無題7-295


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上田鈴帆というアイドルを担当している俺は今、ある問題に直面していた。
彼女は元気で素直な良い娘で、仕事もパワフルにこなして着実にファン層を広げている。
しかし彼女にはバラエティ番組の仕事ばかり入ってきて、歌やダンス関係の仕事は一切来ない。
俺は彼女に歌って欲しくてスカウトしたのだが、未だにその目的を果たせていなかった。
原因はまだDランクに上がったばかりの頃にある。その時彼女は某テレビ番組の特番に出た。
正月番組でタレントを集めてワイワイするだけの番組だったが
鈴帆のランクを考えると、まず来ないビックネームの仕事だ。
俺はどういったアピールをするべきか迷ったが
ここはインパクトを重視して着ぐるみで出演させることにした。
正月に相応しい鏡餅の着ぐるみを来た鈴帆が登場すると、番組は笑いに湧いた。
お茶の間からの反響も大きく、あれから鈴帆の名前は一気に知れ渡った。
仕事はDランクでは考えられないほど増え、他の同期アイドルたちを差し置いて
短期間でCランク入りを果たした。

   #  #  #

「またか……」
しかし喜んでいるのも最初だけだった。舞い込んで来る仕事は、全てバラエティー関係。
それもお笑い芸人がやりそうな内容のものばかりだ。
Bランクに一歩踏み出そうとしているレベルのアイドルなのに
あれから彼女は歌やダンスを全くと言っていいほどテレビでしていないのだ。
俺は鈴帆に一度でもいいから綺麗な衣装を着て、歌って踊ってもらいたいと思い、
歌の仕事を何とか取ろうと必死に営業をした。
しかし、彼女をアイドルとして見てくれる人間はほとんどいなかった。
俺が言うまで、音楽関係のプロデューサーですらお笑い芸人と思っていた程だ。
睡眠時間を削って何度も局に足を運んでやっともらってきた歌の仕事は、あるアイドルの代理だった。
担当プロデューサーの手違いによって同日のスケジュールに別々の仕事が重なり
急に出られなくなって困っていたという。
代わりだろうがなんだろうが、鈴帆にとってはデビュー以来久々の歌の仕事だ。
これを機に彼女がバラエティ一辺倒の人間ではない事を知ってもらおう。
「鈴帆、気合を入れていけよ!」
「ま、まかしときっ!」
しかし本番直前の鈴帆はどうもおかしかった。
底無しの元気でいつも太陽のように輝いている彼女だったが、今回に限っては表情に少し陰が差していた。
バラエティーばかりだったから感覚が鈍っていると思い、直前までボーカルとダンスのレッスンをやったのだ。
だから、少し疲れているのかもしれない。しかしこの仕事だけは外せないのだから、当然力も入る。
「行ってくるばい!」
俺は一抹の不安を抱えて、彼女を送り出した。
   #  #  #

俺の不安は見事に的中した。
ステージに上がった鈴帆はどこかぎこちなく、時折ダンスもけつまづいて実力を半分も出せなかった。
結局、その番組は不完全燃焼に終わった。
「お疲れ様でした」
ディレクターを始めとする番組関係者の声が、むなしく耳に響いた。
何がいけなかったのか意気消沈しながら自問自答している俺の後ろで
番組プロデューサーが仲間内で何か喋っていた。
「あーあ、鈴帆ちゃんは失敗だったな」
「まあ所詮は穴埋め要員だし、期待はしてなかったけどね」
「しかし、これならもっと他に視聴率稼げるアイドルや歌手を連れてくるべきだったと思うよ
 ったく……芸人は芸人らしく、笑いでも取っていればいいのに」
彼らの笑い声が俺に追撃ちをかけた。

   #  #  #

「プロデューサーしゃん……」
「鈴帆……今日はもう帰っていいから」
「……」
俺は椅子に座り、じっと自分の手を見ながら頭をうな垂れていた。
やっと取った仕事なのに、そのチャンスを生かす事が出来なかった。
アイドルとして鈴帆と共に進んでいかなければいけないのに
歌やダンスの仕事を満足に与える事の出来ない俺は
プロデューサー失格なのではないだろうか。
「君、少しいいかね?」
そんな俺の肩を叩いた人がいた。振り返ると高木社長が立っている。
「社長……」
「これから飲みに行こうと思ってね。付き合ってくれないか。
 いつもは志乃君や楓君と飲んでいるんだが、今日は早めに帰ったみたいなんだよ」
俺は社長に誘われて、駅前の居酒屋に足を運んだ。
店内の奥にある座敷で腰を下ろし、メニューを開く。
騒いでいる客もいない、ただ料理を焼いている音だけの響く割と静かな店だ。
「ここの串焼き物はどれも美味しいぞ。楓君は炙りイカが好みだそうだがね。
 私のおごりだから、遠慮なく食べたまえ」
彼は慣れた口調で店員に料理を注文した。
やがて中ジョッキのビールが二杯運ばれてきて、机に置かれる。
俺は何かを忘れたいようにそのビールを仰ぐようにして飲んだ。
「いい飲みっぷりだね」と社長はカラになったジョッキを下げて、料理皿を回す。
しかし基本気がふさいでいる俺は、中々料理が喉に通らない。
酒だけを腹に詰め込んで俺の無能ぶりを忘れたかった。
「上田君が心配していたよ。君の元気がないとね」
「……」
社長の投げかけた言葉にどう返答したらいいのか困り、俺は押し黙る。
すると、彼はしばらく料理を口に運ぶのを止めて俺を諭した。
「君。アイドルはね、何も歌って踊る事だけが存在価値ではない。
 この目まぐるしく変化する社会と共に、アイドルとしての在り方も多様化している」
社長は居酒屋のテレビを指差す。眼をやるとバラエティ番組が放送されていた。
芸人やタレントに混じってアイドルグループも、ワイワイと騒いでお茶の間を沸かそうと働いている。
「見たまえ。昔はバラエティ番組など、アイドルの出るものではないとされていた。
 そういった仕事も少なく、出演しても周囲の理解は得にくかった。
 だが今はどうだ。そのようなステレオタイプな考えは淘汰されている。
 アイドルは太陽のように光り、人々を楽しませ、幸せにする才能が求められている。
 そしてそれは、何も歌謡やダンスのステージだけとは限らないのだよ。
 それぞれのアイドルの個性を見極め、彼女たちが最も輝く事の出来る場を逐一提供していく
 それが、プロデュースする事において大切であると思っている」
「社長……」
「小鳥君に少しファンレターを見せてもらった。上田君宛てのものを、ね。
 明日、君も見てみなさい。ハハハ。私は彼女がここを選んでくれて、嬉しく思ったよ」
後日、俺は小鳥さんから分類済みのファンレターの束を受け取り、一枚一枚目を通した。

『鈴帆ちゃんにはいつも元気をもらっています。
 いつも怒ってばかりで不機嫌なおじいちゃんも、鈴帆ちゃんが出ている時には笑顔になります。
 これからも頑張って欲しいです』

『妻と母は反りが合わないのか毎日口喧嘩の応酬を繰り広げています。
 ですが鈴帆ちゃんの活躍を見てから、二人共ファンになって
 それ以来共通の話題が出来た二人は以前より衝突する事も少なくなりました。
 鈴帆ちゃんには感謝しています』

『学校でよく苛められている私は、時々学校に行くのがいやになります。
 以前は週に2日だけ学校に行くだけでした。
 でもテレビで鈴帆ちゃんが出てから、ちょっとずつ勇気と元気をもらって
 今では何とか4日行けるようになりました。この前は5日間全部行ったよ。
 鈴帆ちゃん、いつもありがとう。これからも頑張って下さい』

鈴帆には多くの人を一纏めに元気にする素晴らしい力があると俺は知った。
それならば、社長が言ったように、彼女がもっと輝ける場所を用意すべきだ。
気を取り直した俺が次に取って来た仕事は、鈴帆の得意分野であるバラエティ番組である。
とにかく彼女の良さが最大限に出せるように、俺は演出や流れを研究し鈴帆に助力した。

「先輩、ちょっと頼みがあるんですけど……」

別のアイドル・赤西瑛梨華を担当しているプロデューサーが仕事の件で相談に来た。
地方ラジオのMCの仕事が取れたというのだ。瑛梨華は鈴帆に似て、疲れを知らないパワフルな女の子だ。
しかし瑛梨華はまだDランク途上で、単体として売り出していくには今一つ何かが足りない。
彼女の魅力は他者との言葉の掛け合いである。それを最大限に引き出せる相方が必要だ。
そう判断した彼は、上ランクで注目度も高い鈴帆と組ませてその部分を補おうと考えた。
そしてラジオ局に同行してMCを複数にしてもらうように交渉して欲しいのだという。
「ラジオかぁ……」
「先輩の鈴帆ちゃんなら仲間内でも知名度は高いし
 何より楽しいラジオ番組が出来ると思うんです。どうですか」
俺はしばらく考えていたが、新しい仕事に鈴帆をチャレンジさせるのも悪くないと思い
その頼みを呑んだ。どうせ人数を増やすならと、ツッコミ体質の難波笑美も誘おう
という事になり、彼女のプロデューサーにも声をかける。
デビューしたばかりの笑美にとっては渡りに船とばかりに彼も二つ返事で承知した。
局のトップは「ここで約束を破るのは……」と渋い顔をしたが
俺たちの粘り強い交渉によって態度を軟化させていく。
最後にはそっちの方が面白そうだという事を何とか納得してもらい、交渉は成立した。
早速鈴帆にもそれを報告する。
「嬉しかぁ! こんお仕事ば待っとったとよ!
 うち、このラジオいつも聞いとったと!
 まさか自分がラジオ番組を持てるなんて、夢のようばい!」
「瑛梨華と笑美も一緒なんだ。やってくれるか?」
「もちろんたい! 皆ばドカンドカンと笑わしちゃる!」
やはり鈴帆はこれくらい元気があって欲しい。
得意分野を伸ばすという社長の方針をこれからは大切にしていこう。
俺は彼女の笑顔に釣られて笑った。
「プロデューサーしゃん……」
すると、鈴帆の声が急に大人しくなり、徐々に涙声になっていく。
何かまずい事でもしたのかと不安になり、俺はその訳を聞いた。
「……プロデューサーしゃん、やっと笑っちくれたちゃ……
 最近プロデューサーしゃん、ずっとつらそうな顔やったけん……」
「鈴帆……」
「うち……笑わす事は得意やけんど、真面目に歌ったりするんは正直得意じゃなか。
 だけん、こん前の歌の仕事ば頑張らんと思うてたとに、失敗したけん……。
 うちのせいでプロデューサーしゃんの元気がのうなったと思おと、つらかったとよ……」
あの時思い悩んでいたのは俺だけじゃなかったとここで知り、俺は鈴帆の頭をそっと撫でた。
「鈴帆……お前のせいじゃないさ。だから、泣かなくていい」
「本当……?」
目尻に溜まっていた涙滴を袖で拭い、彼女は泣き止んだ。
「うち、元気一杯と良く言われるとばい。だけんど、沈む時もあると。
 お客さんが笑わなかったり、うちの事バカにしたりする時もあるたい。
 そんな時、プロデューサーしゃんの笑顔を見て、元気もらっとうよ……」
「鈴帆……」
「うちにはプロデューサーしゃんが必要たい。
 プロデューサーしゃんが楽しいと、うちも楽しか。
 プロデューサーしゃんが笑ってくれると、なんぼでも仕事できるたい」
俺が鈴帆から元気を分けてもらっていたように、彼女も俺から力をもらっていたのだ。
知らず知らずのうちに俺たちは二人で支え合い、求め合って前進していた。
独り立ちにはまだまだだが、それはアイドルとプロデューサーの理想とも言える関係だった。
   #  #  #

ラジオの仕事は始まるやいなや、大盛況を博した。
続けていくうちに毎日百通は余裕で越える看板番組へと変貌し
ラジオ局局長は嬉しい誤算だとニコニコしながら俺に漏らした。
「ウチの所なんか、家族全員で聞いているんだよ。
 そして全員ラジオネームを考えて、はがきを送っているんだ。
 瑛梨華ちゃんの番組進行も日に日に進歩しているし、何より鈴帆ちゃんとの会話が面白い事!
 それだけじゃない、笑美ちゃんが拾い損ねたボケにすかさずツッコミを入れて来るから
 番組も良く引き締まって余す所なく楽しいんだ。
 録音してまた聞きたくなるラジオなんて久し振りで嬉しくてならないよ」
俺は局長の言葉を聞いて、体の芯に英気が充ちていくのを感じた。

「じゃあ、しっかり笑わせて来いよ!」
「おう、プロデューサーしゃん! 鈴帆に任しときっ」
控え室で、いつものように鈴帆をラジオ番組に送り出す時の事だった。
「……プロデューサーしゃん」
「んっ?」
「ちょっと目ば瞑ってほしか……」
椅子に座っていた俺は、言われた通りに目を閉じた。
(……!)
俺は頬に柔らかい感触を覚えて思わず目を開けた。
鈴帆は隣で顔を真っ赤に染めてモジモジとしていた。
「いつもウチのためにきばってくれてる、プロデューサーしゃんへの感謝の気持ちたい」
「鈴帆……」
「あっ、あはは……! ……やっぱり、ウチみたいな子供じゃ嬉しくなかと?」
俺は込み上げてくる愛おしさを抑える事が出来なかった。
彼女の小さな体を抱き寄せ、その口唇へ先ほどのキスを返す。
「あん……プロデューサー、しゃん……」
彼女の瑞々しい唇は赤々とした苺のように甘かった。
「んっ……、うち……口同士のキス、初めて……」
それを聞いて俺は罪悪感から唇を離す。
「鈴帆、これは、その……」
彼女は満面の笑みを浮かべ、俺に抱きついてきた。
「初めてのキスば大好きなプロデューサーしゃんので、ウチ、嬉しかぁ……。
 顔、洗いたくなか……」
「鈴帆……!」
俺はさらに彼女に熱いキスをする。彼女はそんな俺の想いを全て口唇で受けた。
夢中になっている所を足音がして、条件反射的に顔を離した。
「鈴帆ちゃん、時間だよぉ!」
控え室の扉を開いたのは、共演者である赤西瑛梨華と難波笑美の二人だ。
「はよしぃやー、ウチらは先にスタジオで待っとるさかい」
そのどさくさ紛れに鈴帆を送り出した俺は
すんでの所で人目につかずに済み、安堵の吐息を落とした。
   #  #  #

――収録現場――

「おいーっすっ! 今週も元気に参りますっ、『トリオでO・MA・KA・SE☆レイディオ』の時間です!
 MCは私、みんなのアイドル・赤西瑛梨華と」
「おりゃー! 上田鈴帆と難波笑美の3人でお送りするけんっ! みんな笑顔で楽しんでけー!」
「はーい、それじゃ早速行ってみよー☆」
「ちょい待ちぃっっ! 鈴帆、鈴帆ぉっ! ウチのアイサツする所、代わりに言ったらあかんやないかいっ!」
「あれれれ。いやぁ……甘酒飲み過ぎたけん、ついうっかり!」
「甘酒て……、酔っ払うにしてももう4月やっちゅーねんっ!
 いつまで雛祭り気分でおるねんなー、もー」
「じゃあ、笑美ちゃんもアイサツする?」
「せやな、一応言っとかんと何やぁけったいな気分になるし……
 知っとると思うけど、ウチは難波笑美!
 このボケたおしのラジオでもバンバンとツッコミ入れて
 おもろうしてゆくさかいに、よろしゅう!」
「はいはーい! ところで鈴帆ちゃん、今日はやけに顔真っ赤だよ?
 本当に甘酒、沢山飲んできたの?」
「えっ、……そ、そんな赤うなかとよ……」
「いやいやいや、充分赤いでー自分。
 今日はテレビみたいに着ぐるみ着てへんねんでっ! せやのに暑がってどないすんねんっ!」
「へへへへ……」
「何か嬉しそうだね、鈴帆ちゃん。良い事でもあったの? 教えて教えて!」
「ひ、秘密たい……」
「そないニヤニヤしとったら、ウチも気になるやん。
 ええからはよ言い、今日のトークはそこからやで」