another year around


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♪ハートをロックオン! するの♪

 曲の終了と同時に、会場は地響きの様な大歓声に包まれた。観客は総立ちで拍手を送り、中には声を限りに
ステージ上のアイドルの名を叫び続ける者や、感極まって涙を流している者もいる。

 まばゆいばかりの照明が煌々と照らしだすステージの中央、天海春香は、チラリと隣を見やる。律子がいる。
その逆の隣には伊織。二人とも、満足そうな笑顔だ。
 二人ともすごく素敵な顔!と春香は思った。
 私も今、こんな顔してるのかな?だったらいいな・・・。

 アイコンタクトでタイミングを計り、三人で広いドームスタジアムのステージの最前部まで歩み寄る。
 春香が、マイクを持って口を開く。
「みなさーん!今日は、本当に」そこで一拍おいて、三人で息を合わせて「ありがとうございました!」
 再び地鳴りの如き歓声。
 その中、三人はステージを後にする。
 まっすぐ、振り返ることなく。

 これで、このユニットでの活動は終わりだけど、今日のステージで、全てを出し尽くすことができた。
 春香は心からそう思う。悔いは全くない。
 鳴りやまない拍手と歓声が背中越しに聞こえる。
 アイドルになって良かった。

 ステージを降りると、一人の男が、興奮した様子で三人の帰りを待ち受けていた。
「最高だったぞ!」三人に声をかける。
「ありがとうございます!・・・・・・・さん!!」



 パチッ

 春香は浅い眠りから覚めた。
「・・・夢?」
 夢にしては、妙にリアルな感触だった。客席からは見えないステージ上の立ち位置表示や、ステージ裏の
蛍光で示した動線表示まで、ちゃんと記憶に残っている。
「でも・・・あんな大きなステージに、あんなにたくさんのファンの人たち、それに、私が伊織や律子さんと
ユニットを組んでるなんて・・・やっぱり、夢に決まってるよね・・・」
 意識を現実に戻す。
「いけない!早くしないと、遅刻しちゃう!」

 いつもの様に、電車で事務所に向かう、その長い道中、春香は今朝の夢のことを考えていた。
 夢だったことは納得した。でも、一つ腑に落ちないことがあるのだ。

 私たちの帰りを、ステージ裏で待っていた、あの人のこと。
 知らない人だ。少なくとも、顔も名前もこれまでの記憶にない。
 なのに、はっきりと、夢に出てきた声も顔も、覚えている。
 知らない人なのに、はっきりとした姿で、重要そうなキャストで夢に出てきたのだ。
 春香はもう一度、現実界の記憶の糸を辿ってみるが、思い当たる人はいない。
 「う~~~ん・・・。記者さんでも、スタイリストさんでも、スタジオのスタッフさんでもないし・・・。」
 春香は、隣の席に座った通勤途中の会社員が怪訝な顔を向けるのも気付かずに、無意識に声を上げながら
考え込んでいた。

「おはようございます・・・」
 春香は事務所に入る。
「おはよう、春香。今日はどうしたの?いつもみたいな元気がないんじゃない?」
「あ、律子さん・・・伊織も。」
「おはよう。ま、春香だって、いつもいつも能天気に大声あげてるわけじゃないわよね。」

「あの、今日は二人で、どうかしたんですか?」
「別に。どうもしてないわよ。あずささんと亜美を待ってるだけだけど?」
 言われてみれば、そうだ。別に二人は特段普通と違ってるわけではない。とは言え、今朝の夢のことが
あるから意識せずにはいられないのだ。

「だいたい、あずさも亜美も、ようやく私たちがアイドルとして売れてきたところだ、って言うのに、全然
自覚が足りないんだから。」
「伊織、まだ時間になってないんだから、二人だって遅刻と決まったわけじゃないでしょ?」
「前のスケジュールが押してるわけでもないのに、遅刻ギリギリじゃあ、この先もっとハードスケジュール
になった時にはどうなるのよ?」
「うん。いつもながら、伊織のその自覚と自信は、褒められるわね。」
「自覚と自信だけ?」
「はいはい、伊織ちゃんはトップアイドルになるにふさわしいくらい可愛いです。」
「なんか引っかかる言い方だけど・・・まあいいわ。その通りなんだから。後は、プロデューサーの腕の問題
よね。」
「わかってます。・・・ってあれ、春香?どうかしたの?なんかぼーっとしちゃって。」
 律子が、二人の会話を聞きながらじっと立っている春香に水を向けた。

「あ、実は・・・あ、いえ・・・」
「なによ?言いたいことがあるなら、はっきり言えば?」
 伊織の言葉にせかされ、春香は話す気になった。

「今朝、夢を見たんです。」
「夢?」

「夢の中で、私と律子さんと伊織と、三人でステージをやってたんですよ。」

 瞬間、律子と伊織が驚いた顔を見合わせた。
「春香も見たの?」
「え?春香も、って?」
「私たちも見たのよ。ドームみたいな大きなステージで、三人で歌ってた夢。」
「それも、この伊織ちゃんを差し置いて、春香がセンターに立って、ね。」
「そ、そうです!おんなじです・・・。」
 三人が、神妙な面持ちになった。

「実はさっきまで、伊織とその夢の話をしてたのよ。・・・それにしても、春香まで同じ夢を見てるとはね。
正直に言って、驚きよね。」
「不思議ですよね・・・。」

「でも、私にとっては、いずれ立つはずのステージの様子が事前にわかっただけでも、儲けものだけどね。」
「さすが伊織!その言葉、忘れるんじゃないわよ。」
「律子こそ、しっかりしてよね。」
「わかってますって。まあ、私は今はプロデューサーだから、さすがにあのステージに立つ、とは言えない
けど、伊織と、あずささんと亜美を、あそこまで連れていく決意と覚悟は出来てます。」

「春香もよ。」
「え?」
「春香のことだから、どうせ、本当に夢の様な世界、とか考えてたんじゃないの?そんなんだから、いつまで
たっても泣かず飛ばずなのよ。」
 伊織の言葉が、春香の胸に刺さる。

「春香。さっき伊織にも言ったんだけど、私は、こうやって同じ夢を見た、ってことは、きっとどこかで、
そういう未来が、ううん、そういう現実が存在する世界があったんじゃないか、って思う。」
「そういう現実が・・・?」
「そうよ。春香が、この私や伊織をサブに追いやって、センターを張ってドームで歌っている、そんな現実。
つまり、春香は、今でもそれだけのポテンシャルと可能性を秘めているんだ、ってことでもあるの。」
「認めるつもりはないけど、そうかもしれない、ってことよ。だからとにかく、自信を持ちなさい。なんか
最近のあんたたち見てると、元気と気合はあるんだけど、負け犬根性が染みついちゃって見えるのよね。」

 強烈だった。
 この二人は、実績と自信だけじゃない。これほど周りが見えている。
 そして、自分のユニットだけではなく、これほどまでに、事務所の他のメンバーのことを気にかけている。
 春香自身は、そのことに気付かないばかりか、自分のことで手いっぱいだった。
 しかも、手いっぱいである自分にすら、自信を失っている。
 このままでいいはずがない。

「うん。わかった。私、トップアイドルになる!」
「お、言ったわね。それは、我らが竜宮小町を蹴落としてでもトップになる、って覚悟と受け取るわよ。」
「蹴落とす、っていうのとはちょっと違うかもしれないですけど、私も負けません!」

「あの、お話し中ごめんなさい。」
 口を挟んできたのは、事務の音無小鳥だった。
「あ、いいですよ、小鳥さん。ちょうど話が一段落したところですから。」
 律子が答える。
「そう。じゃあちょうどよかったわ。春香ちゃんに用があるんだけど。」
「あ、はい。私ですか?」
「社長がお呼びなんだけど、社長室まで来てもらえるかしら?」


「天海春香です。失礼します。」
 そう言って社長室のドアを開ける。

 春香は大いなる驚きを持って、部屋の中を見た。
そこには、社長と、もう一人の人が・・・「あの人」が、いた。
 間違いない。
 今朝の夢に出てきた、あの人だ。

 そうだ。
 この人は、私の・・・

「ああ、紹介しよう。彼は・・・」
 社長が話し出すのも構わず、春香は彼に駆け寄った。


「あなたが、私のプロデューサーさんですか? 私、天海春香、17歳、トップアイドル目指してます!」



 /Fin.