いちばん咲き、みつけた


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「ふう、これが噂に聞く『テッペン超え』なのね。こんな時間まで外にいる
なんてウソみたい」
「もう二度と勘弁してくれよな。中学生をこんな時間まで連れ回したとあっちゃ
世間様に顔向けができん」
 仕事帰りの車の中。
 生まれて初めての体験に酔いしれている私をほったらかしで、プロデューサーは
お小言モードでハンドルを握っている。
「共犯者が正論ぶったこと言ってるんじゃないわよ」
「へえへえ主犯サマ。念のため言っておくがな伊織」
 赤信号で停まった隙をついて、プロデューサーはこっちに顔を向けた。
「機材トラブルと共演者全員の口裏合わせのもとで成り立ってるんだぞ?これが
バレたらお前だけじゃなく、765プロ全体の社会生命に関わるんだからな」
「私としてはあんたが不安の余りボロを出しそうで怖いくらいなんだけど」
 ことと次第はこうだ。レギュラー番組の改編特番収録が、不慮の事態で22時
までに終わらなくなった。法律に縛られる窮屈な立場の私は本当なら就業を止め
なければならないが、番組的にも私の出番的にも絶対省略できないコーナーが
まだいくつも残っていた。私と共演者、そしてスタッフのみんなで目配せを
交わしあったのはその直後。
「事情は事情、責任は責任だ。お前のお父さんや新堂さんにまで片棒担がせて
申し訳ないよ、俺は」
「そんなの気にすることないわよ。パパはこういうのよく心得てるから何も
聞かずにオーケー出してくれたし、新堂なんかむしろいつも通りに運転手やり
たがって大変だったんだから」
 詳しくは教えてくれないけど、パパと新堂は『もっと無茶が許されていた時代』
に、今の法律や常識からするととんでもないことをたくさんしてきたらしい。
だから規制や条例にケンカを売りながら日々を過ごしてるみたいな芸能界の
ことを内心面白いと思っているようで、表立っては何も言わないものの私が
やりたいようにやらせてくれるのだ。
「お前んちの車は目立つからな。余計な勘ぐりどんと来いになっちまう」
「『新聞記者だろうが私立探偵だろうが全て撒いて見せますぞ』って言ってたわよ」
「ならその腕前は別の機会にお願いします、って伝えておいてくれ。今夜は
カーチェイスの気分じゃなかったんでな」
 かれこれ15分も走ったろうか、どうやら安心だとプロデューサーが言ったのは
住宅街の並木公園を走っている時だった。
「よもやと思っていたがついてくる車もないし、局の出口は万全だったしな。
もう2、30分で着くぞ」
「そりゃそうよね、私は後部座席で寝そべってたんだから」
「わかってくれよ、大義名分ってのは必要なもんなんだ」
 まあ、頭ではわかってる。お尋ね者みたいな扱いがなんとなく気にくわなかった
だけだ。
「はいはい。ねえプロデューサー、ちょっと車止めてよ。もう人目は気に
しなくていいんでしょ?」
「うん?どうした、忘れ物でもしたか?」
 いぶかしげにしながらも車のスピードを落としてくれる。ハザードランプの
カチカチという音が大きく感じるのは、周りが静かだからだろうか。
「違うわ。今日はいい仕事ができたから、余韻を楽しみたいかなって」
「余韻?疲れてないのか?」
「体力満タンってわけじゃないけど。でもほら見てよ、窓の外」
「外って……おー」
 プロデューサーが首を巡らし、驚いたような声を上げる。

 このあたりは歴史のある高級住宅地で、いま走っていた道は計画中断した
国道の一部。中央分離帯を拡張して公園にして、今や道路を覆うほど育った
並木は、それはそれは見事な枝葉の屋根をかざしかけていた。
「桜の木か。まだ蕾か、でも、そろそろ咲きそうだな」
「気づいてなかったの?ひょっとして」
「久しぶりの道でな、上見る余裕なかったよ」
 たまらなくなり、ドアノブを引きながら言う。少し興奮していたみたいで、
ドアの隙間から夜の街に声が響いた。
「ね、ちょっと歩かない?」
「おっおい、伊織」
「もう人も全然いないし、平気でしょ?行きましょ」
 かまわず外に出て、そっと深呼吸。少し気温の下がった湿った空気が、木の
香りを鼻から肺に運んだ。
 私を追いかけて外に出たプロデューサーがドアをロックする音を聞きながら、
歩道側の桜の根元に立って上を見る。まだ星空が透けて見えるようなちょっぴり
寂しい景色だけれど、ところどころに膨らんだピンクの蕾のいくつかは、指で
つつけば今にも弾けそう。
「ふうっ、気持ちいい」
「味しめるなよ?不良娘」
「うるさいわね」
 髪を揺らす風がくすぐったくて楽しくて、笑っていたら後ろから渋い声が
飛んできた。片手にコーヒーとオレンジジュースの缶をぶら下げている。
自販機の音には気づいていたけど、どうやらこれを買っていたらしい。
「もし私が不良になったとしたら、それはきっとこんな時間まで仕事をさせる
あんたのせいだわ」
「自分から仕事長引かせたクセに」
「ふん、私のプロデューサーなら機材トラブルくらい未然に防ぎなさいよねっ」
「無茶言うな」
 自分でも無茶だと思ったけれど、まあ本気じゃないのはお互い様みたいだし。
ゆるい下り坂になっている桜並木を歩き始めると、プロデューサーも後を追って来た。
「桜の木っていいわね。華やかさが好きだわ、まだ咲いてないけど」
「俺は咲く前の桜も好きだよ。知ってるか?」
 オレンジジュースの缶を手渡し、自分はコーヒーのプルタブを引っ張る。
「一番咲きに出会えると、その春は運がいいんだ」
「一番星みたいなもの?」
「植物は夜育つからな。ひょっとしたら今日、見つかるかもしれないぞ」
「ほんと?私がみつけるからあんたは目をつぶってついて来なさい」
「コケるわ」
 一番咲き。
 普段からいいかげんなことばっかり言う奴だけど、そのフレーズが気に入った。
ここの樹々の咲き逸る様子はまさにうってつけで、私はもう上ばかり見て
並木道を歩き始めた。
「あれは……まだね、あっちは大きいけど全然つぼみだし。んー、意外と
見つからないもんね」
「こんなにあるもんな」
「やっぱりあんたも探してよ。でも見つけそうになったら目をつぶりなさいよね」
「難易度上がってる?」
 プロデューサーを従えて、二人で梢を目で追って。夜のしじまに響くのは
彼と私の弾む息。

「それは?」
「全然だな。お、伊織そっち、いい色してないか?」
「どこ?……なによ、向こうのビルの航空灯じゃない」
 いつの間にか一番咲きを見つけるのが二人の目的みたいになっていて、
夢中で目を走らせた。こうして二人で同じ目標を探すのって、なんだか普段の
アイドルで活動しているのとダブってくる。
「伊織そこそこ。その隣の木の、いやもっと右寄り」
「わ、おっきい。でもまだ固そうね……ってプロデューサー、あんたの頭の上の
それは?」
 二人であれこれ言い合って、あるかどうかもわからない花を探して。でも
こんな風に二人で進んでいけばきっと見つかる、そう思った。
「なあ伊織、坂の下まで着いちまうぞ」
「なに言ってるのよ、あきらめたらそこで試合終了でしょ」
「誰のセリフだよ……あ」
「えっ」
 彼の視線がふわりと上がって、私がそれに釣られると……。
 月光が透ける、ほのかな五弁。
「みつ――」
 そのとき踏み出したブーツが、地面を捉えそこねた。
「――ふぁ」
「伊織っ!」
 植え込みの縁石を踏み外したらしい。あっと思う間もなく、私に黒い影が
覆いかぶさる。私の体は水平から斜め45度の角度で、とっさに追いすがってきた
プロデューサーの両腕に支えられていた。
「大丈夫かっ?」
「あ……ありがと、大丈夫よ……って」
 そう、まるでタンゴを踊るペアのように。一瞬でほっぺたが熱くなって、
私は彼を蹴り飛ばした。
「どこ触ってるのよ変態っ!」
「あ痛!ひでえ!?」
「ゆ、油断も隙もないんだからっ!」
 こんな石畳で転んだら擦り傷くらいは免れない。それを身を挺してくれた
プロデューサーはほんとなら、誉められてしかるべきだろうけど。でも、こうでも
言わなきゃ私の口が感謝以上のセリフを洩らしそうだったから。
 大きく息を吸って、平常心平常心と心の中で唱えてから、あらためて桜を見上げた。
「でもほら、あんたのおかげね。見つけたわ、にひひっ」
「ん、そうだな」
 右手を精一杯伸ばしてみた。もちろん木の上のそれには届かないけど。
 でもいつか、私もああして咲いてみせる。あの高みに立って、回りの花にさきがけて。

 私はそう決めて、肺一杯に夜の空気を吸い込んだ。
「いちばん咲き、みーつけたっ!」
「わわ、伊織、時間考えろっ!しー、しーっ!」





おわり