『white step』


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 朝の出掛けの小糠雨は、電車を降りるころにはみぞれ混じりになっていた。
 あー雪だ、えっほんと、じゃあ初雪だね、なんていう女の子たちの歓声を横で聞きながら、顔を伏せて改札を
抜ける。ほんとは少し前に初雪のニュースをやっていたけれど、わたしも目にするのは今シーズン初めてだし、
そう思っていた方が気分はいいかも。
 ――お前もそろそろ顔が売れてきたし、ファンの子に囲まれたりしないように工夫しなきゃな。
 プロデューサーがそう言っていたのを、ふいに思い出した。今日は傘があるから大丈夫だと思うけど、春香ちゃん
みたいにメガネとか帽子とか、なにか考えなくちゃいけないかなぁ。でもわたしはメガネ似合わないし、帽子は
髪に跡がついちゃうし、なんだかヘンな見た目になってかえって目立っちゃうかも、そんなことを考え始めると
なかなか踏ん切りがつかなくて。
 少し先を歩いてる高校生らしい女の子が、頭に可愛らしいニットを乗せていた。ああいうの、いいな。……でも、
わたしに似合うかな。わたし顔おっきいし、髪の毛も多いからすっごくアタマでっかちになっちゃうかも。事務所に
ついたら亜美ちゃんや真美ちゃんにからかわれて、見かねたプロデューサーがなだめようとして、
「そうでもないさ、なかなか似合って……ぷっ」
 とか吹き出されたりするかも。ああっ、わたし想像の中でもダメダメだようっ!
なんだか歩きながら声が出ていたみたいで、さっきの子が不思議そうにこっちを振り向いた。うっかり目があって、
あれっていう表情に変わるのを見て慌てて脇道にそれて。い、今、気づかれちゃった?
 今日は傘があるから大丈夫、気をつけていれば大丈夫。自分に三度言い聞かせて、改めて歩きだした時、傘に
当たる水音が軽くなっているのに気がついた。
 いつのまにかみぞれは、ぱらぱらと急ぎ舞う粉雪に変わっていた。
 雪は、いつの間にか地面に溜まっていた半透明のシャーベットにも振りかけられて、どんどん道が白くなっていく。
 しゃくしゃくという足音を感じながら歩いているうち、お母さんから聞いたことを思い出した。
 ──あなたの第一歩は、雪の中から始まったのよ。
 わたしが生まれて、親子で退院した日は大雪だったそう。病院の玄関からお父さんが待つ車への数メートル、
ま新しい雪に足を踏み出して、わたしの未来を祈ったのだ、と。
 なにものにも染まっていないまっ白な世界へ、一歩一歩すすんでゆくその姿を応援したのだ、と。
 事務所のビルの前に会社の車が停まっていて、まだけっこう距離があるのにプロデューサーだってわかった。
プロデューサーも気付いたみたい、運転席のドアを開けて降り立ち、小さく手を振ってくれた。わたしはぺこりと
頭を下げて、急いで……でも、足をとられて転ばないように、そちらへ向かって歩いてゆく。
 今日はファッションビルのレポーターで、わたしの好きなお店も入っている。収録が終わったら解散だから、少し
見て回ろうかな。そんなふうに考えながら、ふと思った。
 プロデューサーに、選んでもらっ……わ、わわわっ。
 そんなの、できないよ。わたしの仕事が終わってもプロデューサーは次の予定があるかもしれないし、女の子が
入るような店に行くのは照れくさいかもしれないし、第一わたしが恥ずかしすぎてそんなこと言えないよ。自分で
考えた想像で慌ててしまい、思わず足が止まった。
 ほんの少し先にいるプロデューサーは雪の中、笑顔で首を傾げている。は、早く行かなきゃ、プロデューサーは
コートも着てないし風邪ひいちゃうかも。
 改めてさっきの想像を打ち消して、普段どおりに行こうって決めて踏み出す足先を確認して、また、目に入った
まっ白な道。


 なにものにも染まっていない、まっ白な世界。
 わたしの世界。


 すう、と胸の鼓動が落ち着きを取り戻した。
 まずはお仕事。そのあと、様子を見ながら、……もしかして、もしかしたら。
『このあいだの話なんですけど、帽子とか、選ぼうかなって』
 言えなければ、それでもいいと思う。今日で最後っていうじゃないから。でも。
『もしお時間があったらプロデューサー、一緒に見ていただけませんか?』
 でももし言えたら、それが今日の第一歩。


 プロデューサーが待つ車まで、あと数メートル。
 わたしは傘を閉じて、今は大きな綿雪が降りしきる白い道を、一歩ずつ踏みしめて歩いていった。





おわり