親友


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 彼女には親友がいました。
「……っていうことがあって」
「あはははは!ほんと?あのビッグアイドルがねー。意外だわ」
「あっでも、他ではこんなこと」
「え?いい話なのにー。でももちろんだよ、雪歩が嫌なら言わないから」
 友人の多い彼女でしたが、この話相手だけが唯一、『親友』と呼べる相手でした。他の『仲良しの友達』とは違う何かで、彼女とは繋がっている気がするのです。
「でも、なんか久しぶりだね、雪歩と一緒に帰るの」
「ごめんね、かずちゃん。近ごろ急に忙しくなっちゃって」
「ううん、いいことじゃん!雪歩、テレビ出ることも多くなったもんね」
「新曲、評判いいみたいで。なんか、ようやくプロデューサーや事務所に恩返しできるようになったっていう感じ」
 親友は人気のアイドル歌手で、忙しい仕事の合間を縫って学校に来る毎日が続いていました。タレントを始めた頃は放課後のサークル活動程度といった感覚だったのですが、最近は授業が終わると話す間もなく迎えの車に乗り込むような日が増えました。時には早退する日もあります。
「頑張ってるよねー」
「そ、そんなことないよ、私なんて今でもお仕事のたびにプロデューサーに叱られるし、歌もダンスもトークもちゃんとできないし」
「うわっ、ゆ、雪歩?」
「いまだに初対面の男の人いると逃げちゃうし、この前なんかせっかくプロデューサーが取ってきてくれたペットバラエティも収録順が変わって犬が出てきたからその場で硬直しちゃったし、ああ!そういえば昨日の歌番だって」
「雪歩落ち着きなって、どーどー」
「あああん、かずちゃんの前でダメダメなところ思い出して落ち込むなんて私、ますますダメダメだよう」
 親友は昔から、自分を低く評価する癖がありました。彼女はだから、そうなる度に親友に、やさしくこう告げるのです。
「雪歩はダメじゃないよ。雪歩はちっとも、ダメじゃない」
「かずちゃん」
「雪歩はさ、アイドルになって、テレビや雑誌出て、かわいい歌いっぱい歌って素敵な笑顔でいっぱい笑って、たっくさんのファンを幸せにしてる」
「でっ、でも」
「やってる本人の雪歩はさ、自分のことだからうまく行かなかったとか思うこともあるんだろうけど、見てる私たちには、それが全部『アイドル・萩原雪歩』の魅力に映るんだよ。笑う雪歩だけじゃなくて、泣いてる雪歩も怖がってる雪歩も、全部かわいいなあって思えるんだよ」
 しばらく言葉を重ねると、親友もだんだんと落ち着きを取り戻してきました。今はあまり一緒に帰れないので、彼女は親友が一人ぼっちの時に、こうなってはいないかと心配になります。
「ね、だから自信もちなよ、雪歩」
「かずちゃん、ありがとう。私、かずちゃんにたくさん助けてもらってるって思う」
「いーえ、雪歩のファン1号ですから」
「ファンっていうより、プロモーターな気もするけど」
「……言い返すようになったねキミ」
「ああっ?ごめんね、かずちゃんごめんね」
 親友にアイドルを勧めたのは彼女でした。かなり強引なやり方でしたが、親友は彼女の言うことならと一念発起してくれたのです。
「今日も仕事なんでしょ?いいの、のんびりしてて」
「あ、今日はね、駅前でプロデューサーと待ち合わせなの。西口に制作プロダクションの事務所があって、今そこで打ち合わせしてて」
 いつからでしょうか。
 プロデューサー、と親友が言う時の表情が以前とは変わってきていることに、彼女は気づいていました。
 親友の芸能活動をサポートしてくれている人物。デビューの時から迷惑をかけどおしだった、と親友は言います。
「え、プロデューサーさん来てるの?って、こんなトコに制作プロダクションなんかあったんだあ」
「うん。前にも一緒にお仕事したところでね、プロデューサーも信頼してるみたいだし、安心かなって」
 仕事が忙しくなった親友は、今や彼女よりもプロデューサーと一緒にいる時間の方が長いでしょう。彼女も何度か会っていて、いい人だとは思います。
「前の時のって話したっけ、ほら、果樹園のレポートで、プロデューサーが」
「ああ!雪歩のこと助けようとして自分だけ落っこちた」
「ち、違うよう、ちゃんと着地してたもん」
 男性と関わるのがとても苦手だった親友がこの男性のことだけは特別に思っている、と彼女が気づいたのはそんなに前のことではありません。ですが、ふとした会話の時に彼の名が出ることや、そうなった後はしばらく彼の話題が続くことが、だんだんと増えていました。
「んで、そのあと雪歩が持ってたリンゴが籠ごとプロデューサーさんの頭の上に」
「い、1個だけだようっ」
 引っ込み思案な親友のことですから、ひょっとしたらまだなにも伝えていないかもしれません。それでも、親友の想いがこうして育っていることが、彼女はとても嬉しかったのです。
「じゃあ、その打ち合わせが終わってから合流?」
「4時ごろ終わるって言ってたから、そのあと、今日はダンスのレッスン」
 時計を見ると、あと10分ほどです。それにもう駅は目の前で、あまり寄り道の余裕はなさそうでした。
「ダンスかー。体力使うね」
「今練習してるのはライブの曲なんだけど、難しいの多くてプロデューサー困らせちゃって」
 その時、彼女は気づきました。ロータリーのあちら端、改札へ続く階段の近くに立つ人影に。
「ねえ、ちょっとコンビニ寄っていい?」
「えっ、うん」
 親友が気づかないうちに、すぐ横にある店に引き込みました。向こうもこちらに気づくことはなかったようです。
「どうしたの?かずちゃん」
「私思うんだけどさ、雪歩」
「うん」
「これからダンスの練習なら、スタミナつけなきゃじゃない?」
「スタミナ?」
「とゆーわけで、私から差し入れ」
「……ええっ?」
 急展開についてゆけない彼女を放っておき、レジで中華まんをふたつ買いました。肉まんと、あんまんをひとつずつ。お金を払って、親友の手を引いて小走りで店を出ます。
「行こっ」
「きゃあっ」
 コンビニを出ながら、ほかほかとあたたかいレジ袋を渡します。中身が、ふたつとも入ったままで。
「はいこれ、あげる。レッスン行く前に食べてよ」
「え?だって、かずちゃんの分は?」
「なに言ってんの。私ダイエット中だし」
「聞いてないようっ。じゃ、じゃあ、どうして2個?私こんなに」
「さーねっ。ほら、行って行って」
 くるりと後ろに回り、今度は背中を押しながら進みます。
 二人だての電車ごっこがロータリーを回り始めた頃、駅前の彼が気づきました。テレパシーでも通じ合っているのでしょうか、親友も同時に彼を発見しました。
「……あ。プロ……デューサー?」
「えーうそどこどこ?あーほんとだあ」
「……!」
 棒読みが過ぎたようです。親友が物問いたげな顔を振り向かせましたが、それには構わずもうひと押し。
 打ち合わせが早く終わったのでしょう。プロデューサーは予定よりもかなり早く、待ち合わせ場所に立っていたようです。
「かっ、かずちゃん?」
「じゃあね、私はバスで帰るから。雪歩、それ食べてレッスン頑張ってね」
「じゃなくて、ねえっ」
 親友が言いたいことはわかります。と言うより彼女は、親友が差し入れが2個あることの意味に思い当たったことに感心していました。
 ──あらあら、立派に育っちゃってまあ。
「また学校でね。プロデューサーさんにもよろしく」
「あの」
 まだ踏ん切りのつかない親友に、最後にもう一度顔を近づけます。
「雪歩……頑張って、ねっ!」
 その頬がみるみる赤く色づくのを見て、さっきとは別の『頑張れ』をも、親友が理解したのを確信します。
「う……う、うんっ」
 もじもじしながらですがはっきりそう応じたことで、確かにこのかけがえのない友人が、新たな一歩を踏み出しているのを心から感じました。様々な感情が胸に渦巻きます。
 こちらを見る目にこもった力の頼もしさや。
 自分たち二人の絆の確かさや。
 友の成長に対する嬉しさや。
 親友に大切な相手ができたことへの安心や。
 そして一抹の……羨ましさや、寂しさや。
「じゃ、またね、雪歩。行ってらっしゃい」
「う、うん。かずちゃんありがとう、またね」
 途中で一度、名残惜しげに振り向きましたが、あとはプロデューサーに向かって一直線に駆けて行きます。遠くの彼が親友に手を上げ、それからこちらに会釈しました。
 彼女もプロデューサーににっこり笑い、ぴょこりと頭を下げます。
「……雪歩のこと、よろしくお願いしますね」
 つぶやく言葉はもちろん、彼には届きません。でも、もし聞こえたとしてもきっと、まかせとけ、と言ってくれるでしょう。
 彼女の親友はきっともう、一人ぼっちで泣くことはないのでしょう。
 顔を上げると、親友はプロデューサーまであと少しです。プロデューサーも視線を、自分の担当アイドルの方に戻していました。
 彼女はふうとひと息ついて、バス停の方に向きを変えて歩き出します。
 親友はプロデューサーに、なんと言って差し入れを渡すのでしょう。真っ赤な顔で、視線を下げて、しどろもどろで袋を差し出すでしょうか。さっきの刹那の、温かく優しく強いまなざしで『あの、友達がくれたんです。ひとつ、召し上がりませんか?』と口に出して言うことができるでしょうか。想像するだけでどきどきします。
 彼女の前を北風が吹き過ぎました。手に持っていた中華まんの熱さや、親友の手や背中のぬくもりがない今は風がなおさら冷たく感じ、思わず肩をすくませます。
「あーあ、カレシ欲しいなあ……ぷっ、ぷくく」
 小さく声に出してみて、あまりの現実味のなさに笑ってしまいました。
 どうやら自分は本気で恋人が欲しいわけではなさそうです。きっと、今のところは、キューピッド役で充分なのでしょう。
 そうして彼女はくすくす笑いながら、軽い足取りでバス停へ向かってゆくのでした。





おわり