風船の在処

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改めて見回せば、本当に大きなテーマパークだと感じた。このご時世、どこにそんな大金があるのかと思う程の開発。 オープン記念の握手会と、風船の配布。雪歩のアイドルランクに見合った大きな仕事であったが、子供相手のそれは滞りなく終了し、撤収は完了している。 その矢先の泣き声に振り向くと、空を見上げる男の子。彼の視線を追う。 これだ。そう思う。 それはもう、手を伸ばしたって届かない。遥か高みを目指して昇る球体は、雪歩に似ている。 11インチのラテックスが、ヘリウムを糧に上昇していく。 あの子は、俺だ。 背後から聞こえた泣き声と、悲しそうな表情。見送るあの姿は、まさしく今か。あるいは未来か。 「プロデューサー」 不意の呼びかけに、意識を戻す。視線を向ければ、雪歩の姿がある。 「風船、余っていませんか?」 雪歩に余った風船のひとつを手渡し、その成り行きを見守る。単純なことだ。男の子のところへ駆け寄り、ヘリウムは無いので自分で空気を入れる。サインをして、手渡す。 たったそれだけの事なのに、胸の空くような思いがする。風船には替えが利く、たったそれだけの事なのに。 男の子の笑顔が眩しくて、目を背ける。もう、あの風船は見付けられなかった。 「お待たせしてごめんなさい、プロデューサー」 ああ、と迎え入れて、お疲れ様と労う。何でもないように装う。 何だか放っておけなくて、と笑顔で話す雪歩を見て思う。この子はどこか遠くへ飛んで行ってしまった風船に、何か思うところはないのだろうか。 「でも、あの風船なら大丈夫ですよ」 「・・・何が?」 「勝手に飛んでいくことなんてありませんから」 「は?」 「中身はヘリウムじゃないですし」 振り向いて男の子を見ると、風船は彼の両手を行き来している。 まあ、それはそうだ。この子が口で空気を入れたのだ。浮かばないに決まっている。 「雪歩、変なこと聞くぞ」 「え?あ、はい」 気付けば、雪歩に尋ねようとしていた。少しだけ躊躇って、言葉を絞り出す。 「雪歩は飛んで行った風船と、あの子の手の中の風船と、どっちが好きだ?」 我ながら、訳のわからない質問である。案の定雪歩は難しい顔をし、しかし真剣に考えてくれる。 「えっと、私はきっと、飛ばない風船の方が好きだと思います」 「どうして」 「だって、飛んで行ってしまう風船はどこへ行くのかわからないですし。それに、ひとりぼっちです」 「ひとりぼっち?」 はい、と首肯。 「でも飛ばない風船なら、あの子と一緒に居られます」 もう一度、今度はふたりで振り向く。そこにはもう、あの親子連れは居なかった。 「・・・飛んで行った風船は、飛ばない風船よりもいろんな場所へ行けるんじゃないか?」 陳腐な比喩表現だと、そう感じる。 「いろんな世界を知れるし、いろんな事も出来る。きっと、飛ばない風船よりも自由だ」 「なら飛ばない風船は、あの子にいろんな場所へ連れて行ってもらえると思います」 断固として告げた雪歩の視線は、とても力強かった。 「飛ばない風船だって、いろんな世界を知ることが出来ると思います。いろんな事も出来ると思います」 いつもは合えばすぐに逸らされてしまう視線が、交わっている。だから、と彼女は言い放つ。その矛先は、俺に向いている。 「私は、あの子と一緒に居られる飛ばない風船の方が好きです」 目を閉じ、息を吐き出した。思考の切り替えを一瞬で終え、雪歩へ向き直る。 「何でこんな話になったのかな」 「プ、プロデューサーが変なことを尋ねてきたんじゃないですかぁ!」 そうだっけ、と恍けてみれば、もぅ、と彼女は怒りだした。何となく、頬が紅い気がする。気がしたので訊いてみると、余計に怒り出して真っ赤になる。 どこまででも連れて行くと、そのために自分は居るのだと、空を見上げて思う。だから俺は、知りません、なんて怒りながら歩みを進めてしまう雪歩を追いかけていた。

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