無題90

 ある日の午後、プロデューサーは律子が普段と違う様子なのに気づいた。
「律子、コンタクトに変えたのか?」
「え?いいえ、ちょっと目薬をさすので外してただけですけど」
 律子はそう言うと、そばに置いてあったいつものメガネをかけた。
「そうか…」
「なに残念そうにしてるんですか。前に『律子のチャームポイントは、やっぱりそのメガネだよな』
とか言ってませんでした?」
「あー、そうだっけ?」プロデューサーは覚えてないなあ、というように頭をかいた。
「そうですよ!だからこっちだって、コンタクトじゃなくてずっとメガネを…じゃなくて、そうじゃなくて!」
「なにそんなにうろたえてるんだよ」
「うろたえてなんかいません!私はいつでも沈着冷静です!」律子はどう見てもそうとは思えない様子で叫んだが、
急にいぶかるような目つきでプロデューサーをにらんだ。
「ひょっとして、メガネがキライになったんですか?」
「いやほら、そうじゃないけど、わりとジャマだろ?」プロデューサーは自分の目のあたりで、メガネのフレームを
持って動かすような格好をした。律子は首を振った。
「長年のつき合いですから、もう体の一部みたいなもんですよ。本を読むのにも、仕事をするのにも、じゃまに
思ったことなんてありません」
 プロデューサーは何も言わず、口をヘの字に曲げている律子に近づくと、じゃまなメガネをそっと持ち上げた。

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最終更新:2011年08月11日 23:42