In severe rain.


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「やまないな」
「やみませんね」
突然振り出した雨を避けつつ、プロデューサーと言葉を交わす。続かず、沈黙。
今まで晴れていた空は真っ暗で、これでは写真撮影など出来ない。
すみません、ちょっと。そう呼ばれ、プロデューサーが駆けて行く。一人になり、見上げた。
滝のように、その言葉が的確かもしれない。それが、もうずっと続いている。いつになったら明けるのかわからない、どんより沈む空。
雪歩と声を掛けられて、視線を戻す。彼が戻ってくる。

「残念だけど、延期だ。また晴れた日に撮りなおすってさ」
一つ頷く。それよりも。
「ずぶ濡れですよ、プロデューサー。風邪引いちゃいます」
ハンカチで彼の額から拭う。背が高い彼に、爪先立ち。
苦笑しながら、有難うと返される。彼が屈んでくれ、いくらか拭き易くなる。
「・・・全然足りません」
すぐにハンカチが水を含んで、拭いきれない。大丈夫、と彼は背筋を伸ばして一息。

「しかし、さっきまで晴れてたのに。天気予報もあてにならないな」
確かに。撮影班の方々が、では、と駆け足で去っていく。
「傘も無いし、当分は雨宿りかな」
彼がよいしょ、とベンチに腰掛ける。その声に、何となく笑ってしまった。
「プロデューサー、おじいさんみたいですよ」
「失礼な。まだまだ若いぞ」
他愛無い話の最中にも、雨はやまない。強くなっていく雨脚に、彼が顔を顰める。
「これは困った。通り雨だと思ったけれど」
「事務所に戻れませんね」
水溜りが広がり、跳ねる。
「連絡しておくか」
携帯電話を取り出し、直ぐに耳に当てる彼。相手に声が伝わりにくいようで、大きな声を出している。
雨はまだ強くなる。傘なんてあっても、きっと役に立たない。そんな雨。水しぶきで、視界は白い。

「伝わったかな。いやあ、凄い雨だ」
彼の背広は水を含んで、クリーニング確定だろう。ネクタイも、よれてしまっている。
指摘すると、渋い顔をされた。そう言われてみると。そう言って、彼が盛大な溜め息を吐く。
「結構馬鹿にならないんだよなぁ」
「そうなんですか?」
うむ、と仰々しく頷かれる。その動作に、また笑ってしまった。彼も笑う。
「そうだ雪歩。今度、ネクタイ選んでくれないか」
え。
「わ、私がですか?良いんですか?」
「自分で選ぶと似たようなのばっかりになるからな」
確かに、彼のネクタイは大体いつも紺地に濃い赤色のラインだ。ラインの太さが、少し違う。
「・・・わかりました」
「助かるよ」
そこで、また会話が止まってしまう。でも、私は気にならない。何か話さないと、そんな急かす様な沈黙じゃなくて。
プロデューサーはどう思っているんだろう。顔を向ければ、真っ黒を見上げて難しい顔をしている。
思えば、ふたりきりだった。雨も悪くない。彼は早く事務所に戻ってお仕事をしないといけないのだろうけれど。
私は、嬉しい。

「そういえばこの前、天気予報で言っていたんだが」
「はい」
唐突な話題。えっと、と彼は数瞬思い返すような表情をする。すぐに視線を戻して、続けた。
「雨の強さごとに、程度を表す言葉の表現があるらしくてな」
「そうなんですか?」
ああ、と彼の肯定。
雨がまた、これでもかと言うほど強くなる。
うわぁ。彼の口からくみ取れた、そんな感嘆。似たような思いに浸る。
「例えば強い雨って言ったら、傘差してても濡れてしまうような雨を差すらしい!」
彼の声は、かなり大きなものだろう。こちらも、なるほど、と大きな声を出す。それでもお互い、何とか聞こえる程度。
あまり大きな声を出す機会が無いので、正直これも、少しだけ楽しい。
「激しい雨は、バケツをひっくり返したような雨なんだってさ!」
「少しわかり辛いですね!」
今のこれは、一体どの程度なんだろう。
「猛烈な雨って言ったら、怖くなるような雨!近くで話すお互いの声だって聞き取り辛いんだそうだ!」
今まさにその状態じゃないですか。そう思い、雨に意識を移す。
水溜りが足元まで来ている。確かに、怖くなるくらいの雨だ。でも隣にプロデューサーが居てくれるから、大丈夫。

「―――!」
彼が何か叫んでいるが、全く聞こえなくなってしまう。雨音にかき消されて、わからない。こんなに近いのに。
でもそれは、凄く不思議な感覚。水しぶきで染まる視界も、叩きつけるような雨音も。でもそこに、プロデューサーはちゃんと居る。
      • あ、そうだ。

『プロデューサー!』
唐突に、普段大声どころか口にも出せないような事を思いつく。彼を呼ぶ自分の声も、殆ど聞こえない。
何とか見える口の動きで、何だ?と尋ねられているのはわかる。だが、聞こえない。思い切り、息を吸い込んだ。


「――――――――!」


絶対に言えない様な、でも言いたかった言葉。私にも、聞こえなかったけれど。
彼も何を言っているんだという顔をしている。
途端、自分のしていることに恥ずかしくなった。同時に、雨脚が弱まっていく。

「お、やんできたな」
「そ、そうですね・・・」
で、何だったんだと尋ねられる。必死で何でもないですと弁解しておく。顔が熱い。
次第にぱらぱらとした雨になって、足元に気を付ければ動けるような雨脚になる。
唐突にやむもんだなあ、彼がそう言って、手をかざす。陽も覗いてきた。
「行くか、雪歩」
「は、はい」
水溜りばかりで、足元が濡れてしまう。仕方ない。隣を歩く彼が、口を開く。
「最近忙しくて、なかなか雪歩とふたりで話せなかったからな」
「え?」
彼の顔を伺うと、嬉しそうに笑っていた。
「雨も悪くない」
その一言に、すこし前に考えた事を思い出した。同じ事を思ってくれていた事実に、自然に顔がほころぶ。
「はい!」
大声で、そう答えることが出来た。