俺的千早の後日談

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 いつのまにか、私の影法師がプロデューサーの革靴を上って、スラックスの脛に届こうとし ている。つい、と姿勢を変えると、あわてた様にタイル敷きの地に降りて、大人しく私の隣に 収まった。香炉からのびる線香の煙が、ひのきの手桶にまとわる様は、何か言いたげだ。 「プロデューサー」 「ん? お、そうだな。そろそろお昼か」 「はい。……あの、今日は無理を聞いて下さって、ありがとうございました」 「俺のほうこそ……なんていうか。千早に信頼してもらえてるんだな、と感じたよ。理屈では  ないトコロで。ま、まあ、なんだ。このリスケのお礼は、午後の仕事の出来で返してもらう  から。ははは」 「わかりました。また弟に良い話をもってこれるように、頑張ります」  助手席に座り、シートベルトを締める。顔を上げると、フロントグラスのずっと向こうに、 さっきまで私たちが居た場所が、まるで彼岸のように見えた。けれど、プロデューサーがエン ジンをかけると、聞き慣れた音が車内を満たし、急に現実感が増す。日常に戻る合図だ。  昨日、私が歌ったあの歌の……アニメの主題歌になった歌の収録。大変な運命を背負った少 年の冒険活劇。どこにいても、なにがあっても、どんなときも、自分を信じて頑張ろう、そう いう歌だ。何度もリテイクした。ディレクターが頑として首を縦に振らなかったから。主人公 の男の子は破天荒で、厳しい境遇にあって、だけど底抜けに元気なんだ、何かが違うと、私は そう言われた時、無邪気に歌ってくれと私に強請る、幼い弟を連想したんだ。  そうだ、その次のテイクで……。 「昨日」 「う、うん?」 「あっ、唐突にすみません。その、昨日の私の涙の理由、今、わかったんです」 「……」 「プロデューサー」 「……ああ、聞くよ」  どういえばいいだろう。思ったままを言葉にしてみようか。でも、上手く伝わるだろうか。 「その……私の中で弟が生きている、と。弟が居た証は、私自身だと感じたから」  ピカン、と丸い音が突然鳴って、一瞬何が起こったのかわからず、私は運転席をみた。  プロデューサーは、右手の指を――鳴らしたらしい。ハンドルの上で指差し確認をするよう に人差し指を揺らしている。 「そう、か。昨日のあの千早は、なるほど!」 「ぷ、プロデューサー?」 「千早。ずいぶん長いこと、その気持ちを凍りつかせていたんだなぁ」 「っ? プロデューサー……今のだけで、わかったんですか!?」 「ああ、感じてはいた。昨日、ユウタくんに向かって語りかける千早が、別人に見えてね……。  何のことはない。あれは、8年前に眠ってしまった千早が、起きただけなんだな」 「……っ」  私は、どうして、 「ははは、そうか。ユウタくんは悔しかったのか。千早にプライドを刺激されたんだ。しかし、  彼には感謝しないと。千早の歌は、また化けそうだ」 「私の歌、が?」 「ああ。もっと、もっと伸ばそう。広げよう。俺は、俺が知らなかった千早に、また出会えた。  プロデュースしなきゃ。ていうか、させてくれ。一緒に、凄い歌を歌おう」  私は、どうして、こんなにも、 「はいっ……。ご指導よろしくお願いします」 「よおおし! テンションあがってきたーっ! 安全運転で帰ろう!!」  こんなにも、運がいいのだろう。  ひょっとしたら、失った運を、今、取り戻しているのだろうか。  だとしても。在るのは今の私だけ。だから、歌おう。今、この力が手の中にある限り。 (おわり)

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