四条貴音のラーメン探訪番外編


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

お疲れ様でした。
型通りの挨拶をスタッフと交わしてテレビ局を出る。
目の前にはすっかり見慣れた高層ビル郡……ではなくそれなりの規模の町並みと、遠くに見える山と畑。
現在、四条貴音とその担当プロデューサーである自分は地方局での仕事を終えた所である。
ただ、いつもの仕事と唯一違う点を挙げるならば何を隠そうここ山形県は自分の故郷なのだ。


散歩がてらに駅までの道のりを歩く最中、隣を歩く貴音がわざわざこっちに向き直って言った、
「さて、ここ山形県は全国でも有数のらぁめん消費地と聞きました。そしてプロデューサー殿の故郷である事も存じております」
という言葉と、
もうその後は言わずとも解っているだろうなこのまま何もせずにサッサと帰ろうなどと言おうものならたとえ神様仏様アッラーエホバその他諸々が許そうともこの四条貴音が許さぬぞだから心おきなく貴様が知る名店へと案内するが良いさあ今すぐ早く迅速に早急に
と言わんばかりに期待に満ちた視線が少々痛い。
とはいえこれはもう予想通りの事だったのでうろたえる事無く、
「ご期待に添えるかどうかはわかりませんが、それでは行くとしますか」
そう軽く冗談めかして案内を開始する。


足は繁華街へ向かうことなくそのまま駅へ。そこから電車で揺られる事大体30分、お隣の天童市へ。
天童駅で降りてから真っ直ぐ国道13号線へ向かって5分程歩くとその店は見えてきた。
看板の下で回る水車が印象的な店だ。
タイミングの良い事に昼食の時間帯は過ぎて、店内は込み過ぎず空き過ぎずの程よい混雑具合。
大木を切り出したテーブルに二人揃って座る。
席に着いたところで貴音が声を潜めて問いかけて来た。
「プロデューサー殿……ここは……お蕎麦屋さんではないのですか? 私は確かにお蕎麦も好きですがやはり……その……」
「そ。お蕎麦屋さん。だけど貴音の期待を裏切るような事は無いと思うから安心して良いよ」
貴音を安心させるようにそう言って給仕のおばちゃんに前もって決めていた注文を伝える。
「鳥中華2つで」
「鳥中華2つですね。かしこまりました。少々お待ち下さい」
注文の品を待つ間、湯呑に注がれた蕎麦茶をすする。
香ばしい香りが心地良い。
と、少々不安げな貴音が声をかけてくる。
「それで鳥中華とは一体どのような……」
「それはまあ来てからのお楽しみという事で」
「そう仰るのでしたらお品書きは見ずに待つ事にいたしましょう」
確かに品書きを見てしまえばどんな料理なのかは一発で解ってしまう。
だが、あえてそんな事をせずにこちらの子供じみた悪戯心に付き合ってくれるという。
本当にありがたい話である。

そんなやりとりをしていると程なくして、
「ハイ鳥中華お待ちどう」
そんな声と共に二人の目の前に丼が置かれる。
具は鶏肉、三つ葉、ネギ、天かす、刻み海苔。
訝しげながらもまずはつゆを一口。
「少々甘めですがお蕎麦のつゆですね。ああ、胡椒も利いています」
そして麺を持ち上げた時、貴音の表情は驚きに変わる。
「なんと……これは中華麺ではありませんか」

そう、温かいそばつゆに蕎麦ではなくラーメン用の中華麺を入れたメニュー。
それがこの店の名物鳥中華の正体である。

おそるおそるといった感じで一すすり。
目を閉じて全ての神経を味わうという一つの事に傾けている。
味、香り、歯ごたえ、喉ごし。それら全てを確認するようにして最初の一口を嚥下する。
「……ふむ」
それきり貴音は一言も無く無言で食べ進める。
何も言わないという事はそれだけ食べる事に集中している訳で、つまりはこの味が気に入ったという証拠である。
程なくして丼を空にした貴音は近くの店員を呼び止め、
「同じものをもう一つお願い致します」
とのたまった。


さて、いつまでも貴音に見惚れている訳にもいかないので自分の分にも取り掛かるとする。
麺は中太の縮れ麺でだしと麺がよく絡む。
貴音が言っていた様につゆは甘めで、それに天かすと鶏の油も加わり
少々甘味が強くなりそうな所を強めに効かせた胡椒が引き締める。
適度な弾力を返す鶏肉は生臭さなど微塵も無い。
アクセントが欲しい時は小皿に載った漬物に箸を伸ばす。ちなみに今日の漬物は青菜漬けだ。
確かに美味いが、食べて感動や感激を呼ぶような物では無い。
だが、これはそれで良い。
毎日は無理にせよそれなりに食べ続けても飽きの来ない、それでいて偶に食べると安心する。
そういう味なのだ。これは。

そんな益体も無い事を思いながらこちらが食べ終わると、ほぼ同時に二つ目の丼を空にした貴音は
「大変美味しゅうございました」
そう言って手を合わせた。
店員のおばちゃん達もその様子を見て微笑ましく思ったのか笑っている。

「この鳥中華って最初は賄いとして従業員にしか出してなかったんだけど、
ここの蕎麦って所謂田舎蕎麦だから、確かに美味しいんだけどちょっと苦手っていう人も居るんだよな。
で、そんなお客さん向けに出してみたらって常連さんが提案してみたら大ヒット。とまあこんな感じらしい」
「成程……しかし世にはこのような物があったとは……まだまだ私も勉強不足のようです」

そんな事を話しながら新しく注がれた蕎麦茶を飲んで一息ついた後、満腹になった事で店内を見回す余裕が出来た貴音は少々意外そうに呟く。
「食事をするだけかと思いましたが、色々な物を売っているのですね」
「ここは老舗だしな。土産物代わりにもなるし貴音も何か欲しいのがあったら選んできていいぞ」
そうしてレジ近くの販売コーナーを物色していた貴音は蕎麦茶を手に取り、
「大変芳しい香りでした。東京に帰ってから雪歩に煎れてもらうとしましょう」
そう言いながら更に視線を巡らせると、ある物を見つけ雷に打たれたように動きを止める。
「なんと……鳥中華もお持ち帰りが出来るというのですか」
「この店の看板メニューの一つなんだしそりゃあるさ。流石に鶏肉は付いてないけどな」

次の瞬間瞬きもせずにこっちを見据える貴音。というかこの視線に晒されるの本日二度目だな。
「プロデューサー殿。古くから伝わる年越し蕎麦という行事について私は常々思っておりました。
無論伝統とは繋げてゆかねばなりません。しかし何故らぁめんではいけないのか。どちらも同じ麺類ではないのかと。
しかし、今年からはそのような事に思い悩まずともよいのです。このお蕎麦屋さんの手で作られたらぁめんならば!!」
「あー貴音。ここちゃんと通販もやってるから。流石に10箱も持ち帰れないから」

いやそんな恨めしそうな目で見られても困る。
結局すったもんだの果てに、東京の事務所に戻ったら即座に食べられるよう3箱だけ買う事にして、
後は欲しくなったら自分で注文するという事でこの件は解決した。

今更ながらにこれは映像に残してテレビ局に売り込んだ方が良かったのかもしれないなどと思いつつ、
自分の故郷の一部分でも気に入ってくれた事は素直に嬉しかった。
こうして、僅かな時間ではあるが俺の地元案内は終わりを告げたのである。

そして帰りの新幹線の中、鳥中華の味を思い出しているのか満足げに微笑む貴音の顔を見ながらふと思う。
(……事務所で食べてる時に誰かに発見されたらどうすればいいんだろうな。特に亜美真美)
1箱3食入り。それが×3で合計9食。その時居る人数がこれ以下ならば良いがもしそれ以上だった場合……
過ぎた事はどうしようもない。俺はそれ以上深く考える事を放棄する事にした。
皆売れっ子なんだ。そうそう大人数が集まる事は無いだろう。