Wing gainer


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 コツはいくつかある。あるが、全てエッセンスは同じだ。「少し不安になる
くらい」、それが最大のポイント。
 少し不安になるくらい、中火の上に置き放って。
 少し不安になるくらい、たっぷりの油をなじませて。
 少し不安になるくらい、粉を溶かした水を回して。
 そして少し不安になるくらい、のんびりじっくりと蒸し焼きにするのだ。
 黒い鍋肌に白い膜ができ、それがふつふつと泡を出し、やがて茶色く
焦げてゆく。
 薄く見えるが小麦粉の皮は意外と頑丈だ。まして焼き固めるにつれ
丈夫になってゆく皮膜は、内側の具をほどよく煮込むまで充分な時間を
必要とする。家庭用コンロの中火は見た目以上に熱量が少なく、フライパンは
テフロン製、それに油をたんと含ませれば、昔の鉄鍋とは違ってそうそう
焦げ付くことはない。
 そんな御託を並べているうちに、旨そうな餃子が焼き上がった。軽く返して、
焦げた面を上にして皿に並べる。
「ほい、お待たせ」
「わ、おいしそう」
「これは美しいですね」
「貴音の大手柄だな」
 貴音の働きによる中華レストランチェーンのCM撮影、今日はその帰りに
生の餃子を山ほど土産にいただいた。
 そこで事務所に居合わせた皆で食べようと、給茶室の小さなコンロが
大活躍していたところなのである。
「撮影時の表情ばかりでなく先方の社長さんと話している間も餃子の
皿から目を離さなかったんだ、評判がよければ次も、と約束までもらった」
「プロデューサー、そのような仰り様ではわたくしが常に空腹であるやに
聞こえます」
「あ、ああすまん。ディレクターも褒めてたもんだから、つい」
「うっうー!プロデューサー、ほんとのラーメン屋さんみたいです!」
 料理のほうはどうやら及第点、アイドルたちにも好評のようだ。
「ふぁ、おコゲのところ、おいしいです!うちでお魚焦がしちゃったりすると
大ショックなのに」
「魚の皮と餃子の皮じゃ違うだろ。お好み焼きだって少し焦げてるくらいが
うまいよな」
「これ、『羽』って言うんですよね。やよい、これなんかチョウチョみたいだよ、
チョウチョ」
「おいおい、食い物で遊んでくれるな」
 春香が楽しそうに箸でふるふると揺らすのを、さすがにたしなめた。
収録でもあるまいし職業病が過ぎるとは思うが、こういうのをこころよく
思わない視聴者も多い。
「どうせならお前たちが飛び立てるような羽を生やしてやりたいところ
だけどな、プロデューサーとしては」
「餃子の羽を?」
「わはは」
 ド直球の返しに思わず頬が緩む。
「ほら、今の餃子もじっくりじっくり、時間をかけて焼きあがったろ?説明書にも
あるように、なんならレンジでチンでもおいしく出来上がる筈だよな」
 春香の箸につままれたままの一包を指差し、続けた。
「そこを中火でゆっくり焼くことで、油が回り、香ばしい焦げ目ができて、見事な
羽を生み出した。おんなじように、お前たちをじっくりプロデュースすれば
きっと素敵な羽根ではばたいてくれるんじゃないか、ってな」

「へー、なるほど。あむ」
 しばらく手元を見つめ、やがて春香は一口で頬張った。さくさくと小気味よい
音、それから幸せそうな鼻声が聞こえる。
「じゃあ、プロデューサーさん」
 ふうとひと息ついて、彼女が俺に微笑んだ。
「私たちのこともしっかりお料理、してくださいねっ」
「あ、あっ、じゃあわたしも、お料理してくださいっ!」
「わたくしからも、ぜひとも美味にお頼み申し上げます」
 見目麗しいだけでなく、口も胃袋も達者な姫君たちは、大皿に盛った餃子を
どんどん平らげてゆく。それはもちろん構わないが俺もいささか空腹だし、
このままでは出来ばえの確認すら危うい。何はともあれ箸でひとつ取り上げた。
「どれ、俺もひとつ」
「あれっ?プロデューサーさんまだ食べてなかったんですか?すみません」
「いいんだよ、お前たちの分だし。ただ作り手としてちょっと味見をね」
 醤油を慎重にひとたらし、まだ熱いだろうがそんなものにはかまわずに、
大きく口を開けてがぶりと頬張った。
「んぐ……」

 焼き固めた皮と周囲に広がる羽が、さくり。
 蒸し煮にされていた肉と野菜から汁が、じわり。
 噛みしめるたびに旨味の湯気が喉から鼻腔に、ふわり。

「ふぅ。我ながらいい出来だ」
 喉を通って溶け落ちるまでの道行きにすら味を感じる濃厚な滋味。しょせん
チェーン店と侮っていたが、これはこれなりによくできている。
 時間に追われるあまり、実は久しぶりのあたたかい食事であった。自然と
二つ目に箸を伸ばしたその時、ふと気づいたのは俺を見つめるみんなの瞳。
「……ナンスカ?」
「プロデューサーさんって……すっごいおいしそうに食べますね」
「はわぁ、なんかわたし、お夕飯も餃子にしたくなりましたぁ」
「わたくしのレポート技術はまだまだでした。今の表情、勉強いたします」
 自分で焼いた食い物に、どうやらとてつもなく気の抜けた顔をしていたようだ。
「えーっと、俺そんなに腹ペコの子供だった?いま」
「はっきり言って、見とれちゃいました」
 一瞬で耳が熱くなる。それこそ、焼きたての餃子のように。
「ま……ま、まー、アレだな!お、俺の育成テクニックはそのくらいスゴイ
ってことだ。相手が餃子だろうがアイドルだろうがな!」
「えええ?私たちって、ほんとに餃子と一緒のテクニックでプロデュース
されてるんですかぁ?」
「さっきも言ったろ?基本は一緒なんだよ。まず今はじっくり育っていけ」
 かくして。
「いつかお前たちにもいい羽がはえたら、俺が美味しく味わってやるからな!」
「……」
「……あれっ?」
「……ぷっ」
 かくしてうろたえた俺が、なかばやけくそで言い放った言葉は……。
 プロデューサーさんのえっちーっ、という大合唱で跳ね返されたのであった。



おわり