東豪寺麗華の世界:対峙


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「麗華様……今回ばかりは、我らの助けも通りますまい」
 静かに右腕を上げ、制する。

「その通りだ。だから、親父の金は、レッドショルダーの連中に使ってやってくれ。
こいつはうちらだけで十分だ」

「ですが……」
「魔王エンジェルは決して負けない」
「……ご武運を」

 執事は去っていった。自分の負けないという言葉に、一片の迷いも見せず従った。
後は、ただ、目の前のアイドル、いや、女王を倒すだけだ。

「あなた正気かしら?唯一の勝機を捨てて、自分の妹分を助けさせるなんて。
愚かね。自分だけが泥を被って他人を助けようだなんて、傲慢にもほどがあるわ。
アイドルは人々をかしずかせる唯一無二の存在。他人を倒すことでしか得られない地位。
それがわからないなら、自分に酔っている偽善者よ。まあ、それでもなお、
偽物の偶像を演じているところだけは褒めてあげるけど」

 日高舞は三流喜劇を見たかのように笑う。

「偽物、偽善者か。別にそういうのも悪くないね。そもそもアイドルは偽物だからな」
 自分が、裏切りと苦悩の果てに辿り着いた結論。だが、今は清清しい事実として受け入れられる。

「……勘違いしていた。私の音楽は、歌を作ることじゃない。
そもそも私にはそんな器用な真似なんてできないさ」
 そう、あいつらも言っていた。私の心にはただその一つだけ。
音楽も舞踊も全てそこから生まれているのだと。

「……そうだ。私に出来ることは唯一つ。自分の心を形にすることだけだった」
 すっと右腕を伸ばし、日高舞を見据える。

「―私は荒野で歌を歌う」
 呪文を呟く。それは、東豪寺麗華の心を幾度となく奮い立たせてきた言葉。
「そう、とうとう空言まで言い始めたのかしら」
 女王は悠然と笑う。

「―曲は怒りで、歌は嘆き」
 取り出すものは唯一つだけ。思考にイメージの奔流が渦巻く。

「なに、かしら……?」
 驚愕したのは、目の前の小娘が怯まないことか。あるいは、垣間見える幻想の群れか。

「―偶像を守るために、犯した罪は幾千
  一筋の希望もなく、一欠けらの絶望もない」
 決壊する。溢れ出る映像は、もはや自分の心に押し留めることは出来ない。

「歌姫は共に、願いの丘で声を歌へ紡ぐ」
 イメージが体を貫く。だが、構わない。もともとこの体は、ある芸術を生み出すための機械だったのだから。

「ならば、我が道に後悔はなく」
 脳を、心を、臓腑を、血脈を、幻想が駆け巡り、全てを爆ぜさせる。

「その歌は、荒野に咲く花だった」
 自らの持つ固有の世界。その名を口にしたとき、景色は一変した
 血のような夕日に彩られた世界。空には悲鳴のような声が延々と鳴り響く。
そして大地には、棘の生えた花が茂っていた。
 その光景を、日高舞は視線で突き刺していた。

「……そうだ。歌を作るんじゃない。私は、魂の叫びが無限に木霊する世界を作る。
それだけが、東豪寺麗華に許された芸術だった」

 ただ、赤い荒原に広がる無数の禍々しい花園。それが、東豪寺麗華の世界だった。
 固有世界、アイドルが、自らの偶像を殺して初めて生み出せる、最大の禁忌。
そして、アイドルとしてではなく、芸術家として用いうる唯一の武器だった。
 その半生を荒野の開拓者として、弱き少女たちを守るために、
更に弱気者たちを滅ぼし続けた歌姫が到達した境地。

「これはまた、随分大層な手品ね」
「驚くことはない。これは全て幻だ。現実の偶像には何ら関わりのないただの偽物だ」
 片手で花を摘む。しかし、血は滲まない。滲むはずがない。この世界に見える全てが、
自ら作り出したものであり、幻なのだから。

「けどね、偽物が本物に敵わない、なんて道理はないんだ。
あんたが本物だというなら、全てを乗り越えて、その偶像を叩き潰そう」
 虚空に木霊する嘆きが新たな歌の啓示を与える。目の前にそびえるは、幾千の僕の上に立つ偶像神。
「いくぞ、女王――歌の準備は十分か」
「ふふっ、思い上がるわね、お嬢ちゃん」
 二人は静かに別れる。戦いの時はもう間近だった。