太陽女帝


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とある昼下がり、めずらしく午後は仕事が入ってないので、春香は千早と一緒に
事務所で待機と言う名のお茶でもしようかと二人で廊下を歩いていた そんな時
片隅に置いてあった、春香の背丈ほどもある観葉植物の鉢に目が止まった。
「あれ?なんだかこの子元気無いみたい・・・」
田舎住まいで普段から木々を目にしているからだろうか。春香の目には、
廊下の片隅に置かれたその木が、何となく萎れて見えた
「そう?別にいつも通りだと思うけど・・・水も音無さんがあげてるみたいだし・・・」
「う~ん。きっとお日様の光が足りてないんだね。よ~し・・・!」
「ちょっと!?春香?」
「ごめん千早ちゃん先に行ってて!私ちょっと屋上に行ってくる!」
そう言い残してふらつきながらも、鉢を抱えて春香はエレベーターに乗った。

「ふう・・・重かった~」
屋上に着いた春香は、日の当たる場所を選んで鉢を置いた。
「さあ!いっぱい光合成をして元気になってね。」
学校で習った単語を使うと、少しだけ頭が良くなったように感じた。
心なしか木も喜んでいるように見える
「おや・・・こんな所に人が来るとは珍しいと思ったら、天海さんでしたか。」
「ひゃあ!?」
いきなり後ろから声を掛けられた春香は、驚いてつんのめりそうになった。
まさか自分以外の人がいるとは思わなかったのだ。驚いて後ろを振り返ると、一人の男の人が立っていた。
背丈は180程度だろうか?太っているわけでもなく、痩せてもいない。青年と中年の間、おそらく30代くらいだろうか。
(プロデューサーさんより少し年上なのかな?) そんな風に考えながら春香は困っていた。
声を掛けてきた青年に見覚えが無かったのだ。特別顔を覚えるのが得意というわけでもないし、
これと言って特徴の無い顔立ちの男だったから、忘れてしまったという可能性もある。
この屋上にいる以上、おそらく765プロの関係者だろうが・・・
そんな思考を読みとったように、少しだけ口元をゆるめて男は告げた
「僕の事は知らないと思いますよ。事務所の稼ぎ頭の貴女達と違って、裏方・・・経理の方を担当してるものでね・・・。」
「そうなんですか・・・」
自分の倍は生きているであろう目の前の青年が、自嘲気味の笑いを浮かべて敬語で話しかけてくる。
そんな風に接されるのは実は初めてで、上手い返し方を考えつくには春香はまだ、少々子供だった
「木と一緒に日光浴ですか?しかし・・・マズイ所を見られてしまいましたね。」
「えっ?」
「トイレに行くふりをして仕事を抜け出してきたんですよ。」
「あっ・・・サボりですか?」
「返す言葉もありませんね。」
そう言う彼の眼は、年齢に似つかわしくなく疲れきっているようにも見えた

そんな彼に、春香は少し興味を覚えた ひょっとしたら彼が纏っている雰囲気が、
密かに彼女が片思いしている彼に似ていたからかもしれない。
だから日光浴の間、話を聞いてみることにした。
「ここにはよく来るんですか?」
「ええ、晴れてる日は大抵来ますよ。東●タワーとはいきませんが、中々の眺めですし、それに・・・」
「それに?」
「ここは一番太陽に近いですからね。」
「太陽・・・」
「おっと失礼。本物の太陽のように輝かんばかりのアイドルを前に無粋でしたか。」
「えっ!?そんな・・・私なんてまだまだですよ・・。」
春香自身は、特に決まったキャッチフレーズが有るわけではない。
だからそんなことを言われて再び戸惑った。それは逆にお世辞ではなく、
良くも悪くも彼の本心から出た言葉だったからかもしれない。
「ご謙遜を。“太陽のジェラシー”聞かせていただきましたよ。あれはとてもいい曲だ。
流石は社長が推薦し、彼が選んだだけのことはありますね。」
「えっ!?プロデューサーさんのこと知ってるんですか?」
「ええ・・・まあ色々とね。」
そこで彼は何かを思いついたような表情をみせ、次に迷うような顔になった。
しばらくの沈黙の後、一度空を・・・いや太陽だろうか?
とにかく上を見上げてかれは唐突に語り始めた。
ところでせっかくです。木が元気になるまで、昔話を聞いて行きませんか?」
春香は頷いた。元よりそのつもりだったし、プロデューサーの昔の話を聞けるかもしれないと思ったからだ。

「今から数年前、あるアイドルグループがいました。一人一人の力量は精々C程度でしたが、
とても仲のいいコンビで、ユニット名を“THE SUN”といいました。」
「“THE SUN”・・・ですか。」
「聞いたことは無いかもしれませんね。」
「なんでですか?活動期間が短かったとか、あんまり売れなかったからとかですか?」
冷たい言い方をすれば、芸能界ではそれくらいは日常茶飯事だ。春香とても、
一回オーディションで顔を合わせてから、二度と合わなかったユニットもいる。
「・・・・・いえ、そうではありません。」
「えっ・・・じゃあなんで?」

「彼女達は“消えていった”のではありません。“消された”のですよ。」
「け・・・消された・・・ですか?」
春香はプロデューサーに言われた言葉を思い出していた。
『いいか春香。芸能界にはいろんな人がいる。中には人を引きずり落としてでも、
上に行こうとする人間も、残念ながらいるんだ。だから、あんまり弱みを見せないようにな。』
そのアイドルユニットの娘達も、そんな陰謀に巻き込まれたのだろうか。
「ただ消されたのではありません。我々プロダクション業界・TV局・CD会社・・・
ともかく当時の関係筋が必死になって彼女達の所属していたプロダクションごと
痕跡すらも残さないよう、徹底的に抹殺したんですよ。所属アイドルがまだ彼女達しかいない、
新興の会社だった事も災いしたようですね。」
「そんなこと・・・」
「信じられないでしょうね・・・なにせこの件に関しては、数年前の事とはいえ、
ある程度の勢力を持ってるプロダクションの幹部級の者達しか真実を知りません。」
「何が・・・・何があったんですか。それにそんな事したら絶対に噂に・・・」
「天海さんは、今の総理大臣をご存じですか?」
春香の言葉をさえぎる様に、彼は言葉を重ねた。
「えっ、総理大臣ですか?たしか●●総理ですよね?」
「そうです。では、あの人がかつて国家公安委員会の委員長だったことは?」
「・・・・知りませんでした。でも、それが一体何の関係が。」
そこで彼は直ぐには答えず、煙草を胸ポケットから取り出し、しかし、
春香を見て再び懐にしまった。深いため息をついて。彼は語り出した。
「●●総理には息子が一人いるんですが、これがまた相当な男でね・・・
元々女癖が酷いことは有名だったんですが、ある時、経済パーティーに
招かれていた、とあるプロダクションの社長に付き添っていたユニットの
アイドルの片方に手を出しましてね。それも半ば無理やりに近い形でね。」
「そんな・・・」
「無論、いくら父親の権威があるとはいえ、本来なら大問題です。
しかし・・・時期が悪かった。」
ちょうどそのころ、●●は総理大臣の席を手に入れる為の第一歩となる、
大事な選挙を控えていた。
「事が公になればただで済むわけがない。●●はそのプロダクションの社長と交渉し、
大金と、その他色々な破格の条件を付けて事を内密に収めようとしました。
そして、社長はその条件を呑んだ・・・・。しかしユニットのもう片方の娘が・・・
そう彼女はまさに太陽のような娘でした・・・・。」
彼はまた空を見上げていた

『そんな交渉には応じられません。あの娘がどれほど傷ついたかお分かりですか?
あの人には、きちんと裁きを受けてもらうべきです。』
「彼女は全てを公にすると言い、そして・・・・」
まだ殆どファンも居ないような場末のアイドルが、国家機関とそれをバックにした
芸能界に勝てるわけがなかったのだ。偽りの太陽は海に沈み、空に太陽は一つになった。
3日後、近所の海で彼女の亡骸が引き上げられたが、事故と断定された。

「彼女は・・・本当に、強くて、美しくて、輝いていて・・・それは、
冷たくなっても同じでした。むしろ美貌は氷の女帝ような鋭さを帯びて、
揺るがぬ心は太陽のようで・・・。幼い頃から何も変わっていなかった。」
春香は、その話し方で理解した。きっとこの人はその人の事が好きだったのだろう。
「全てが終わった後、当時の公安委員会の執行部の委員の一人が職を辞して、
何処へともなく消えました。」
そこで彼はポケットから懐中時計を出して、蓋を開いて中を眺めた。
「≪太陽女帝≫。僕には、最早彼女の名前を呼ぶ資格も無い。」
春香の中で、全てのピースが嵌った気がした。
「ひょっとして・・・・。」
「おや、日も傾いてきましたね。昔話もこの辺にしましょう。」
みれば、太陽がビル群の陰に消えつつあった。きづかない内に、
随分と時間がたっていたようだ。

「あら春香。何処に行ってたの?随分遅かったわね。」
「う・・・うん。ちょっとね。」
別れ際彼は最後に告げた。

『僕が生き恥を晒しながらも高木社長に頼んで此処に居させてもらっているのは、
彼女が唯一この世に残した、彼を守るため。彼は、自らの姉の死の真実を知りません。』

「お、やっと帰ってきたか春香!ダメじゃないか連絡も無しに何時間も!
心配したんだぞ!?」
隣の部屋からプロデューサーが入ってくる。若干口調が怒り気味だ。

『天海さん。貴女はどこか彼女に似ている。こんなことを私から頼むのは、
筋違いだと分かっていますがどうか・・・。』

「ごめんなさいプロデューサーさん・・・。」
「分かればいいんだよ。次からは気を付けてな。さあ、春香も来たし、
次のライブの打ち合わせといこう。」
「「はい!」」
こうして765プロの一日は過ぎていく。

『どうか・・・彼女の夢を・・・。』
今日も太陽は全てに平等に降り注いでいた。  

                                 終わり