春香が家にやってきた


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・春香が家にやってきた:第一話

家に帰ったら、春香がいた。
俺は驚いた。
だって、このリアルの世界に、3Dモデリングの春香が存在していたのだから。
しかも、飯を食っていた。ウチのお袋が作った飯だ。
「あ、お邪魔してまふ。」春香は中の人さながらに口にものを頬張ったまま答えた。
「た、ただいま。」それ以外の言葉が出てこない。
「おかえり。急にお客さん来たからご飯なくなっちゃったけど、食べるなら冷蔵庫の温めるよ?」
お袋は、この異次元からの訪問者に普通に食事を用意したっぽい。
「いや。俺は食ってきたからいいよ。」
そんなことより、この春香は、何?誰?何故?いつ?どうして?
「あの・・・プロデューサーさん?そんなに食べるとこじっと見られると・・・」
「あ、ごめんごめん」
春香のモーションも話し方もいつも通りだ。しかし、それがリアルの世界で見ると、これほどオーバーでわざとらしいものだったとは、今初めて気付いた。
見ると、春香は普通に箸と茶碗を持っている。
リアル世界との物理的接触は可能なようだ。
触ったら、いったいどんな感触なのだろう。
俺はあらぬ方向に妄想を進ませた。しかしここは自宅で、家族もいることを思い出した。


・春香が家にやってきた:第二話

家に帰ったら、3Dモデルの春香が飯を食っていた。
俺は春香が食事を終えるのを待って、聞いてみた。
「春香、なんでここにいるんだ?」
「う~~~ん・・・ よくわかんないんですけど、気がついたら、いたんですよね。」
そうだった。春香はこういうヤツだ。いや、それ以前に、春香が自分の意志でリアル世界に現れたとは限らない。たまたまとか、事故の可能性だってある。
しかしこの狭い家の中では、いちいち腕を振り回す春香のアクションはあぶなっかしい。
いや、待てよ?!
「ということは、もしかして春香は、家に帰れないのか?」
「帰り方がわかれば、大丈夫だと思うんですけど・・・」
そうだ。同じような3Dモデルの外見、いや、背景画の外見をした、この春香が住む家が、この世界にあるかもしれない。
最寄りの駅の名前を聞いてみた。聞いたこともない駅名だった。住所も聞いてみた。それっぽい地名ではあった。
PCの電源を入れ、検索してみる。
春香が口にした駅名も住所も、実際には存在しないものだった。
「電話は?」
「私の携帯、気がついたらずっと圏外なんですよぉ・・・」
ウチの電話からかけさせてみたが、通じない。
俺は青ざめた。
やはり、この春香は次元を超えて来たのだ。いや、なんのはずみかどんがらがっしゃんか、来てしまったのだ。
春香は泣きそうな顔をしている。
おいおい、勘弁してくれよ・・・っていうか、ゲーム中ならここで選択肢が出るだろうに、リアルだから選択肢すら自分で考えなきゃならないじゃないかよ。
その時、お袋が横から「今日はもう遅いから、泊まっていきなさいよ。帰るところ、わからないんでしょう?」
「あの、でも・・・ご迷惑じゃないですか?」
「まだ子供なんだから、そんなこと気にしないの。」
俺は軽く感動した。ウチのお袋は、こんなに困った人に親切なできた人間だったのか!それもこんなアニメ絵の3Dポリゴンモデルの60fpsのアニメ声のオーバーアクションの地味な私服なのに自称アイドルなんてあやしげなこと言ってる人にまで。
ようやく人心地ついた俺は、改めて事態を整理してみた。

春香が
俺の家に
泊まる

残念なことに俺の思考はそこから全く離れることができなかった。


・春香が家にやってきた:第三話

3Dモデルの春香が俺の家に泊まっていくことになった。
今、春香は風呂に入っている。
はたして服の下のテクスチャは存在するのだろうか。あんなところやこんなところは、あんな風やこんな風になってたりするのだろうか。
そんな妄想をしていると、コンコン、と部屋のドアがノックされた。
「はい。」
俺はひと呼吸おいて妄想を振り払った。
ドアを開けると、春香が立っていた。
「あ、プロデューサーさん、お風呂あきましたよ。いいお湯でした。」
そういう春香は、リボンを解いて、グッドスリープパジャマを着ていた。
「春香。お前、着替えとか持ってたのか?」
「え?いいえ?持ってませんけど?」
「じゃあ、そのパジャマはどうしたんだ?俺の家になかったはずだぞ。」
「あれ?そう言えばこれ、私のパジャマだ?どうなってるんでしょう?」
そんなやりとりをしながら、春香はドアの隙間から俺の部屋の中をチラチラ覗いていた。
「どうした?」
「えへへ。プロデューサーさんのお部屋って、どうなってるのかな、と思って。」
「見たいか?入りなよ。散らかってるけどな。」俺は春香を部屋に招き入れた。
「わあ。ここがプロデューサーさんのお部屋なんですね!」
そう言って、例のオーバーアクションで手を胸の前にまわす。
ガッ
その手が、棚の上に置いてあったものに当たって落ちた。リボ春香だった。
「ああっ、すみません。私って本当にドジで」「触らなくていい!」
俺はあわてて声を上げた。このパターンだと先は見えている。片付けようとして慌ててどんがらがっしゃーんだ。二次災害の方が被害は大きいのだ。
「あ、ご、ごめんなさい!プ、プロデューサーさんだって、人に触られたくない大事なもの、ありますよね・・・」
そう言いながら、春香はある一点を見ていた。
視線の先を追ってみる。服を着替えさせてる途中で放置した半裸の美希ドールがあった。
いろんなものがいろんな意味で終わった気がした。
「・・・じゃ、俺、風呂入ってくる。」
「私は寝ますね。おやすみなさい。」
「おやすみ」
俺の夜があっけなく終わった。


・春香が家にやってきた:第四話

3Dモデルの春香が家に来た夜が終わり、朝が来た。
「あ、おはやうごがいまふ。ぷろびゅーはーはん。」
居間に行くと、春香は朝飯を食っていた。服はアナザーカジュアルに着替えていた。
そうきたか。確かに毎日同じ服じゃあ不自然だもんな。
「おはよう。でも口に物を入れて無理矢理挨拶しなくてもいいぞ。あ、お袋、俺にも目玉焼きお願い。」
「はいよ。」
そう言えば、お袋は俺が『プロデューサー』と呼ばれてることに、疑問は持たないのだろうか。それとも、春香のことをどこかおかしいとでも思ってるのだろうか。
まあそれを言ったら、このアニメ絵の3Dポリゴンの存在そのものが、どう見てもおかしいのだが。
「ところで、今日は春香はどうするんだ。」
「え?」
「ほら、家に連絡がつかないわけだし、何も手を打たないでいいのか?」
「ああ。そうですね・・・でも、どうしたらいいでしょう?」
「事務所に行ってみたらどうだ?今日は休みだから俺もつきあうよ。」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「朝飯食い終わるまで待っててくれ。」
「はい!」
そう言いながら、俺は覚悟を決められずにいた。
おそらく、いや、まず確実に765プロの事務所は、ない。
その現実を春香に突きつけないといけない。
その上で全くこの世界に寄る辺のない春香を、俺はどうするか・・・
俺のそんなシリアスな考えを知るはずもなく、春香はのんきに歌っている。

「♪じーむしょじむしょ ♪765プロのじむしょ」
しかし、見事なまでに俺の知ってる通りの春香の行動だな。
なんだか見ていると気分が前向きになる。それが春香の魅力なんだろう。
本当に765の事務所があるんじゃないか、とも思えてくる。

しかし、現実はそんなに甘くはなかった。


・春香が家にやってきた:第五話

3Dモデルの春香と二人で町に出た。
すれ違う人々が、一様に春香を見て、注目しているのがわかる。それは、春香がとても可愛いからなのか、それとも、フルポリゴンのアニメ絵が歩いているからなのか。
しかし当の春香は気にする様子もない。さすがに注目されることに慣れているんだろう。
そうして、目的の場所に着いた。
「あれ・・・?」春香が当惑した表情になる。
「事務所のビルが、ないですねえ?おかしいなあ。あんな大きなビル、見失うはずないのに・・・」
事務所レベルは3か。
「いつもレッスンしていたスタジオはどうだ?」
「そうですね。行ってみましょう!」険しい表情で言う。さすがに春香も深刻になってきたようだ。

そして、やはり、レッスンスタジオもたるき屋も、昔の事務所も何も見つからなかった。
「困っちゃったなあ、来週、ドームでライブがあるのに・・・。千早ちゃんと雪歩ちゃんはどこで練習してるんだろう?」
春香はどうも事態を把握できていないらしい。
いよいよだ。もう言わざるを得ない。
「春香。どうやらお前は、別の世界に来てしまったみたいだ。」
「え?な、なに言ってるんですか?プロデューサーさん・・・?」
「この世界には、765プロはない。高木社長も音無さんも、千早も雪歩も他の765プロのアイドルもいない。春香の家族も友達も、誰もいない世界なんだ。」
「で、でもプロデューサーさんは、いるじゃないですか?」
「俺はこの世界では、プロデューサーじゃない。食品会社に勤めるサラリーマンなんだ。現に春香の知ってる場所は、どこにもないだろ?」
まあいきなり信じろという方が難しいかもしれない。

俺は、春香をCDショップに連れて行った。
「ここに、春香のCDは、ないんだよ。あの伝説のミリオンセラー『太陽のジェラシー』は売ってない。」
「そんな・・・でも、そう言えば、どこのお店に行っても凄く目立つ所においてあったはずなのに・・・」
春香はあきらめきれない様子で、店内をきょろきょろし始めた。
納得の行くようにさせるか。
「ありました!私のCD、ありましたよ!」
春香が嬉しそうに持って来たのは、MA01だった。「ほら、ちゃんと太陽のジェラシーも入ってます!」
いかん。
俺はどう説明したらいいのか、わからなくなった。


・春香が家にやって来た:第六話

3Dモデルの春香と俺は、公園のベンチに座っていた。
春香の手には、ケースにひびの入ったMA01。CDショップで春香が手に持ったまま転んでしまい、やむなくお買上げとなった。
「本当にすみません。プロデューサーさん・・・」
いつになく神妙な春香。
「気にするな。CDの一枚くらい。」
「そうじゃあないんです・・・。私、本当はわかってたんです。このCDは私のじゃない、ってこと。」
「え?」
「私、このジャケットも見たことないですし、曲も歌ったことないのが入ってますし・・・。ううん、そんなことより、プロデューサーさんの言ったこと、本当なんだと思います。あ、プロデューサーさんじゃないんでしたっけ。ごめんなさい。」
「いや、いいよ。俺は春香のプロデューサーのつもりだ。」
俺がプロデューサーじゃなかったら、春香はこの世界と何の接点もなくなってしまう。今まで見たことがないくらい落ち込んだ春香に対して、そんな真似はできない。
「昨日から、なんかおかしいなあ、とは思っていたんですけど、はっきり『違う世界に来た』って言われたらさすがに信じられませんでした。でも、そうじゃないとおかしいことばかりなんですよね。」
春香は空を見上げた。遠い目をしていた。そしてしばらくしてから、言葉を継いだ。
「事務所のみんな、学校のみんな、お父さん、お母さん・・・みんなに会えないのは、ちょっと淋しいかもしれないですね。」
「春香・・・」
「でも」
春香はこちらに顔を向けた。
「プロデューサーさんがいるなら、この世界も、悪くないかな、って思います。」

それ、ヤバい意味じゃないだろうな?
ウソです。そんなこと絶対言いません。一瞬でもネタとしてでもそんなこと考えた俺を許してください神様。

「よし!決めた!」
俺は意を決して、ベンチから立ち上がった。
「え?何をですか?」
「俺は、この世界でもプロデューサーになる。春香をこの世界でもトップアイドルにしてみせる!」
「ええっ!!で、できるんですか?そんなこと?」
「できるかどうかは、やってみないとわからない。でも、やってみる価値はある。俺たちは、元々そのために出会ったんだ。春香をトップアイドルにするために。」
「わかりました!プロデューサーさん!私、頑張ります!」
春香は時にこちらが不安になるくらいあまりにも素直で単純だ。
「よし、そうと決まれば早速活動開始だ。」
「じゃあ、何から始めましょう?」
「やっぱり初日はミーティングだな。」
「あれ?その台詞、どこかで聞いたことがありますよ?」
俺は、にやりとした。
「春香、でいいかな?」
「プロデューサーさん。わっ、呼んじゃいました!」
俺たちは、顔を見合わせて笑った。


・春香が家にやってきた:第七話

俺は3Dモデルの春香をこの世界でプロデュースすることにした。
実は昨日から考えていたことは、それだ。それがこの世界で春香が過ごすのに最高の道だと思っていた。
見込みは、ある。
アイマスのライブには千人単位で人が集まる。その中で、中の人専門という人間はそう多くはない。つまり、広報戦略さえしっかりすれば、少なくとも数百人規模のライブなら成功させられることになる。
人が集まらないなら、小規模でライブやサイン会をやってもいい。なにせ本物の天海春香だ。小規模でも継続させれば口コミでだってファンは集まってくるはずだ。
いや、大きく出るなら、ドンとテレビに出演させてアイマスファン以外も取り込めれば、本気でトップアイドルも夢じゃない。

さて、現実に目を戻す。
まずミーティングと称して、なぜか俺たちはカラオケボックスにいたりする。
実は、先ほど春香はちょっと気になることを言っていた。MA01に、歌ったことのない曲がある、と。
プロデュースするに当たって、まずはこの春香がどの曲を知っているか、さらに歌唱力はどんなものなのか、どうしても確認しておきたかった。
別に、春香のナマの歌をすぐ近くで独占して聞きたいなんてことは、ほんのちょっと、本当にほんのちょこっとだけ思っただけだ。
「じゃあ、ますは一曲目、おなじみ『太陽のジェラシー』から行ってみよう。」
「はい!」春香はニコニコと答える。やっぱり歌うのが好きなんだな。

♪もっと遠くへ 泳いでみたい 光満ちる 白いアイラン♪

え・・・
う、うまい・・・
春香は、俺のイメージより、全然歌がうまいじゃないか!
俺はコールを入れるのも忘れて聞き惚れた。
そうか。この春香は、これまでのレッスンで歌が上達してるんだ。
そうだよな。「ありがとうございまし た」とくじけそうになっても、厳しいレッスンに付いて来てくれたんだもんな・・・

「天海春香で、太陽のジェラシーでしたー!あれ?プロデューサー・・・さん?」
「あ、ああ。ごめんごめん。」
つい思い出に浸ってしまい、曲が終わったのにも気がつかなかった。
「ところで、今はほとんど振り付けなしで歌ってもらったけど、ちょっとダンスの動きも見せてくれないか?ちょっとだけでいいんで。」
春香の実力は、俺の想像以上なのかもしれない。
「わかりました!じゃあ曲は・・・これで、ピッピッピッと。えいっ、送信!」
「どの曲リクエスト入れたんだ?」
「やっぱり得意な曲にしたかったんで、『私はアイドル』にしました。」さっそくイントロが流れ出す。
「え?こんな狭い場所であんな派手な動きやって大丈夫な
どんがらがっしゃーん
遅かった。転びそうなところを助ける役得を狙う隙すら与えない早技だ。
「大丈夫か?春香?」
「あいたた・・・えっと、ちょっとお洋服が濡れちゃいましたけど、大丈夫です。でも、飲み物全部こぼしちゃって・・・」
一瞬。俺は見逃さなかった。
春香の服の濡れた部分が、素肌に張り付いている。つまり、服の下にも何かしらテクスチャは存在する。しかも肌色の。
これは、大発見だ!このバンナムの変態め!!


・春香が家にやってきた:第八話

3Dモデルの春香のプロデューサーとなった夜。
俺は、部屋でPCの画面に向かっていた。宣材と称して、半ば趣味で撮ってきた春香の写真を整理するためだ。
公園のベンチ、街角を歩く姿、カラオケを熱唱する姿、などなどたくさんある。
「・・・どうも、イマイチだなあ。」
下手な合成写真にしか見えない。アイドラのシーンよりもさらに収まりが悪く感じる。
しかも春香の表情そのものが、同じような笑顔で、同じ材料からコラ作ったようにも見える。某スレのキャプチャ職人の方が、よほどいい表情を捉えてる。

コンコン・・・
「どうぞ。入っていいよ」
「お邪魔します」
予想はしていたが、春香だった。
「あ。それ、今日の写真ですね?」
「うん、でもちょっと納得できてないんだ。春香、写真映りあまりよくないな?」
俺は責任転嫁した。
「え?そうですか?うーん・・・いつもニコニコして撮りやすい、って言われるんですけど・・・」
「そうか?まあ今度、ちゃんと撮影用の服でも買って、また撮り直そう。」
「はい!お願いします。うわあ、楽しみだなあ。」
視線が斜め上を泳ぐ。
「ところで、プロデューサーさん。」
「なんだ?あらたまって」
春香が居住まいをただす。
「本当に、いろいろとありがとうございます。」
深々と頭を下げた。
「お、おい・・・。よしてくれよ。」
「でも、ちゃんとお礼は言っておきたかったんです。私、全然知らない所に来ちゃって。もし、プロデューサーさんに会えなかったら、って思ったら・・・。」
「こうして会えたじゃないか。俺も最初は驚いたけど、春香に会えて嬉しかったぞ。」
「本当ですか?ご迷惑だったんじゃ・・・?」
「本当に決まってるさ。現に、こうして春香をプロデュースすることを考えると、楽しくて仕方がないくらいだ。」
「よかった・・・。」
春香は嬉しそうに頬を染めた。
あ、これだよ。こういう表情を写真に撮りたいんだよなあ。さすがに今はそんな無粋なことはできないけど。
「さあ、今日はもう遅いから、寝た方がいい。細かいことは気にしないで、いつも明るく元気でいた方が、春香らしくていいぞ。」
「はい。ありがとうございます。じゃあ寝ることにします。おやすみなさい。お仕事の邪魔しちゃってすみませんでした。」
「ああ、おやすみ。」
バタン

ふう。俺も寝るか。
俺は布団に入って、ちょっとにやけながら今のやりとりを思い出した。

あれ・・・ちょっと待てよ。もしかして・・・俺、ビッグチャンス逃してね?
そうかそうかそうだよないろいろ世話してやったよなだからその代わりに春香お前をいただきますガバッとか。
いやいや、そんな困っていたところにつけ込むような真似は人としてヤバいだろ。
いや・・・逆に考えると、こんな夜更けに俺の部屋に来たってことは、春香もそれなりの覚悟と、へたをすると期待を持っていたんじゃないか?
プロデューサーさんありがとうございますお礼に今夜は私をプレゼントしますどうか受け取ってくださいキャッとか。
え?俺、もしかして鈍感?知らぬ間に春香の気持ちを踏みにじった?あっちの世界のPと一緒?
いやいやいやいや、それって冗談抜きでヤバい意味じゃないかよ。プロデューサーという立場を利用して所属アイドルにセクハラまがいのことをしているとか。
いや、合意の上ならセクハラじゃない。しかし、そういう問題でもない。
そうか、合意の上とは言え、他人から見たらセクハラと思えることをしているから、セクハラまがいなのか。今わかった。
でもプロデュース初日にいきなり手を出したら、そりゃ最短記録だろうなあ。
そうだよ。俺はプロデューサーなんだよ。プロデュース中のアイドルに手を出すのは本来いけないことなんだよ、うん。
いや、実際手を出してるヤツは実例に事欠かないよなあ・・・。

俺は、眠れない夜を過ごした。


・春香が家にやってきた:第九話

3Dモデルの春香のプロデュースは、難航していた。
ある程度の覚悟は出来ていた。俺は芸能界にもマスコミにも全くコネも何もなかったのだから。
しかし、意外な所に大きな問題があった。
天海春香、その名前が、現在進行中のコンテンツのキャラクター名と完全に一緒である、ということだ。
名前が一緒なのは当然、当たり前だ。しかし、全く同じ氏名を芸名として使うとなると、話は別だ。
手始めに、と考えた小さなライブハウスですら、ライブのタイトル「天海春香ソロライブ」を、それはまずいから変えた方がいい、と言い出した。
しかし、天海春香という本名以外の名前を使うことは、意味がない。だいたい本名を使って何が悪い。
と言いながら、その本名であることを証明できる物がないのだ。

そうして、俺は副業(会社員)を休んで本業(プロデュース業)にいそしむこと数日。
その日も、何の成果も上げることなく、俺は家に帰って来た。
「ただいま・・・」
返事がない。
おかしい。春香がいるはずなのに、と思いながら、自分の部屋に入った。
春香がそこにいた。
春香は目に涙を浮かべ、怒りとも憤りとも悲しみともつかない表情で、こっちを見た。
「プロデューサーさん!私って、いったい何なんですか?!」
「え?ど、どうした、春香?」春香の雰囲気は尋常ではない。
「私、これ見ちゃったんですよ!」
どさどさっ
げえええっ!俺の秘蔵のアイマス同人誌(18禁)!!
「あ!ち、違った、これじゃないです!こっちでした!」
どさどさっ
え?
これは、ただのアイマスのムック本じゃないのか?
「これが・・・どうかしたのか?」
俺は、おそるおそる訊いてみた。
「私って、天海春香って、ゲームの中の存在なんですか?」
「は?」
「ここに書いてあることって、全部本当に私の、私たちのことなんです。この絵もみんなそうです。でも、それってこの世界のゲームの中のことなんですよね?」
「あ、ああ・・・それは、その通りだ。」
「つまり、私は、私のいた世界は、ゲームの中に作られた、ゲームの中だけのものってことじゃないんですか?プロデューサーさんの言っていた、別の世界って、ゲームの世界のことなんですか?」
あ・・・
そうか。そういうことか。
俺たち鍛えられたプロデューサーは、春香のいる世界が、実在するものであるかのように考えている。
しかし、普通に考えれば虚構の存在だ。
つまり、春香は自分が虚構の世界から来た存在だと、そう思ってショックを受けたんだ。
それも当然だ。自分のいた世界が虚構だなんて、考えただけでぞっとする。

しかも、それは俺の考える限り事実だ。
春香はすがるような目で俺を見ている。
しかし、かける言葉が見つからない。

やがて春香はその場に崩れて泣き始めた。
「春香・・・」
「お母さん・・・小鳥さん・・・千早ちゃん・・・みんな・・・みんな、ゲームの中なんかじゃないよね?・・・みんないるよね?」

その時。
どこからか音楽が聞こえた。
「・・・私の携帯?!」
よく聞くと、曲は団結のイントロだ。
ずっと圏外表示のままだった春香の携帯が、鳴っていた。
番号は非通知。
春香がおそるおそる電話を受ける。

「もしもし・・・え?小鳥さん?!」
小鳥さんだって?!
どこから?どうやって?
そうか!小鳥さんは○女のまま○0歳を迎えて魔法が使えるようになったんだな!


・春香が家にやってきた:第十話

3Dモデルの春香に、小鳥さんから電話がかかってきた。
「はい。プロデューサーさんなら、いますよ?今かわります。」
春香が携帯を俺に差し出す。俺はそれを受け取った。
「もしもし。」
『あ、プロデューサーですか?音無です。音無小鳥にじゅうチョメチョメ歳です。でも年齢は秘密ですよ♪』
あんた、絶対魔法使えるだろ?魔法で俺の心読んでるだろ?
「ところで、音無さん、今どこから電話かけてるんですか?」
『事務所からですよ。そうそう、プロデューサー、最近全然事務所に来ないで、どうしてたんですか?ま、まさか!春香ちゃんと駆け落ちとか・・・!?これは、765プロ始まって以来の大スキャンダル!!もし悪徳記者に知れたら・・・』
「な、何言ってるんですか?違いますよ!」
事務所に来てない・・・?
あ、そう言えば、春香が来てから、箱○もアケも全然やってなかった。まさかそのこと?
そう思って部屋の隅の箱○を見る。
ん?電源が入ってるぞ?
春香が慌てて「あ、それは私が、どんなゲームなのか知りたくてつけたんです。」
『事務所のみんなも、私も、困ってたんですよ。春香ちゃんにもプロデューサーにも連絡が取れなくて。』
この箱○の電源が入ったら、小鳥さんからの電話が通じた・・・そういうことか?
もし、そうだとすると・・・
「すみませんでした。後で事務所に行きます。ところで、一つお願いがあるんですが。」
『はい。なんでしょう?』
「もし、今から30分しても、春香が事務所に行かなかったら、もう一度春香の携帯に電話してもらえますか?」
『30分後ですね。わかりました、じゃあ事務所で待ってますね。』
「お願いします。じゃあ後で事務所で」
俺は電話を切った。

「プロデューサーさん、今、私が事務所に行くとか言ってませんでした?」
「ああ。俺の考えが正しければ、だけどな。ちょっと一緒に事務所に行ってみよう。」
俺はあえて軽い調子で言った。
「それって・・・私が、元の世界に帰るってことですよね?」
春香、どこ見てしゃべってるんだよ?
「まだ決まった訳じゃないが、ちょっとやってみる。」
「私が帰ったら、プロデューサーさんは?」
「俺も事務所に行くってば。」
「あ。そっか・・・うーん・・・なんだかよくわからないんですけど・・・」
ダメだ。ここで時間をかけたらダメだ。どんどん話がややこしくなる。俺の気も変わるかもしれない。
俺は箱○のコントローラを接続し直した。サインイン。
「帰ったら、またここに来れますかねえ?」
「俺が事務所に行くよ。前みたいに。いつものように。」
ゲームを起動させる。
「プロデューサーさんは、私が帰ることになっても、さみしいとか思ってくれないんですか?」
      • だめだったか。さすがの春香も察したらしい。
ひとつ深呼吸をしてから、答えた。
「春香、俺は、春香にアイドルでいて欲しい。そして、俺はこの世界じゃ春香をアイドルにすることができないんだ。」
自分が言っていることが、本音か建前かわからなくなってきた。
「だから、元の世界で、一緒にトップアイドルを目指そう。な?」
現に春香は、さっきも元いた世界のことを思って泣いていたじゃないか。
帰ることが、春香にとっても最善の道なんだ。俺は半ば自分に言い聞かせた。
「で、でも、今すぐじゃなくてもいいんじゃないですか?」
「逆だよ。今すぐじゃなかったら、二度と帰れなくなるかもしれない。」
いつ箱○がRRoDくらうかもしれない。そうなると、福島に行って帰って来た箱○が元と同じ次元連結機能を備えているとは限らない。
それどころか、また電源を入れ直しただけでも、もうダメな可能性だってある。現に俺が、何百回と起動したって、小鳥さんから電話がかかって来たことなんて一度もなかったんだから。
「・・・わかりました。」
俺はその返事を聞いて、正直ほっとした。
あらためてスタートボタンを押して、ゲーム開始。
「プロデューサーさんは、プロデューサーさんですものね。」
「当たり前だろ?」
ユニット選択画面。
「でも、もし帰れなかった時は・・・」
「それは、まだ考えなくていいんじゃないか。」
ユニット選択。選んだユニットは『トリコし苦労』、春香、千早、雪歩のユニット。ランクAだ。
「でも、その時は、プロデューサーじゃないプロデューサーさんと、アイドルじゃない私とか・・・そんな未来があるのかなあ、なんて。」


・春香が家にやってきた:最終話

「でも、その時は、プロデューサーじゃないプロデューサーさんと、アイドルじゃない私とか・・・そんな未来があるのかなあ、なんて。」

ドクン!
春香の言葉は、俺の心臓を直撃した。
そうか。そう言えば、俺はずっとプロデューサーとして春香を見ていた気がする。
もっと素直に、自分の意志で、春香と日々を過ごすことは出来たんじゃないだろうか。

でも、その日々だって突然終わる可能性はあるんだ。春香が突然こっちの世界に来たのと同じように。
だったら、春香が帰らなくても、突然帰っても、ずっとアイドルとそのプロデューサーという関係でいるのが、俺にとっても春香にとっても、幸せなんだ。
それに、俺はやっぱり、アイドル天海春香が好きだ!歌って踊る春香が!

「おはようございます。プロデューサーさん!」
画面から、春香の声がした。
あわてて周囲を見渡す。
さっきまで隣にいた春香は、もうそこにはいなかった。

ふう・・・
体中の力が抜けた気がした。
最後はあまりにあっけなかったな・・・
春香ぁ・・・

「あれ?私、おはようございますって、さっきまで夜だった気がするんですけど、朝ですよねえ?それに私、事務所に来てますよね?あれ?」
盛大に吹いた。
画面の中に、この世界から帰って行った春香がいた。
「春香ちゃん、プロデューサー、おはようございます。」
「あ、小鳥さん。おはようございます。今日は朝の挨拶は社長じゃないんですか?」
「ええ。ちょっとプロデューサーに業務連絡があるの。さて、プロデューサー、さっそく業務連絡です。」
俺?俺のこと・・・だよな?
「まずは、春香ちゃんを無事に返してくれて、ありがとうございます。お礼に今回は、一回だけの特別ボーナスプロデュース週にしますね。」
え?なに?リアルでフラグ立ててスペシャルステージ突入ですか?
「そのかわり、この週のプロデュースが終わると、セーブができません。さらにこのユニットのデータは消えちゃいます。」
「おい、それはないだろう?!」
俺は、つい画面に向かって声を上げた。
「仕方がないんですよ。春香ちゃんがいなくなっちゃうなんて、重大な欠陥を出しちゃったデータなんですから、本当は、黙ってプロデューサーデータを丸ごと消しちゃってもいいくらいなんです。」
いやいやいやいや。それは勘弁して下さいマジで。
「では、ボーナスプロデュース、スタート!」
選択の余地なしですか。

「プロデューサーさん。今回は、ありがとうございました。あの、私たちからお礼があるので、どうか受け取って下さい。」
私たち?
お、いつの間にか千早と雪歩もいるのか。例によって一言もしゃべらないけど。
「じゃあ、行きましょう!」
行くって、どこへ・・・?
「着きました。ドームですよ、ドーム!」
はやっ!
「私たち、明日からここでライブがあるんです。そして、会場内ではたった今、明日のステージのセットが終わったところなんです。そのステージで、なんと、プロデューサーさんのためだけに、一曲歌っちゃいます!名付けて、Live for P!」
ドームで、俺だけのために・・・。
シチュエーションとしては、かなり嬉しいな。
「あの・・・私たちにできるお礼って、こんなことしか思いつかなかったんです。でも、プロデューサーさんのために一生懸命歌います。だから、聞いて下さいね。」
3人はすでにステージ衣装に着替えていた。
もしかして、俺はお客さんだから衣装や曲やパート分けを選んだりできないのかな?
せっかくの特別ステージだから、最前のかぶりつきでグラビア水着2を堪能とか、そういう特典はなしですかそうですか。
いかん。画面越しだと思うと、ついつい、いつもの下衆さが出てしまう。春香が俺のためだけに歌ってくれるというのだ。心して聞こう。


「それでは、行きます。曲は『まっすぐ』」

ピアノのイントロが流れ出す
心の奥に触れるメロディー
何度、このメロディーを聞きながら、プロデュースの日々を回顧したことだろう

春香のボーカルが入る
甘い声が、しっかりと力強くメロディーラインを辿る
これがAランクアイドルにまでのし上がった春香の歌だ
デビュー当時の春香とは、まるで別物だ

いや、春香だけじゃない
千早も歌の表現に厚みを増し、雪歩もその歌に艶を加えている
ああ・・・俺は、なんて幸せなプロデューサーなんだ・・・
自分の手によって成長した彼女達の姿を、この目で見られるなんて・・・

曲は間奏に入った
ピアノが流れる
こ・・・これは、ゲームエンディングバージョン?!

ピアノが奏でるメロディーの中、俺は春香との日々を思い出していた
ほんの数日間、でもいろいろなことがあったようななかったような日々

すると、雪歩が中央に進み出る
「春香ちゃんを、ありがとうございました。」

え・・・

千早が出てくる
「春香のこと、本当にありがとうございました。」

最後に、半べそ顔の春香
「あ、ありがとう・・・っ ございましたっ!」
春香の顔が、俺の涙で滲んだ

春香は、それでもこらえて歌い続ける
その歌は最後まで大きく乱れることがなかった


素晴らしいステージだった。
曲が終わると、俺は画面越しに拍手を送った。

春香が、ついにこらえきれずに泣き始める。
千早と雪歩が、両側から歩み寄って、春香の肩を抱く。
二人は、顔を見合わせると、こちらに向き直って、深くうなづいた。

ああ。お前たちが一緒なら、春香は大丈夫だな。
そう思った瞬間、こらえてきた涙が堰を切った。

千早と雪歩が見守る中、俺と春香は、いつまでも泣き続けた。


・春香が家にやってきた:エピローグ

『そこでこっちを見ている君!』
社長の声で飛び起きた。
周りを見回す。
俺の部屋だ。
俺が向こうの世界に行ったというわけではなかった。
『そう、君だよ、君!』
ゲーム画面から出ている声だった。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。外は朝になっていた。
俺は、携帯を取り出して日付を確認した。
春香が帰って行った翌日の日付だ。
全てが夢だった、ということでもなさそうだ。
「社長、失礼します。」
俺は一言断りを入れて社長の言葉を遮り、スタートボタンを押した。
ユニット選択画面を確認する。
『トリコし苦労』は存在しなかった。

はあ。
俺はため息を一つ、ついた。

視線を落とすと、妙なものが目に入った。
「リボン・・・?」
俺の左手首に、リボンが結んである。
赤いリボン。

よくよく見てみると、リボンの裏には、何か字が書いてあるようだった。
春香、バカだなあ。
字なんか書いてあると、俺はそれを読むために、せっかく春香が結んでくれたリボンを、ほどかないといけないじゃないかよ。

シュルル、とリボンを解く。
リボンの裏には、こう書かれていた。


 心はいつでも一諸ですよ! 春香


俺は・・・
泣いたらいいのか、笑ったらいいのか、突っ込んだらいいのか、わからなかった。

しばらく考えてから、俺は、リボンをPSPにストラップ代わりに結んだ。
これで、いつも、いつでも”いっしょ”だな、春香・・・。