メロディ


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

僕と彼女の手の中に、ひとつひとつのレジ袋。
中に入った買い物は、タマネギ人参、肉・お芋。レシピを訊ねてきた時は内緒だよって言ったけど。
まあ、わかるよね、これならば。カレーのルーも買ったから。

「カレーって、けっこう家によって味違うわよね。私、割とうるさいわよ?」
「へえ、どんなのが好きなの?夢子ちゃん」
「美味しいのが好きね」
「……あ、そう」

答える顔は自慢げで、自分がなにを聞かれたか、そうしてなにを答えたか、カケラも気にしてないみたい。
もっともそれが隣の子……肩で風切り機嫌よく僕より先を歩いてる桜井夢子のいいところ。
今日は彼女と収録で、お互い午後はお休みで、これから何かしようかと誘った時の会話では。

『お腹すいちゃったわね、なにか食べない?』
『うん、僕もどうしようかって思ってたんだ。今日は予定なかったから、家で何か作ろうかって思ってたんだけど――』
『へえ、いいじゃない。お邪魔してもいいの?』
『――えっ?』

普通はどこかで外食か、ぎりぎりテイクアウトかな、そういうつもりで応じたら、こんな返しが待っていた。
僕の気弱が悪いのか、心の悪魔が囁くか、家には誰もいないのにああそうだねと誘う僕。
なにかを期待するじゃなし、彼女と長くいられたら……そんな程度の下心、隠して歩く帰り道。

「でも、さっきの現場、けっこうしんどくなかった?」
「え、そう?」
「だって全員参加のクイズコーナーとか、クイズって言ってたのに体力使うやつばっかだったし」
「ああ。でもほら、僕途中で脱落しちゃったし」
「あー!思い出した!1問目のマルバツでアウトだったわよね」
「たはは。あれ、姉ちゃんが放送見たらお説教だよ」
「簡単なヒッカケ問題だったのにね、おばかさん」
「ひどいよ夢子ちゃん、カレー作ってあげないよ?」
「そんなこと言う口はこれかあっ?」
「ひて、ひててて」

ふざける隙もあらばこそ、帰途は彼女の独壇場。
いつも彼女はご機嫌でいろんなことを憶えてて、今日の現場の話から、クラスの仲間のうわさやら、
先週見てきた映画とか、次から次へと話しだす。こちらはこちらでただそれを、聞きつつ歩く習い性。
いつしか持ってた買い物も、ふたつ揃えて僕の手に。
手足の振りや表情や、声の高さや大きさを、自在に変えていくつもの話題を振りまく夢子ちゃん。
僕は彼女のその顔に、見とれて返事をするだけで……そのうちこんなイメージが、僕の心をノックした。
彼女の向こうの風景に、気づいて楽しくなってきて、含み笑顔で相槌をただ打つ様に気づかれて。

「……涼?」
「え、うん、なに?夢子ちゃん」
「なによ」
「なにが?」
「なにがじゃないわよ!急に黙り込んでこっちの方ずっと見つめて。なんか、変だわ」
「そんなことないでしょ?だいたい夢子ちゃんが喋ってる時は僕は口を挟むヒマなんか」
「なんですって?」
「……いやその、ね」

あっという間に降参し、僕の視線のその先にさも一幅の絵のごとく映る景色を指差した。

「あそこの、電線がね」
「電線?……ああ、あれ」
「夢子ちゃんの向こうにさ、横に張ってあるのが見えて。それが、まるで五線譜みたいに見えるんだよね」
「五線譜?楽譜の?ふうん、言われてみるとそうかもね」
「譜面を背景にして、きみが楽しそうに話しているのを見てたら、なんだかいい曲でも浮かんできそうでさ」

ここ最近では珍しくほの暖かい太陽に、彼女の頬も照らされて赤くなるのは錯覚か。
しばらくじっと僕の目を見つめ続けていたけれど、さすがになにか呆れたか、ボソッと言って横向いて。

「……キザ」
「えええ?」
「武田さんじゃあるまいし、アイドル風情がぽんぽん曲なんかできてたまるもんですか」
「べ、べつにそんなにいっぱい思い浮かぶわけじゃ」
「いいわ、聴かせてごらんなさいよ、そのあんたのオリジナルソング」
「え?こ、ここで?」
「曲が浮かんだんでしょ?聴いてあげるわよ、嘘じゃないんならね」
「お……思いついたところだけ、だけど」

睨みつけられ挑まれて、こちらも引くに引けなくて、さっき記憶の片隅に、録ったかけらを紡ぎ出す。
歌と言うには歌詞もなく、曲と言うには短くて、まるで今ある僕みたい、中途半端なメロディで。
だけど確かに言えるのは、今この僕の口を出て、君の耳まで届いてる音に織り込む感情は、
ほかの誰かのものじゃなく、まごうかたなきこの僕が、今すぐ横で目を閉じるきみに捧げるメッセージ。
ラララで綴ったアカペラがどんな形に映ったか、僕には予想もできぬまま、ミニコンサートは幕を閉じ、
夢子ちゃんはと目をやれば、きょとんとしたまま固まって、ここにいるのは僕じゃないおかしなものでも見てるよう。
うまくは伝わらなかったか、あるいはまるで的外れ?彼女はあたりを見回してなにか言葉を探してる。
……歌い手なのにこの仕打ち。
僕は自信を失って、肩も落として気も落とし、後悔ばかりが浮かんでる。

「あは、あはは、あんまりうまくないね、やっぱり。ごめんね、つまんなかったよね」
「……早く案内してよ、あんたん家」
「あ、そうだね、長く外にいたら体にもよくないしね」

軽くうつむく体勢で小さく僕につぶやいて。これは機嫌を損ねたか、慌ててフォローに取りかかる。

「ごめんね夢子ちゃん、自分ではわかんないものだね。そこまでひどいとは思ってなかったんだ、ごめん」
「……」
「ほら僕これでも歌手だしさ、センスのかけらくらいあるんじゃないかなって思っててさ。き、気分悪かったならもうしないから」
「……くよ」
「うん?」
「逆よ!もうっ!」

大きな声でそう言ってキッと見据えるその顔は、予想だにせぬ表情で今にも涙があふれそう。
赤い目をした震え声。普段は強気一点の彼女の意外な一面にドキンと胸が高く鳴る。

「よ、よかったわよ、すごくいい曲だった!」
「……よかった?」
「バカにするんじゃないわよ。それを言うなら私だって歌手だわ、いいメロディかそうでないかくらい、ちょっと聴けばわかるわよっ」
「え、あ、そっか、そうだよね」
「不覚にも震えが来たわよ。許されるなら耳コピして武田さんに電話して、新曲作ってもらいたいくらい」

息を整え気を締めて、一言ずつを丁寧に僕に伝えるその声はなぜか怒っていたけれど、
中身と言えば予想外、僕のつたない手すさびに、彼女の心のスイッチを入れる何かがあったよう。

「ティッシュ貸してよ、出てこないわ」
「あ、ハイ」

僕が余所見をしてる間に溜まった涙を拭き取って、メイクも軽く整えて、彼女は再び喋りだす。

「ふう。まあ、そんなわけには行かないわよね。武田さんなら人の作ったメロディなんか使わないだろうし、まして涼のネタだなんて知れたら」
「うーん、そうかもね」
「だからね、涼。あんたが今の曲、完成させてよ」
「はい?……って、ええっ?」
「AメロBメロとサビができたら、編曲と歌詞は武田さんや、他の誰かに相談してもいいわ。それなら正真正銘、『作曲:秋月涼』でクレジット打てるし」
「ちょっと夢子ちゃん?ほ、本気なの?」

彼女の語るその夢は、今聴かされたメロディをひとつの完成形にしていつか舞台で歌う夢。
自分に宛てた曲ならば、歌いこなしてみせようと、3分前とはうらはらな自信に満ちたいい笑顔。

「なに言ってるの。私を見てて浮かんだ曲なんでしょう?」
「う、うん、そうだけど」
「なーら完成させられるわよね?まさか『夢子ちゃんにはテキトーでいいや』なんて思ってないでしょうね、涼?」
「そんなこと!」

さっき見たよな挑発に二度もまんまと乗っかって、できる見込みはあるものの、自分で逃げ場を閉じてゆく。

「うん、わかったよ。いい曲作るから、夢子ちゃんも協力してくれる?」
「もちろん」
「ありがと。これから、いろいろ相談させてもらうね」
「でも、その前にやることあるでしょ?」
「え?」
「大声出したらお腹すいちゃったわ。曲よりまず、お料理の方を早く作ってよね」
「あ、そか」
「買い物袋、一個持つわよ。いつの間にか持たせちゃってたわね」

そう言いながら僕の手の荷物をひとつ預かって。
僕の手をとる右の手は、そのまま力をそっと込め。

「……あの」
「さ、さー、早く行きましょ!」

頬を赤らめやぶ睨み。
僕の手を引きずんずんと踏み出す足も勇壮に、まるで自室に帰るよう。

「ゆ、夢子ちゃん?」
「なにのろのろ歩いてるのよ、早くしないと夕食までご馳走になっちゃうわよ」
「じゃなくて、この角曲がるんだよ、僕んち」
「!……は、早く言いなさいよっ!」
「ご、ごめぇんっ」

そんなこんなのドタバタも、気づいてるのかな?夢子ちゃん。
僕の中ではこれさえも……。

素敵な曲に、なるんだよ。





おわり