幻想LOVERS

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「お見合い――ですか?」 「うむ。この前の仕事で、先方が君をえらく気に入ったようでね。それで、そんな話が出たのだよ」  出勤するなりいきなり社長からお呼び出し。  何事かと顔を引き締めて話を伺うと、予想外も予想外の縁談――というのだろうか、この場合も? 「俗的だが、業界に強力なコネクションが出来るしうちとしては悪い事はない。  君も、今までと違った人生観が見えるかもしれない。結婚するしないはともかく、一度そういうのも経験してはどうかね?」 「はぁ……前向きに考えておきます」  一般常識で測れば、四捨五入すれば三十とはいえの独り身の男が、  プロデューサーとしてアイドル候補生と長く一緒に居ると親心としては不安になる。  まったく信用されてない、という事もないだろうが、当然社長も心の隅でいつもその事は危惧してるのかも知れない。 「社長のお話、なんだったんですか?」  社長室から戻ると、淹れたてのコーヒーを持って事務員の音無小鳥が話しかけて来た。 「あ、どうも。いや、ただのおみあ――」  はっと、脳に電光が走る。  何故だかわからないが、この話を小鳥の前でしてはいけない。  何故だかまったくわからないが、それが世界の掟なのだと自分を納得させる。  そして同時に、あいつらにも内緒にしておくべきだと悟る。 「変なプロデューサーですね……あ、二人はコーヒーと紅茶、どっちにします?」  小首を傾げながらも、さして気に留めた様子もなく、小鳥は二人にリクエストを取る……二人? 「あ、すみません。私は紅茶でお願いします」 「ミキはコーヒーがいいな。あの、かぷ、かぷ……クリームで字が描いてあるのっ」 「そんな洒落た飲み物うちにはありません。お砂糖多目に入れてあげるから、それでいい?」  生徒のわがままをなだめる教師のように言い聞かせて、給湯室へと向かう小鳥。  そして残ったのは――。 「ちょっと君たち、いつのまに!?」 「綺麗な人ですね~」 「えぇ~ミキのほうが可愛いと思うな。ね、ハニー?」 「ぴちぴちの現役アイドルと比べてやるなよ……返しなさい」  二人からお見合い相手の写真が映った冊子を取り上げる。 「ね、ハニー……結婚、しちゃうの?」  くりくりと大きな瞳を顔の中央に寄せ、心細さそうに尋ねてくる美希。  無言だが、春香も緊張した様子でその返答を待っている。 「いや、まだ決まった訳じゃ……ただまぁ仕事上の付き合いもあるし、受けてみようかなってくらい。  ほら、いつまでもそんな事気にしてないで、一息ついたらダンスレッスン行くぞ」  このまま見合いの話をしていると妙な空気になりかねない。その気配を察知した俺は強引に話題転換。 「むぅ~レッスンなんてミキにはもう必要ないのにな」 「美希は吸収が速い分、サボるとそれが失われるのも速いんだ。体に染み付くレベルまでいって初めて“覚えた”って言えるんだよ」 「流石プロデューサーさんです。今の言葉、メモしておきます!」 「いや、ただの受け売りだから、そんなに感銘されても……」 「さっすがハニーなの! ミキ、また惚れ直しちゃうな」 「あんたに説教してんだよ……」 「お疲れさん。……なんだか二人ともいつものキレが無かったけど、疲れがあるなら言ってくれよ?   今のうちならスケジュール変更出来るからさ」  春香と美希、二人がダンスレッスンを終えた夕暮れ。  事務所へ向かう帰りの車中、明らかに前回と調子の違う二人に、プロデューサーとして言葉を投げかける。  何処か集中力に欠ける――今日の二人はそう見えたのだ。 「……………」 「……………」  明るく活発な春香も、マイペースを崩さない美希も、今日は大人しい――というより、静か。  それに今の二人はまるで、心此処に在らずといった感じだ。その美麗さから、言葉を話さない精緻な人形のよう。  自惚れかも知れないが、心当たりならある。  お見合いの事――それほど気がかりなのだろうか。  もし逆のパターンで、彼女らに男の影が見えたなら、確かに俺も心中穏やかじゃないだろう。それぞれの立場、というものもあるが……。  この仕事をしていて時々考える。  プロデューサーとアイドルの関係は、いったい何なんだろう?  その形は、いつまでたっても見えて来ない。  ただの仕事のパートナー。  だけど時に友達より近く、親よりも長く一緒の時間を過ごす。  もしかしたら社長の言った通り、自分が家庭を持った時、初めてその形が見えるのかもしれない。  けど、その時失う物もあるはず。  踏み込んでもいけず、とどまってもいけない――。 「プロデューサーさん、信号、青ですよ青!」 「うわっと、いけね。ありがと春香」  気がつけば、自分までもがリズムを崩してる――。 「あふ……はぁ」  事務所に戻りデスクワークをしていると、彼女そっくりのあくびが出そうになり、あわててため息のフリをして誤魔化す。 「なんだか今日はみんな調子がおかしいですね」  自分の仕事が一段落し手が空いたのか、小鳥がひょいと顔を覗かせる。  平静のつもりだろうが、口をむずむずさせていて、笑いをこらえてる様子がありありと伝わってくる。さっきのあくび、バッチリ見られたようだ。 「聞きましたよ~。お見合いの話が来てるそうですね!」 「だ、誰に聞いたんです?」 「社長から」と、ケロリと答える小鳥。 「で、どうするんですか?」 「申し訳ないけど、断ろうかと」 「あらあら、ずいぶんと早い決断ですね。そのお心内、是非ご拝聴させていただきたく――」 「……笑いませんか?」 「笑いません。笑いません」 「簡単に言うと、俺の私情で彼女達に余計な心配与えたくないっていうか……。  自惚れかもしれないですけど、たとえポーズでも、二人とも俺の事好いててくれて――  信頼とか、そういうのと向きの違う感情、感じる時があるんですよ。  彼女達が大人になって目が覚めるまで、その気持ち、大切にしてあげたいんです。  幻想でも、彼女達が今輝いてるのはそのおかげかも知れないし……なんて、うわ、これ絶対だれにも言わないで!」 「うふふ……どうしましょう? なんて、冗談ですよ。  確かに美希ちゃんなんか『ハニー!』って好き好きビーム撃ちまくりだし、春香ちゃんも私と話す時、プロデューサーの話題ばっかり。  勘違いなんかじゃないと思います。でもいいんですか?   私の見る限り、あの二人は思い込んだら一途ですよ。あれくらいの年頃の子はみんなそうだと思いますけど……。  今はそれでいいかも知れませんけど、いつかハッキリと境界線を明示しないと、お互い後で辛い思いするかも……  なんて、ドラマの見過ぎですかね?」 「う……確かに。問題の先送りしてるだけか……」 「それに、そんな事ばかりじゃプロデューサー、婚期逃し続けて、気付けば社長と同じ歳――なんて事になりかねませんよ?」 「それは……うーんどうだろう。そんな嫌な気もしないけど……あ、それなら、そうならないよう、小鳥さんが俺の事もらってくれませんか?」 「はひ!?」  頬を真っ赤に染めて、予想外の反応を見せる小鳥。  このテの冗談、慣れてると思っていたのだが。  ただでさえ日の落ちた時刻に事務所で二人きり、こう反応されると自分も妙に照れくさく、間髪入れずに別の話題を振る。 「あ、そうだ小鳥さん、し、仕事はどうしたんですか!?」 「そ、そうでした。伊織ちゃんの衣装合わせのお手伝いが……」  散! と、忍者のように衣装室の方角へ去って行く小鳥――なかなか高等なスキルを持っているものだ。  それと同時に衣装室のドアの方からした物音に、俺は気付かなかった。 「ハニー!」 「プロデューサーさん!」 「おう、おはよう二人とも。そんな息を切らして……ダイエット? そうそう、お見合いの話なら断ったよ――」  次の朝、何故か息をきらし、しかし息ぴったりに声を出した二人に笑顔を零しながらも、お見合いは断った事を伝える。 「そんなコトはもういいの! ハニー……」 「プロデューサーさん……」 「「小鳥さんが好きって本当!?」」 「は……ぁあ?」 「いお……あるスジからタレコミがあったの! ハニーは小鳥さんが好きで、だからお見合い断ったって……嘘だよね? ね?」 「あの、プロデューサーさんは年上が好きなんですか……? 流石に、年齢だけはいくら努力してもどうしようもないよ……」  なぜだろう? 何がどうしてどうなったらそんな事になるんだ?  というか春香さん、その発言は畏れ多いぞ――。 「えーい、何を訳わからん事言ってる。根も葉も無い噂に惑わされるな! そんな事より、今日一日を大切に過ごす! 行くぞ、レッスンだ!!」 「そ、そうだよね。ハニーはミキの事愛してるもんね!」 「あーそうだ、愛してるぞー。だからきびきび働けい!」 「きゃぁ!! ねぇねぇ聞いた、春香?」 「ノーカウント! ノーカウントです今のはッ!!」  今日も765プロは平和で――。  ゴールも道のりも見えないけれど、この不思議で可笑しな関係のままゆっくり歩いて行きたい。  そうだ。俺も彼女達のように、淡い幻想を見てる。  いつまでも覚めないで欲しい、子供のような夢を――。 「やれやれ……何を朝から騒いでいるのやら。お見合い、出さなくて良かったかな。まるで子供じゃないか……」 「分かってませんね社長。そこが可愛いんですよ」 「そういうものなのかね……。時に小鳥くん。彼のマグカップが今日になって、社長の私より良い物になっているのはこれいかに……」

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