無題(99)

「無題(99)」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

無題(99)」(2011/08/10 (水) 23:28:06) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

「あら、どうしたのかしら。あの男の子は・・・」 千早が言う方を見てみたところ、5歳くらいの男の子が、大声で泣いていた。 「あ、あの風船は!」 男の子の指差す先、青い風船が空に向かって上がって行く。 「先ほどのイベントで、私が手渡した物でしょうか。」 「そうみたいだな。」 イベントの最後に、握手会をやった際、小さな子供には千早のサイン入りの風船を渡した。 どうやら、その風船を誤って手放してしまったようだ。 「喜んでもらおうと思ってやった事なのに、それが子供に悲しみを与える事になるなんて・・・。」 「ああ・・・皮肉なもんだ。」 「プロデューサー、風船は、もう余ってないんでしょうか?」 「全て配っちゃったからなあ。残念だけど。」 「そうですか・・・」 千早はわずかに逡巡した後、子供の方に駆け寄って行った。 俺は黙って後を追うことにした。 「うわーん、風船ー!」 「ほら、そのくらいで泣かないの。もう、困ったわねえ。」 一緒にいる母親も手を焼いている様子だ。 「すみません。ちょっとよろしいでしょうか。」 「え?あ、先ほどの歌手の方?!」 「はい、先ほどはありがとうございます。坊や、風船を飛ばしてしまったのね。」 「うん・・・ぐすっ」 「風船って、最後にはどうなるか、知っている?」 「えっ?」 男の子は、きょとんとして首を振った。 「最後は、割れてしまうか、ガスが抜けてしぼんで落ちてしまう物なの。」 「そうなんだ・・・」 「でも、あなたの持っていたあの風船は、そうなる前に、空を飛ぶ事が出来たの。あんなに高く。 だから、あの風船は、きっと幸せだったと思うわ。」 「風船が?幸せなの?」 「そう。風船も本当は空を飛びたがっているの。だから空に向かって行こうとしている・・・」 千早は空を見上げた。 「この、広い空へ。自由で孤独な世界へ。」 男の子は、神妙な顔で聞いていた。もうすでに、再び泣き出す気配はなかった。 「千早、見事だったな。」 俺にとっては、意外な一面を見た思いだった。 「いえ・・・うまく伝わらなかったかもしれないのではないかと。」 「いや、充分だったと思うぞ。」 「だといいのですが・・・」 千早はそこで一度言葉を区切って、こう続けた。 「物も人も、全て、いつまでも同じところにはいられないのですよね。」

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: