『wafer girl』


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「懐かしいな、こういうの」
 四角い駄菓子を片手に持って、しげしげと眺めた。
 『765エンジェルウエハース』と書かれたそれは新発売となる、765プロのアイドルたちのトレーディングカードを封入したスナック菓子だ。
 デスクの俺に視線を合わせてかがむやよいは、不思議そうに俺の顔と駄菓子を見比べて言う。
「プロデューサーも、こういうの食べてたんですか?」
「おーよ、俺たちの時代にはものすごいブームだったんだぞ。あん時はおまけがシールでな、たくさん持ってる奴が一番えらかったんだ」
「へー、そうなんですか。そうしたらすごいお金持ちじゃないとダメだったんですねっ」
 あの当時の騒ぎは、子供心にも記憶が残っている。シール欲しさに食い物を粗末にした者もいた、なんて話をしたら、やよいにこってり叱られるのは俺の方だろう。
「でも今は少しやり方が違うよな。友達と、ダブったやつ交換したりするだろ?いわばわらしべ長者だよな」
「あ!わらしべ長者ならわかります!この間も、みかんがお夕飯に変身しましたっ」
 なんでも、地元の八百屋の店番を手伝ってお駄賃にミカンを袋一杯貰い、持ち帰る途中で魚屋のおかみさんが奉仕品の切り落としと交換してくれたのだという。
「そうか、よかったな。でもまた内職か?」
「……あうぅ。ごめんなさい」
「商店街には話通してるからいいけどさ、『うちにも、うちにも』ってなったらやよいが困るだろ?ほどほどに頼むな」
「はぁい」
 そろそろ有名になってきたやよいは、頼まれたら嫌とは言えない性分だ。俺としては純真な彼女が、無用のトラブルに巻き込まれることだけは避けたかった。
「あ、そうだな、事務所で予算ぶん取って、商店街で販促イベントやるか。ちょうど新曲も出たところだし、来てくれた子にコレあげてさ」
「はいっ!うっうー、それすっごく楽しいかもです!」
「うん、ちょっと面白いな。やよいのファンには小学生もたくさんいるし、こういうお菓子のターゲットには……ん?」
 つたない叱責を誤魔化すいいわけのつもりで口をついて出た企画は、やよいとその周辺の購買層を並べてみたら案外ものになりそうである。
 おもわず没入しかけて、おやと思った。やよいの視線だ。
「……やよいもそう思うだろ?」
「はいっ」
 喋りながら手を動かすと、彼女の顔が合わせて動く。
「地元ばっかりじゃなくて、あちこちのちょっとした商店街をさ」
「はい」
「こうして、ぐるーって回って」
 と言いながら右手を大きく回したら、やよいの顔が釣られて……右手に持ったウエハースに釣られて、ぐうんと動いた。あれだ、目の前にニンジンをぶら下げられた馬。
 俺の顔のまん前でお菓子の動きを止めるとやよいの顔が付いてきて、俺の鼻先5センチにくりくりとした寄り目が停止した。
「最後に元の場所にだな……やよい、どした?」
「は……はわあっ!?」
 すっとんきょうな声を出して飛びすさったとなると、どうやら自分がなにをしていたのか気付いていなかったようだ。
「ハラ減ってんのか?」
「えっ、えっ、そーいうわけじゃないですけどっ」
「わけじゃないけど?」
「あうぅ……わたし、このお菓子食べたことなかったから……」
 さもありなん。やよいに買い食いの習慣はないだろう。
「あはは。食べるか?」
「いいんですか?」
 笑いながら持っていたそれを手渡すと、はじけるような笑顔で受け取った。
「サンプルで届いた分なんだから、好きにしていいんだよ。でもせっかくだから、どんな味か聞かせてもらうかな」
「はいっ!あまくて、ふわふわで、ぱりぱりで、それですっごくおいしいですっ!」
「……コメントはともかく、そのうまそうな顔は使えるな」
 味わってみると甘くて、ふわふわで、口の中でさらりととろけ、天にも昇る美味の花。と言って高嶺に咲くわけではない、誰にでも親しまれる身近な存在。
 有名パティシエの作り上げるケーキではなく、高級メーカーのチョコでもなく、大衆製菓会社のウエハースこそがやよいにふさわしい。
「そこの箱全部いいから、みんなが帰ってきたら分ければいい」
「いいんですか?ありがとうございます!」
「なんならやよい、お前だけ先によさそうなの選んでもいいぞ?」
「あ、ダメですよプロデューサー、そんなのはズルです!」
 仏心三割増しでそんなことを言ったら、しまったと思うより先に眉を上げられた。
「みんなでなかよくわけっこです!」
「デスヨネ」
 ……四角四面で、油断してると妙にパリパリとお固くて。

 やよいは、まさにウエハースのような女の子だ。



おわり