ふくれづき


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「……え?そういう意味だったんですか?」
「昔の文豪が言ったのだそうよ。夏目漱石だったかしら」
 夕刻の事務所できょとんとした顔で聞き返すやよいに、小鳥はそう答えた。
「うっうー、なんだかステキですね!わたしだったら絶対考えつかないと思います」
「まあ、私も知らなかったんだけどね。プロデューサーさんから聞いたのよ、実は」
「プロデューサーが?」
「学生時代は文学青年だったんですって」
 そう言えばプロデューサーは、よく難しいたとえ話をする。意味を量りかねて首を
ひねっていると続けて解説をしてくれるのだが、その内容が腑に落ちるとともに
ひとつ賢くなれたような気持ちになって、やよいはそれを密かな楽しみにしていた。
「あーあ、私もそんなことサラッと言えるようになってみたいもんね、ふふふ」
「あ、あはは、わたしもです」
 そんな話をしているところに、聞きなれた声が聞こえてきた。
「お疲れさーん」
「あらやよいちゃん、王子様の登場ね」
「ふえっ?」
 彼女のプロデューサーは今日、仕事終わりにやよいを自宅へ送る約束をしていた。
やよいはもちろんそれを楽しみにしていたが、小鳥にそんな言い方をされてしまい
自然と頬が熱くなる。
「そ、そんなんじゃないです小鳥さんっ!ぷ、プロデューサーはこれから打ち合わせで、
たまたまわたしの家がその通り道で、お仕事の途中でちょうどいいから送っていこうか
ってプロデューサーがっ」
「はいはい、そうだったわね」
「んん?小鳥さん、いま俺のことをオジサマ呼ばわりした人がいませんでしたか?」
「お帰りなさいプロデューサーさん。やよいちゃんのエスコート、しっかり頼みますね」
「ありゃ、スルーですか」
「せっかく持ち上げてあげてたのにまぜっかえす人には充分でしょう?」
 今の会話が聞こえていたようで、やよいに笑顔で片手を上げながら小鳥におどける
プロデューサー、これまた笑顔でそれをいなす小鳥。やよいは二人の会話を聞いて
いると、なんだか不思議な気持ちになる。
 さっきの話をプロデューサーは、どういう意味合いで小鳥に伝えたのだろう。

 電車を降り、住宅街を二人で並んで歩いてゆく。店明かりもなく街灯も少ないが、
おおきな月が頭上に輝いていて夜道はとても明るい。
 世間話をしながら歩くプロデューサーに少し遅れて、やよいはぼんやり考えていた。
プロデューサーにとって自分は、どんな女の子なのだろう。
 ソロユニットとして活動を始めて数ヶ月、やよいはいつしかプロデューサーのことが
大好きになっていた。恋愛か、と言われるとピンとこないが、やよいはプロデューサーを
素敵な人だといつも思っている。
 しかし一方、自分はまだまだ子供だ。プロデューサーにとっては自分は、ただの
中学生の、たんなる担当タレントなのではないだろうか。
 やよいは考えた。なにか大人びた発言のひとつもできれば、プロデューサーの
自分を見る目も変わってくるのではないだろうかと。たとえば……。
 そう、たとえば、さっきの話のような。
「あ……あの、ぷ、プロデューサーっ」
「ん、どうした?やよい」
「その、あのっ……こ、『今夜は月がきれいですね』っ!」
「うん?」
 プロデューサーは頭上を見上げ、やよいに微笑んだ。
「ああそうだな、今夜は十五夜お月さまってやつか。あっそうだやよい、あそこの
コンビニで団子でも買って来よう。帰りながら一緒に食べるか……って、やよい?
なんでそんな顔をする。あはは、そんなにぷ~ってふくらんだら、まるでお前が
満月みたいじゃないか。あ、あれ?やよいさん?なぜそんな早足に?もしもーし!」

 時は中秋。
 頭上の月は、真っ赤な顔で頬をふくらませ、ずんずん歩いて行くアイドルと、
戸惑いながらそのあとをおろおろ従うプロデューサーを、そ知らぬ顔で照らし続ける
のであった。

おわり