ある夜の居酒屋


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  ガララッ。

「一人だけどいいかい?……おや、こんなところにヘンタイプロデューサー殿が」
「よお。春香の調子はどうだい?」
「上々だよ。それより一昨日だったか、お前が忙しすぎるのが悪いって理由で伊織に
ケツを蹴られたぞ。いいキックをするようになったな、あいつ」
「そりゃ悪かったな。その間俺は小鳥さんと濃厚な情報交換ができたよ、憎いねMr.フラクラ」
「ん、なんて言ったんだ?フニクリフニクラ?」
「心当たりがないならいいんだ。座れよ、一杯やりに来たんだろう?」
「まあな、今日は終電前に帰れるんで、腹に少し入れとこうと」
「本日のおすすめはホッケだ」
「いいね。マスター、ホッケと生。小ジョッキで」
「俺にもおかわりを。中身ね」
「なに飲んでんだ。ホッピー?大概若いのにその場末っぷりはなんだ」
「TPOって奴さ。バーに行きゃマティーニを頼んでる」
「お前はジェームス・ボンドか」
「いや、チャーチルスタイルだよ」
「飲める奴がうらやましいぜ、酒で悩みを押し流せる」
「俺は飲めない奴がうらやましいな、シラフで悩める勇気がある。乾杯」

  カチン。

「さて、春香の件だが」
「いまだに座ると痛むんで、俺としてはお前んとこのじゃじゃ馬の話をしたかったんだがな」
「余韻まで楽しめるとはいいご褒美をもらえたな。ま、それはそれとして」
「いろいろ待て」
「小鳥さんから聞いたぞ。『春香さん一人前お持ち帰り』だったそうじゃないか」
「なんでそんな話になってるんだっ」
「え?違うのか?春香の誕生日にサプライズプレゼントを用意したんだろ?」
「それは合ってる」
「収録後ははじめから車で送るつもりだったんだよな?」
「現場から電車は少し大変そうだったしな」
「春香の家にはうまく言って、何時間か捻出したんじゃなかったか?」
「……まあ、食事は家でって聞いてたからな、ホテルの展望ラウンジを予約してた」

  カチャカチャ、カチッ。

「よし、聞かせるんだ」
「そのボイスレコーダーは片付けろ」
「なんだダメか。小鳥さんから仰せつかったんだが」
「だから何もねえってんだよ。誕生日のスペシャルケーキ作ってもらって、ノンアルコールの
カクテルで乾杯して」
「ちゃんと『きみの瞳に乾杯』って言ったんだろうな?」
「言うかっ!」
「えー?じゃあ『この空の星たちに負けないくらい輝くスターになろうな』とか」
「……」
「言ったのか。そうか言ったのか」
「ふ、二人でトップへ昇り詰める想いを新たにしただけだぞっ」
「怒るな怒るな、上出来だよ。春香は何と?」
「えーとだな、勘定を終えて横のガーデンテラスに出たんだが」

『うわぁ……綺麗な星空……』
『気に入ったか?よかったよ』
『いえっ、ありがとうございます。なんか、いっぱい気を使ってくださってすみません』
『なにを言ってる。春香が喜んでくれたなら、なによりだ』
『えっへへ、そうですか?ホテルの最上階なんて私、初めてかもしれないです』
『来るだけならタダだぞ?ははは』
『そうですね、ふふっ』
『なあ、春香』
『なんですか?プロデューサーさん』
『俺たち……この星より、もっと明るく輝こうな』
『星、ですか?』
『星は英語でスターだ。お前もアイドルだ、目指すはトップスターだよ』
『あ、なるほど、ですね。……ね、プロデューサーさん?』
『どうした』
『プロデューサーさんは、私を……あそこまで連れて行ってくれますか?』
『もちろんだよ。どんなことがあろうと、俺はお前を必ずトップに導いてやる。ついて
きてくれるか?』
『はいっ、プロデューサーさん!』
『うん、いい返事だ。ちょっと冷えてきたな、中に入ろう』
『そうですね』
『足元、気を付け――』
『は、きゃ、わわっ』
『――春香っ!?』

  ぎゅ……っ

『だ、大丈夫か?』
『はっはい、ごめんなさいプロデューサー……さん』
『は……春、香』
『……あ、っ』

「ってなことが」
「なぜそこで回想を終えるんだっ!」
「うわびっくりした、大声を出すな」
「まったく、お前と言う奴は。それからどうしたんだ」
「ええ?ど、どうもこうも」

『春香……歩けるか?』
『は?ええ、平気です』
『すまなかったな、ちゃんと見てやればよかった。危ないから帰ろうか』
『えええ?……は、はいぃ』

「みたいな感じで――」
「マスター、勘定ここに置くよ」
「――って聞けーっ!」
「聞いていられるかあっ!」
「せっついたのお前だろー?」
「まったくお前と言う奴は。よくそれでアイドルが伸びていける」
「なに?」
「アイドルとプロデューサーは二人三脚だ。互いの息が合わなければ前に進む
こともままならない。大事なのは相手の気持ちを読むことだよ。わかってるのか?」
「わかってるとも」
「俺たちの相方は確かに年若い。だがそれでも……たとえば小学生の亜美や真美
だって、れっきとした一人の女性なんだ。ちゃんと扱ってやらなければ、男として
失格だぞ」
「きいた風なことを。言われるまでもなく春香には大きな才能がある。だが、彼女は
まだ自分の魅力を出す方法を知らないんだ。下町の花売り娘を立派なレディに
するのが俺たちの仕事だ、そうじゃないか?」
「ヒギンズ気取りか、まあいいさ。これは俺たちにとって永遠の命題だ、俺だって
答えは出せていない。お互い、すべきことをしよう」
「そこは心得てるさ」
「すまなかったな、小鳥さんに水を向けられたのは本当だが、実際のところ俺が
お前たちのユニットに興味があったんだ。下世話な話をさせてしまった」
「まったくだぜ。次に機会があったら伊織とお前の話の番だからな?」
「嫉妬で地団汰踏ませてやるさ。じゃあな、明日からは地方回りだったか?」
「ああ。会えるとしたら半月後だな」
「ひとつ、忠告をしていいか?」
「まだあるのか、どんと来いだ」
「ヒギンズ教授は、最後には自分の気持ちに気づいたんだよ」
「知ってるさ」

「まったく、あいつめ。なにもわかっちゃいない。あれじゃあ春香がかわいそうだ」

「まったく、あいつめ。なにもわかっちゃいない。……『最後には自分の気持ちに
気づいた』?ふざけるな。そんなもの……」

「……そんなもの、先に気づいちまったらプロデュースなんかできないだろうが」





終幕