真の中の人がやばい


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「雪歩、『中の人』ってなんのことか知ってる?」
「えええ!どどど、どうして私にそんなことをっ」
 ある日の午後、事務室で仕事までの時間待ちをしていた真が、顔を出した雪歩に訊ねた。
「え?いや、いま『喋ったー』見てたらフォローしてる人がそんな話を。どうかしたの?」
「あ、そ、そうなんだ。あはは、急に不思議な言葉が出たから驚いちゃった。どんな話なの?」
 真が雪歩に示した液晶画面には、ある少女漫画がアニメ化するという話題が続いていた。
「主人公の子、ボクすっごい憧れちゃってるんだよねー。で、この人が『中の人がヤバイ』って
書いて、他のフォロワーさんとケンカ始めて」
「あ、なるほど。……ふうん、これだと多分、アニメで声を当てる声優さんのことかなぁ」
「やっぱりそれでいいのか」
 小さな文字列を大雑把に追うと、その声優は最近他の芸能人と交際していることが発覚した
人物で、「好きだったのに裏切られた気分だ」「ファンなら幸せになるよう祝福するべきだ」「この
アニメ化のための話題づくりではないか」などと言い争いが始まっているところらしい。
「この人の参加してるアニメや映画、いくつか知ってるよ。でもそれとこれとは別なんじゃないかな」
「声優さんも今は音楽CD出したりライブやったりするし、私たちアイドルと活動内容は変わらない
よね。ファンの人はやっぱり、好きな人に恋人ができたらショックなんじゃないかなぁ」
「ううーん。ファンの人がいっぱい増えると嬉しいけど、考え方は色々あるんだろうな」
「仕方ない……って言ったらいけないんだろうけど、でも、私たちが会ったこともない人たちが、
私たちを見てくれているっていうこと、大切に考えなくちゃね」
 765プロでも時々『勉強会』と称してお金のことや法律、芸能人としての心構えなどをレクチャー
されることがある。特に恋愛ごとに関しては何度も出てくる『タブー』のひとつだ。
 異性との恋愛など、男性に近づくことも出来ない雪歩にとってはむしろホラーじみた話ですら
あるが、真としては釈然としない部分が大きいようだった。デビュー前は普通の女子高生だった
のだ、無理もない話かもしれない。
「雪歩は好きな人って、いる?」
「ええ?そ、そんなの無理だようっ」
「あ、そか、だよね、ゴメン」
 いきなり聞かれて面食らう。真も軽い質問のつもりだったようだ。
 実は気になる人物はいないわけではないが、……今のままではどうしようもあるまい。ふと
チャンスだと思い、彼女に聞き返してみた。
「あの……」
「うん?」
 こちらに向ける瞳に、思い切って口を開く。
「ま、真ちゃんは、いないの……?好きな人、とか」
「……っ」
 彼女の動きが止まった。目が泳いだ。頬が上気して、やがてたどたどしく両手をぱたぱたと振った。
「い、い、い……っ、あ、あははは、いないよそんな、もちろん、まさか、あはは、あは」
「……そ、そうだよね、ふふ、うふふふふ」
 一緒になってしどろもどろに笑いながら、あっ、と思った。これは……これが……恋する乙女、
というものか。
「おーい真、そろそろ時間……お、雪歩も来てたのか」
 突然ドアが開き、プロデューサーが顔を出した。これから真の営業に付き添うようだ。
「あ、おはようござ――」
「うひゃあっ?」
 雪歩の横で、真が素っ頓狂な声を上げた。
「……どうかしたのか?真」
「な、なっ、なんでもありませんプロデューサー!し、仕事ですか仕事ですよね、ボクちょっと
準備してきますっ」
「ああ、頼む……な」
 風切るごときスピードで部屋を出てゆく真を目で追いながら、プロデューサーは訊ねる。
「雪歩、なんかあったのか?いま」
「さあ」
 と、口では答えたが、雪歩は軽いめまいを覚えていた。これは、大変だ。どう見てもあからさま
ではないか。

 雪歩は今、先ほどの液晶画面で争っていた者たちの気持ちがわかったような気がした。

/おわり