はい。その真っ赤なのをお願いします


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 ぽかぽかと暖かい陽気に、思わず出掛けてしまいたくなる春の午後。
都心から離れた田舎にある、どこにでもありそうな小さな家のどこにで もありそうな小さな部屋で、一人の女性が 座っている。
ピンクの壁紙で小物があちこちに置いてある、いかにも女の子が使っていますという部屋の真ん中にいる女性の前には1つのダンボ ール箱。開いたままの扉の向こうに見える クローゼットの中の様子から、どうやら仕舞い込んであったものを出してきたようだ。
 いま女性が見ているのは一枚の紙。ダンボールの中に閉まってあったそれには拙い文字でこう書いてあった。

『 わたしのお母さん 2年1くみ あまみはるか

 わたしのお母さんはえらいです。おうちでたくさんはたらいています。なんでもします。おそうじにおせんたくにおりょうりをします。わた

しが手つだっても、お母さんみたいにうまく出きません。
 お母さんはわたしとお父さんをよくおこります。そのときはとてもこわいです。
 お母さんはいつもうたをうたいます。おりょうりをしてるときにうたっています。
 お母さんのうたはとってもじょうずです。わたしはお母さんのうたがすきでわたしもいっしょにうたいます。そのときはとてもたのしいです


 わたしもお母さんみたいにうたがうまいなんでもできる人になりたいです。
 わたしはお母さんが大すきです。
 お母さんいつもありがとう。』

 最後まで読み終わってふと顔を上げた女性は、いつのまに部屋に入って来たのか、一人の男性に見下ろされていることに気が付いた。

「あなた」
「思い出に耽っていても、片づけは進まないぞ」

 あなたと呼ばれた男性が声をかける。言葉こそ厳しいものの、顔は微笑んで口調は柔らかく怒気は微塵も含んでいなかった。

「それは?」

 男性の、何を読んでいたのか気になっている様子に、女性はそっと紙を差し出す。

「どれどれ…… これは、春香の?」
「そう、小学生の時の作文」

 ふーん、と言いながら目で文章を追っている。

「もしかして母の日の作文かな?」
「うん」

 しかし答える女性の顔はどこか浮かない。

「そんな顔して、どうかしたか?」
「ねぇ」

 不安のふた文字を瞳に浮かべて

「私もなれるかな、そんなお母さんに」

 強張り気味の表情。自身のお腹を、臨月を迎えていることが一目でわかるくらいに膨らんだお腹を撫でながらの質問は、憧れた母親のように なれるかどうかへの緊張とはじめてする体験への恐怖からくるもの。
 でも、夫は自信に充ち溢れた顔で答える。

「大丈夫。なれるさ、春香なら」
「あなた……」
「それに、オレもいるしな」
「…………」
「…………」
「…………ふふふっ」
「わ、笑うなよ」
「あ、照れてる」

 クスクスと楽しそうに笑う妻と、恥ずかしそうに笑う夫。

「さあ、それよりお義母さんの所へ行く前に花屋に寄るんだろう? そろそろ出ないと時間に遅れるよ」
「あ、本当だ。ちょっと待ってて、すぐ用意をするから」
「慌てるなよ、いまは」
「『自分一人の体じゃない』でしょう? わかってまーす」
「……まったく」

 パタパタと部屋を出ていく春香。男性もそのあとをゆっくりと追う。

 残された部屋の中に残った紙には、作文の最後に赤い文字でこう書かれていた。

『あまみさんはお母さんが大好きなんですね。いつかあまみさんに子どもが生まれたら、天海さんのお母さんとおなじようなすてきなおかあさんになってくださいね』