『命題「愛は人を殺すか?」』


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「私は愛が人を殺すとは思いませんよ。だって、愛と言うのは誰かを心から信じ、許すことです。違いますか?」
絵理ちゃんのアガリ性対策になればと事務所の一角を借りてディスカッションをしている。
お題はサイネリアさんから直前にメールして貰った。今のところ、ディスカッションの勝率は半々。地力の差を考えるとせめて七割は勝って欲しいところだけど。
「その点は肯定?」
その言葉を受け、言葉を返す。
「それならば、簡単です。人を殺すのは『愛』ではなく、『独占欲』または『嫉妬心』です。共にあることが多いために間違えられますが、『愛』とその二つは必ずしも一つではありません。いかがですか?」
手加減はしない。練習にならないから。感情はなしに理論をぶつける。
「涼さんは、一つ失念してる?」
頷き、先を促す。
「確かにその定義ならば『愛』は『他人』を殺す事はない?
だけど、『人』は『他人』だけではない?」
しまったと顔に出してしまった。ディスカッションではリアクションも理論を正しく見せるポイントだ。
歌を上手く聴かせるためのダンスやヴィジュアルのように。
「そう、『愛』はその想いが故に『自分』を殺す?
あの人が幸せなら、と『自己』を消し、必要ならと与え『財産』を失う?
残るのは空っぽの『自分』。それは『愛』に殺されていると言える?」
二の句が告げない。
「……絵理の勝ちね」
ジャッジ役の尾崎さんが判定を下す。
「絵理は涼の意見を肯定した上で別の形の『愛は人を殺す』事を提示したのに対し、涼は否定出来なかった」
贔屓なしで絵理ちゃんの勝ちだ。僕相手なら意見を交わせる程度には慣れて来たかな。
「今度は愛辺りに相手をお願いしようかしら」
「愛ちゃん、ディスカッション苦手そうですけど?」
「強い弱いじゃなくて、感情相手に冷静なまま意見出来るようになって欲しいのよ……まだ遠いけどね」
なるほど、ディスカッションのルールを理解している僕じゃ駄目な訳か。

そういえば、今日は事務所が静かだと思ったら、愛ちゃんがいなかったのか。
愛ちゃんと絵理ちゃん……ディスカッションになるのかな?

絵理ちゃんと帰っていると絵理ちゃんの携帯が鳴った。
微かに聞こえた『先輩』と言う言葉から、相手がサイネリアさんであることが分かる。
絵理ちゃんは話を切り上げると、こちらを向いて言葉を発した。
「『愛』は、」
ディスカッションの反省をしながら帰るのは通例で絵理ちゃんが言えなかった事を聞く事が多い。
脈絡はないがそうなのかと思い耳を傾けた。
「『狂気』に変わる? 与え続けられる程人は強くない?」
肯定する必要さえなかったのか。落ち着けば変わった『ソレ』を『愛』と呼ぶかで勝負出きるけど。
「だから、答えて? 涼さんが好きなのは『愛』? それとも私?」
決定的なズレを感じた。そして感じた後では、間に合わない事にも気づいた。
上着をまくり、白い肌を晒した絵理ちゃん。そこには痛々しい痣があった。
「どうしたの?」
流れから愛ちゃんが原因なのは分かる。
だけど、その現実から逃げてる、どうしろと言うのだ?
二人が僕の事を好きだった、それは理解出来た。
なぜ、僕を取り合うのか、分からない。僕より格好いい人は沢山いるのに。
「涼さんを返してと、言われた? 少し家でお仕置きしてる。
愛が大切なら、来る?」
事態の把握に失敗した。状況が理解仕切れない。
「愛は狂気へ、それから凶器にもなる?
想いが強いから」
抱き付かれ、耳元で囁かれる。
「私の想いも負けてない?」
そう言った絵理ちゃんの瞳は、確かに狂気に染まっていた。