未知との遭遇

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「今日の仕事はこれまで! 気をつけて帰るんだぞ」 「ありがとうございました」  担当プロデューサーと別れて、その女性歌手は、レコーディングスタジオを後にした。瑠璃色の長い髪を持つ美しいお嬢さんで、スリムで上背があって、プロポーションもすばらしい。  彼女の名は、三浦あずさ。765プロダクションのトップアイドルである。  さて、彼女は二十分ばかり、暗い夜道を歩いていた。 (おかしいわ……この辺のはずなんだけど……)  今日の仕事場から765タレント寮までは、距離にしておよそ一キロメートル。普通なら、里程は消化されている。  だのに、帰るべき建物がない。街灯を除けば、周りの明かりはすべて落ちていて、その手がかりもつかめない。おまけに、道の片側から、流水音が聞こえてくる。 (わたしは方向音痴だから、あちこち迷いやすいのよね……そういえば、先日、ちょうどこの辺で化け猫に遭ったような気が……)  先日は、寮の飼い犬の影法師に驚かされて、腰を抜かしたものだった。今宵も、真夜の川べりで、霊異を体験するのだろうか。  と、その時――直径三十センチメートルほどの光り物が一つ、あずさの前に現れた。 (まあ、きれい……UFOかしら?)  それは、空中をふわふわ飛んで、道を照らしてくれている。これなら、迷わず行けそうだ。 「宇宙人さん、わたしを案内してほしいわ」  彼女が言うと、光り物は、Y字路の左の道を指し示した。 「なるほど、そこを曲がるのね」  あずさは、明かりに従って、見慣れた建物の場所まで漸く行き着くことができた。 「あそこが、寮の裏口よ……宇宙人さん、あなたのおかげで助かったわ」  彼女は、空飛ぶ光り物に一礼し、765タレント寮の中へ静々と入っていった。  そして、翌朝。  あずさの担当プロデューサーが登社すると、先に事務所へ入っていた女性社員がこう告げた。 「プロデューサーさん、こんなものが……」  ファンレターに違いない。しかし、封筒は真っ白。 (たれからたれへの手紙かな?)  プロデューサーは封を切り、中の便箋を取り出した。そこに書かれていたものは――  まるで幾何学模様のような、この世のものとも思えない文字である。自分には、とても読めやしない。 「小鳥さん、これをどこから持ってきました?」 「あずささん宛の郵便受けです」  なるほど、彼女への手紙か。しかし、差出人は不明。 (一体、どこの文字なんだろう……そもそも、たれが入れたんだ?)  あれこれ思案しているうちに、受取人がやってきた。 「お二方、おはようございます」 「おお、あずささん、いいところへ! 実は、この手紙なんだが……」  例の不思議なファンレターを、彼はあずさに手渡した。 「あずささん、差出人はわかりますか?」  彼女は、謎の文面をしげしげと見つめながら言う。 「これは恐らく……宇宙人さんが出したんじゃないかしら」 「ソノトオリ!」  突然、この一声と共に、天井の通風孔から舞い降りてきた生物がいた。  イカがあおりを食らったような胴体に、細長い脚を十本生やし、そのうち二本は両腕となっている。空中に浮かんだ姿は、昔のテレビゲームに出た宇宙の侵略者そっくり。 「あなたかしら? ゆうべ、わたしを導いてくれたのは」  彼は、あずさの問いにうなずく。驚いたのはプロデューサー。 「あずささん、どこで未知との遭遇を?」 「ゆうべタレント寮へ帰る時、変なルートを通っていたら、一つの光り物が来て……」  そうか! 件の宇宙生物を、そのUFOの乗員と合点して、彼と問答までしたんだ。 しかし、入口が開く前に、なぜこの部屋へ来られたのか? プロデューサーは、例の不思議なファンレターを見せながら訊く。 「宇宙人さん、どうやってこの手紙を郵便受けへ?」 「ヒソカニビルヘハイリコミ、クライスキマヲトオリヌケ、テンジョウカラアノポストヘトサシコンダ」 「忍者だね、まるで……それで、手紙の内容は?」  件の宇宙生物は、自分の書いたファンレターを読み上げた。 「『アズササンハ、チキュウデモットモウツクシイオンナダ。コノボクハ、ソンナアナタガダイスキダ』トカイテアル」 「へーえ、わたしの人気って……遥か、銀河の彼方まで広がってるのね」  あずさは、思わず涙をこぼす。 「だけど、あなたの星の文字は、とてもわたしに書けやしないわ。ファンレターの返事はやめて……一体、何を贈ろうかしら?」  彼女は、プロデューサーの机の上に無造作に一つ転がったビー玉に気づいた。緑の筋が通っていて、小さいながらも美しい。 「プロデューサーさん、これを贈っていいかしら?」 「ああ、あげてやれあげてやれ」  あずさは、手にしたビー玉を、件の宇宙生物に示した。 「宇宙人さん、これを地球のお土産にして下さいね」  彼は、伸ばした右腕でそのビー玉をつまみ取り、左腕であずさの額を撫で回した。 「ずいぶん感謝してるのね……じゃあ、もう帰ってもいいわよ」  件の宇宙生物は、開け放たれた入口から、喜色満面で去っていく。しかし、あずさの脳内は、未だすっきりしていない。 (でも、変ね……宇宙人さん、わたしの名前をいつどこで知ったのかしら?)

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