暗い舞台に真上から、まばゆい光が降り注いだ。
ざわ、とどよめく客席に、あれ誰だ、とか、えっまさか、みたいなひそひそ声が聞こえてくる。まずは静かに、お辞儀とともに一言。
「本日は星井美希のコンサートにお越しくださり、ありがとうございます」
私の声には特徴がある。知ってる人なら間違えないくらい。案の定、気づいた人がいた。
「伊織ちゃん!」
「いーおりーん!」
舞台上の正体を知った会場の空気が一変する。そこからゆっくり、十まで数えた。
そろそろいいかなとあたりをつけて、マイクを構えて息を吸う。ゆっくりとした動きで指を開いた右手を、真上に向ける。
「さぁてっ!」
しん。私の一喝で、観客が息を潜めた。
「美希のために来てくださったファンのみんなに……」
五本指を右端の観客に移動。そこから呼吸に合わせて、反対端のファンまで順繰りにたぐりよせてゆく。本日お越しのお歴々、ってわけ。
「大事なお知らせがあります。一部音響設備の調整のため、ライブの開演を30分遅らせることになったの」
ええっ、と今度はがっかりしたような声。
本当は、機材ではない。トラブっていたのは、美希本人だった。
──39度超えてるじゃない!どうしてこんなになるまで黙ってるのよ!
──だって、ファンのみんながぁ。
──アンタが倒れちゃったらそのファンはもっとショックでしょうがっ。
──だって、だってー。
あの時のMCが効いたらしい。コンサート直後からオファーが殺到し、美希は今日までほぼ休まず仕事をしていた。
プロデューサーはずいぶんセーブさせようとしたそうだけれど、美希本人がやりたいと言って聞かなかったのだ。
「でもね、安心して。幸いこのマイクや、他の機材もいくつか生きてるから」
今、美希は控え室で寝ている。というか、寝ろって命令してきた。
毛布でぐるぐる巻きにして、エネルギーゼリーをくわえさせて、ついでに差し入れのおにぎりを持たせて、出番までに熱を下げろと言ってやったのだ。
「この水瀬伊織ちゃんが、世界一贅沢な前座をやってあげるからねっ!」
どお、おっ。ファンの歓声は見えない音圧になって、私の立っているステージまで押し寄せてくる。
ぞく、ぞくぞくっ。
体の奥に震えが走る。
『美希を見に来たんだから伊織なんか引っ込め』なんて言われたらどうしよう……ともちょっとだけ思ったけど、どうやら一安心。まだまだ美希には負けないでいられそう。
怒涛のコールに圧し負けないよう、肺いっぱいに空気と気合を溜め込む。
「いい、アンタたち!開演までにちゃあんと会場あっためとかなかったら、美希ががっかりするかもよ?」
言葉を切る度に、観客の声圧が上がってゆく。美希は、いいファンに恵まれてる。
「ぬっるいコールなんかしたら、あの子はステージだって寝ちゃうわよ!」
私たちのため、なんて言葉通りの働きではなかったと、プロデューサーから聞いていた。あの時の美希は結局、決まった誰かじゃなく765プロ全体のために、キラキラ輝くステージを作り上げたのだ。
「美希がハジけられるように、いいわねみんな!」
そんな子に全部やらせっぱなしじゃ、私の名前がすたるじゃない。
だいたい、借りっ放しというのは性に合わないのだ。ここで勘定を御破算にして、明日から正々堂々と競い合うのが……ライバルだし、ともだちでしょ?
「さあ、お立ち合いよ!伝説の星井美希の!伝説のファーストソロコンサートの!これまた伝説の前座ショー!」
割れんばかりの歓声の渦に、伴奏が飲み込まれてゆく。この熱気では無理もない、でもそれでいい。
「とくとその眼に!焼き付けなさぁいっ!」
私の歌が、この渦を握っちゃえばいいんだからねっ!
翌日は竜宮小町の収録があって、オフをとった美希がお礼と応援に顔を出してくれた。
「どうしてこんなになるまで黙ってるのーっ」
「うるさいわね、あんたと違って微熱の範囲内よ」
「デコちゃんが倒れちゃったらファンのみんながショックなんだよおっ」
「倒れてないし今からしっかり仕事してくるわよっ!」
昨日のアレで風邪をうつされた。元気になった美希はここぞとばかり、うれしそうに攻め立てる。
「うふふぅ。ねーデコちゃん」
「デコってゆーな」
「ミキ、デコちゃんたちの前座やってこよっか?」
「~~~~っ!」
ニヤニヤしながら見守るあずさと亜美の前で私は、さっき咥えさせられたエネルギーゼリーのパックを、美希に思いっきり投げつけた。
おわり
最終更新:2011年11月21日 22:31