翔太風邪ひいた


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

「っくしっ!くしょんっ!」
 ふぁ、しまった。予感はしたけど、止めることができなかった。打ち合わせが終わって、社長の
いなくなった夕方の会議室で、時間つぶしの雑談をしていたときのこと。
「おいおい、カゼか?そんな寒そうなカッコしてっから」
「ここんとこ寒い日が多かったからねえ。オコサマにはこたえたかい」
 冬馬くんと北斗くんが、ここぞとばかりにニヤニヤ笑いを浮かべた。
「ふんだ、きっとかわいいファンの子が僕の噂でもしてるんだよ」
「くしゃみ二つは悪い噂だって言うねェ」
「二人でいい噂してくれてるのかもよ?」
 憎まれ口をきいてみるものの、出てしまったものは引っ込められない。黒井社長がいたら
同じく、自己管理がなってないと言われちゃうだろう。
 確かに、ここのところは忙しかった。もともと予定されていたツアーの仕上げ期間だったし、
狙っていたとは言え新曲のCDがバカ売れでテレビの飛び込みが3件も入ってしまったのだ。
2件は断れそうだったのに、共演者の名前を聞いて社長の目の色が変わっちゃった。
『765プロだと!?よかろう、お前たち、連中を完膚なきまでに叩き潰して来るのだ!』
 言うはやすし、だよ。あそこのアイドルはいま、流れに乗ってる。だいたいフェスティバルでも
ないのに戦って勝って来いとか、ねえ。
「とにかく、俺たちにうつさないでくれよ?」
「だな。足手まといになるんじゃないぜ、ボーヤ」
「冬馬くん北斗くん、僕のカゼがうつるんなら二人もその程度ってことなんじゃないの?」
「ざけんじゃねえ!俺が風邪ごときに負けるか」
 こう言うときにつっかかって来るのは冬馬くん、鼻で笑うのは北斗くん。
「いいか翔太、とにかく俺たちや事務所に迷惑かけるなよ。なんぴとたりとも俺たちを脅かすことは
できない。それが765プロだろうと他の事務所だろうと、風邪や雷や交通事故であろうとも!」
「冬馬くん後半おかしい。自然現象と不可抗力入ってる」
「うるせえ、そのくらいの心構えでいろって話だよ」
「冬馬くん、雷こわいの?」
「こわいわけあるかっ!」
 冬馬くんの演説はきりがないので混ぜっ返した。実際のところ、僕より二人の方が疲れている
はず。どっちも他人の前でカッコ悪いとこ見せるの嫌いだから絶対認めないだろうけど、冬馬くんは
人一倍練習してるし北斗くんは今回のツアーでは演出に参画してる。
 だから、僕は僕で二人には離れていて欲しかった。
「まあいいや。今日は夜まで仕事ないんでしょ?僕、ここで一休みしてから合流するから、二人とも
先に行っててよ」
「医者に行った方がいいんじゃないのか?」
「またまた。誰かに見られたらあらぬ噂立てられるでしょ?そもそもそんなにひどくないって」
「まーアレよ、それだけ言い返せりゃ上等でないの。冬馬、行こうぜ」
「ん、ああ」
 まあ、実際このくらいの不調は不調のうちに入らない。夏休みのツアー中なんか体温が基本的に
38度から下がらなかったし、口には出さなかったけどあの二人も似たようなものだった。鞄を引き寄せ、
持ち歩いている風邪薬を栄養ドリンクで飲み下して、1時間くらいは眠れるだろうと椅子を回した時。
「……翔太、まだいるか?」
 ノックとともに、入ってきたのは冬馬くん。
「忘れ物?」
「まあな」
 そう言いつつ、なにかを探すでもなくどかりと椅子に座り込んで、そっぽを向いたまま黙ってる。
「なんなの?僕、寝ておきたいんだけど」
「ああ、気になるか、すまねえ」
 ようやく動き始め、ポケットをまさぐる。出てきたのは小さな包み。
「やるよ。俺が使ってる漢方だ」
 それだけ言って、出て行ってしまった。
「……ぷっ」
 思わず、吹き出す。
 かわいいとこあるよね、冬馬くん。誰かに言ったらたぶん怒るから、秘密にしておくけど。

 そのあと北斗くんも栄養ドリンク買って戻ってきたから、その二つは収録後に使うことにした。
 ね。こんなんじゃ、風邪なんかひいていられないよね。

/おわり