変更点

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毎晩11時の天気予報はその勤めを的確に果たし、70%と示された降水確率がその猛威を振るっている。 窓越しに伝わる耳障りな音が憂鬱な気分を更に募らせ、遠方で鳴る雷の音に驚かされる。 溜め息が吐いて出た。 今日、何度目の溜め息だろうか。数えようとして諦める。 雨は、そんなに嫌いではなかった。嫌いになる要素がなかったからだ。 雨が降っていれば、家の中でお茶を啜りながら詩集を綴っていれば満足だった。学校ならば、少し制服が濡れてしまうくらい。 なのに、今の私はどうしたのだろう。 リビングに設置された丸型のテーブルが頬を受け止め、視界が90度傾く。反射的に目を細めると、雨音が鮮明に聞こえてくる。 この不安定なリズムは、好きじゃない。頭の端の方でそんなことを考えて、意識して目を見開く。時計が見えた。午前10時25分。 どうして? 雨は、そんなに嫌いではなかった。嫌いになる要素がなかったからだ。 お茶を汲みに行く気がしない。詩集を綴る気力もない。 窓越しの雨音が耳障りで、そのリズムは好きじゃない。 好きじゃない。 何考えてるんだろう、私。そんな事を思って苦笑する。 強くなってきた雨脚に視線を向ける。プロデューサーは、今日も仕事だろうか。こんな雨の中、走り回っているのだろうか。 久しぶりのオフの日に振り続ける雨が、恨めしい。 でも、晴れたからと言って何をするのだろう。特に思い浮かばず、また目を伏せる。不安定なリズム。 こんなとき、プロデューサーならどうするのだろう。 彼の姿を思い描く。鮮明だった。眩しく思えた。 そういえば、私はプロデューサーのことをあまり知らない。 休日になにをしているのか、だとか。趣味はなんなのだろう、だとか。そんな事をつらつらと考えていく。 プロデューサーは、雨は好きなのだろうか。嫌いなのだろうか。 多分、嫌いだろう。 あの人は、明るい人だ。そんなこと、出会ったときから知っている。 彼自身が太陽みたいな人なのだから、きっと雨は嫌いだろう。 そこまで考えて、自分の単純すぎる詩的表現に恥ずかしくなる。額をテーブルへと擦りつけた。木目調の視界。 でも、確かにそうなのだろうと思う。 確かにあの人は、太陽みたいな人なのだと思う。 プロデューサーは、どんな時だって私に明るく接してくれる。 どんなに忙しくったって、辛い時だって、あの人は私に笑顔を向けてくれる。 あの人は、私なんかのために精一杯頑張ってくれる。私をここまで押し上げてくれて、私の居場所をつくってくれた。 プロデューサーは、どんなことだって真剣に向き合ってくれる。 どんな些細な相談だって一緒に悩んでくれる。 どんなくだらないお話でも、ちゃんと向き合ってくれる。 ちょっとしたミスを、意地悪く笑う彼もいる。 どんなときでも、明るくて優しい彼が居る。 あの人は、太陽みたいな人。 だから私は、プロデューサーのことが――― 伏せていた顔を持ち上げ、視界が開ける。強く降り続ける雨がやむ気配は無い。叩きつけるような、強い音。 雨が嫌いになってしまった理由が、わかった気がした。 ポケットから携帯電話を取り出す。アドレス帳からハ行を呼び出して、メールを打ち込んでいく。 今、どこにいますか? いつもは少しだけ躊躇ってしまう送信も、今日はなぜだかすぐ出来た。 テーブルに頬を載せ、90度の視界。目を閉じると、不安定なリズム。やっぱり、好きじゃないな。 メールはすぐに返ってきた。飛びつくように文面を確認すると、自然と顔が綻んだ。 事務所。 そっけない文面は、明るい彼には似つかわしくない。でも、彼のメールはいつもこうだ。最初は驚いたが、もう慣れた。 彼が好きだと言っていたお茶を水筒に注いで、お気に入りのワンピースを着込む。 鏡で身だしなみを整える。少し頬が赤くなっている気がするけれど、気にしない。きっと、テーブルに押しつけていたからだ。 玄関を跨ぐと、降水確率70%の世界がすぐそこにある。まだ朝なのに、薄暗い。太陽は、厚い雲で覆われている。 嫌いだなあ。綻んだ顔でそんなことを考えながら、私は事務所を目指して走り出した。

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