無題7-260

 風呂上がりの晩酌を済ませ、さあ寝ようか、と思った所で、テーブルの上に投げ出していた携帯電話がぶぶぶと震えた。メールの着信だった。
 サブディスプレイを覗くとそこには現在担当しているアイドル――雪歩の名前が表示されていた。
 男が苦手、という彼女の性格はメールにも如実に表れていて、自信のなさそうな語尾や三点リーダ等が頻繁に見られる。
 それでもこうして時々送られてくるメールの内容は実に他愛のないもので、それが逆に、こちらとの距離を少しずつでも頑張って縮めようとする彼女の努力がはっきりと表れていてなんとも喜ばしい。
 尤も、今回注目すべき点はそこではないのだが。

『小学生並み……』

 メールを開いて最初、タイトルにはそう記載されている。
 はてさて一体何が、と思いながらつらつらと文面に眼を通し、

「……ふむ」

 誰に対して気取っているやら頷きを一つ、それから思わず頭を抱えた。
 曰く。
 彼女の体型は小学校時代からあまり変化がないようだ。

「いやいやいやいや」

 頭を抱えながらぐわんぐわんと上半身回転。傍目から見たら奇行だが、主観からしてもやっぱり奇行だ。
 しかしながらこうでもしないと色々やばいのである。想像してしまうではないか。色々。色々。あれとかこれとか。
 もわんもわんと頭に広がる情景を必死に追い払いながら、そのままテーブルに突っ伏した。

 雪歩よぉ……送る相手と内容を考えてくれよぅ……。

 小学生時代の服がまだ着られるらしい。節約という観点から見れば実に素晴らしいことだろう。長く着ることであちこちよれよれにはなるだろうけれど、その間服に対して一切お金をかけなくて済む。やよいだったら泣いて喜ぶんじゃなかろうか。
 だがしかし、だ。
 問題はスタイルである。
 メールの内容を、額面通りに受け取ることはしない。着られる、というのはまあ文字通り着ることが出来る、ということだろう。
 適したサイズであるとかその辺は置いておいて。
 萩原雪歩という少女は、本人が思っている通りにひんそーでちんちくりん、ということは断じてない。
 アイドルという職業、且つ周りの環境から考えるとサイズ80というのは確かに大きいとは言えないだろうけれど16という年齢を考えれば十分だろう。
 そして、その数字が成長期である十代半ばの間に一切変動しなかった、ということはまずあり得ない。個人差こそあれ、変動はあったはずだ。年を経るにつれて増加する、という方向に。
 ってことは、ってことは、だ。
 このメールを送る直前、何らかの理由で雪歩は主に胸部がキツイだろう服を着たわけで――――

「いかん駄目だまずいそれ以上想像するな俺」

 ごんごんごん、とテーブルに頭を打ち付けた。空っぽのビール缶が音を立てて倒れ、転がった。
 もう一度言いたい。雪歩よ、送る相手と内容を考えてくれ。
 君が苦手を克服しようとしたり、こちらとの距離を縮めようとしてくれているのは分かる。分かるし、非常に嬉しいことだ。
 でもさ、でもさぁ、何もこういう翌日会ったら微妙にこっちが気まずくなりそうな内容で無くてもいいじゃないか。
 お布団の中から、とかさぁ、四葉のクローバーとか、お琴の楽譜の話とか、そういうので良いんだよ。
 いやいやこっちが変に意識しすぎているだけだってのは分かってる。だがしかし俺だって男だし、職場は女性ばかりだし、それに夜寝る前とか一番心に隙間が生まれる時間じゃないか。そんな時にこんな痛烈な一撃くらったら指先一つでダウンさ!

「……テンションおかしくなってきた」

 いい加減頭が痛くなってきた所で身体を起こし、そのまま椅子から立ち上がって冷蔵庫へ向かう。
 この変なテンションと煩悩を追い払うには酒の力を借りるのが一番良さそうだ。
 中に残っていたビール缶三本をテーブルまで運び、プルタブを開けた。
 雪歩には何と返事をしようか。
 下手につつくとぎくしゃくしそうだし、かといって折角送ってくれたのだから返事をしないわけにもいかない。
 無難な返信、無難な返信……。

 いつの間にか夢を見ていた。
 夢の中で雪歩は、真っ赤になりながら幼少時のものと思われる衣服を身に纏い、

『さ、さすがに小さすぎましたぁ…‥』

 翌日、一方的に雪歩に対してぎくしゃくしてしまったのも、詮無き事である。

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最終更新:2012年02月10日 23:02