Secrets On Parade


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「ねえ、キスしていい?」

何気なく発した言葉は、静かな事務所の中に張本人である自分でも少し驚くくらいに良く響いた。
この空間に居るのは私、渋谷凛とあとは男の人が一人だけ。
一応アイドルなんて仕事をしている私の担当プロデューサーだ。

「一応聞くけど……誰とだ?」
「今ここには私達二人しか居ないよ」
「だから一応聞いてみた」
そう言ったきり、プロデューサーは腕組みをして考え込んでしまった。


私のプロデューサーは何の変哲も無い普通の人だと思う。
「凛はどうしたい?」
そう言って私の希望を聞いたと思ったらいつの間にか仕事を取ってきて、
いつの間にか順調に私のランクが上がっている事を考えると仕事は有能と言って良いのだろうけれど。
ただ、笑うときはいつもどこか困ったような顔をしながらだったり、
あるいは苦笑だったりで心の底から笑う顔を見た事が無い。
それが少しだけ引っかかる。

そもそも何でこんな事を口走ってしまったのかと言えば、
午前中のレッスンが終わって事務所に戻ってきたはいいけれど何となく帰るタイミングを逸してしまって、
そういえばクラスの女の子達が恋愛のアレコレで盛り上がっていたなあ。
あの子とあの子がキスしてたとかそんな話題だったような。
なんて事を考えながら仕事をしているプロデューサーの様子を観察していたらふと思いついただけなのだ。


高校入学と同時に空けたピアスを触りながら返事を待つ。
空けたばかりの頃、気になって触っているうちにいつの間にか癖になってしまったらしい。
直したほうがいいのかなと思うけど、自分ではどうしようもないから癖って呼ぶんだろう。
今の所それで何か言われた事は無いし。

そんな事を考えているとプロデューサーがようやく溜息を一つついて、
「凛が良いならな」
そう呟いて椅子の背もたれに体重を預け、それから微動だにしなくなってしまった。
その言葉は私の意志を尊重してくれているのか、それともまだ子供の言う事だと軽く考えているのか。
どちらにせよほんの少しだけ悔しい。
そう思ったところで、じゃあ私は一体どんな反応を返して欲しかったんだろうかと思い返す。


よく、わからない。


とはいえ、許可は貰ったのだから後は行動するのみである。
自分で言い出しておきながらやっぱりやめますっていうのはなんだかカッコ悪いし。
安っぽいソファから立ち上がってプロデューサーの所に行くまでほんの数歩。
どうしよう。何だか緊張してきちゃった。

私が隣に立っても動かない、小憎らしい顔を両手で包み込むように押さえる。
プロデューサーは座ったままだから、必然的に私が屈む形になる。

顔が近づいていく。お互いに瞬きもせず相手を見つめている。
伸びてきた指が私の頬を通り過ぎて耳のピアスに触れる。
なんだ。気がついていたんだ。
私自身でも最近気づいたばかりの癖に。
耳朶から伝わってくる僅かな体温に少しだけ安心する。
そういえばキスの仕方なんて調べた事は無かったからよくわからないけど
皆そうしていたから多分それが正しいのだと思って、
プロデューサーも同じ様にしてくれれば嬉しいなとそんな事を考えながら

目を閉じて、

唇を重ねた。



時が止まった様に感じた僅かな時間の後。
唇を離して目を開いた先にはいつも通りの苦笑を浮かべたプロデューサーの顔。
だから私もいつも通りの顔をしていつも通りに口を開く。

「一つ言って良い?」
「何なりと」
「唇、少し荒れてるよ。リップ貸してあげようか?」
「いや、後で自分のを買っておくよ」

それだけを伝えて出口に向かう私の背中にプロデューサーが声をかけてくる。

「こっちからも一つ聞いて良いか?」
「何?」
「ファーストキスの感想」

そんな事を聞かれても、ただの興味本位でやった事に感想なんて求められても困ってしまう。
我に返るとなんだかとんでもない……というか取り返しのつかない事をしてしまったような気がする。
後悔は無いけれど、胸の中に名前のつけられない色んなモヤモヤが沢山出来て言葉に詰まる。
うまく言葉に出来ない。
だから、

「……よく、わかんない」
そう言って、振り向いた私はいつもプロデューサーがしているみたいに曖昧な笑顔を浮かべていた。



Song By Tim Christensen From『Secrets On Parade』