シンデレラガールズの地元紹介新潟編


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うだるような夏の暑さから逃れようと事務所のあるビルへと入り、いつも通りに軋む音を立てるドアを開けて中にに入った瞬間空気がいつもと違う事に気づいた。
その違いを感じ取ったのは視覚ではなく嗅覚。
辺りには本能に訴える芳しい香りが漂っている。
原因を探るべく弱小アイドルプロダクションらしくこじんまりとした給湯室を覗き込む。
コンロの上には見覚えのない土鍋。
中には既に炊きあがった白米が湯気を立てている。

そして傍らには所属アイドルの一人である江上椿が立っていて、その長い髪を邪魔にならないよう首の後ろで纏めエプロンを付けている。

「おはようございます椿さん」
「おはようございますプロデューサーさん」
とりあえず挨拶をしてから問いただしてみる。
「何をしてるんでしょうか」
「おにぎりを作ってます」
少し悪戯っぽいニュアンスを含ませた返答が返ってくる。
「いやそれは見ればわかるんですが俺が聞きたいのは何で事務所でおにぎり作ってるのかという事でですね」

微笑みながら、わかってますよ。と前置きをしてから彼女は語り始める。
やはりからかわれていたらしい。

「最近運動会とか水泳大会とかイベントが多いじゃないですか。そしたら育ち盛りの子達が配られるお弁当じゃ足りないって言い出して」
考え直してみれば、確かにウチの事務所に支給される弁当は最低限の質素な物だ。
もう少し経営状態が良くなればもう少しまともな弁当を発注できるのだが。
「それに、参加してるアイドルには出ても応援席にまでは行きませんしね」
「それでおにぎりを」
「ええ。丁度予定も空いてましたから」
納得して机の上を見てみるが、そこにはあるべきものが足りないように見えた。
「中の具は何を入れるんですか?」
「何も入れない塩にぎりを作るんです。タイミングよく良いお米と塩が実家から送られて来たのでシンプルにいこうかと」

米は彼女の出身地である新潟を考えればコシヒカリだろうというのは容易に想像がつくが、良い塩とは一体どんな物だろうか。
彼女の傍らに置いてある茶褐色の粉末に目を向ける。
塩といえば白色をしているという固定観念があったので気づかなかったがこれがそうなのだろうか。
「この茶色いのが塩ですか?」
「ええ。藻塩っていうんです。よかったら舐めてみますか?」
差し出された小皿に乗っている塩をひとつまみ口の中に入れてみる。
当然しょっぱい。が、それだけではない複雑な風味を感じる。それでいて切れ上がりはあっさりとして舌の上に残るようなしつこさは無い。
成程。確かにこの味ならば塩だけで行こうと思ったのも頷ける。
と一人納得して何をするでもなく彼女の動作を観察する。

片手に塩を散らし、しゃもじで掬った米を塩の付いた方の手に乗せる。
手首のスナップを利かせながら軽く握って一口大の俵型に形を整えたら海苔を巻いて完成。
机に置いた皿の上に並べていく。
サイズが小振りなのは食べるのが年頃の少女達のためか。
淀みの無い動きに少々意外な物を感じてつい呟きが漏れる。
「結構慣れてるんですね」
その言葉に軽い苦笑を声に滲ませながら、
「写真を取りに出かけた時にお店の中に入るのがもったいないくらいの天気だったり、
撮影のチャンスをずっと待ってる時とか、そういった時の為にこういう片手で摘めるようなのをよく作るんです。
もちろんせっかく遠くまで出かけたんだから有名なお店に行くのも好きなんですけどね」

故郷を、あるいは今まで写真に収めた場所を思い出しているのか彼女は優しげに語り始める。


この塩、笹川流れっていう所で作ってるんです。
新潟から海沿いにずっと北上していって、もう山形県との県境に近い所ですね。
波の荒い日本海の海とちょっと変わった形の岩が多い所で良い景色が一杯見える場所です。夕日が沈むところなんか何度も撮りに行きました。
この塩を作ってるところにも行きましたけど凄いんですよ。
薪で釜を炊いて海水を煮詰めて作る本当に昔ながらのシンプルな作り方で。
それを塩を売ってるすぐ傍でやってるんです。
勿論仕切りなんて無いから夏なんかもう本当に暑くて長くいられないくらい。
隣に小さなカフェもあってそこに塩ソフトクリームなんてのもあるんですけど、早く食べないとどんどん溶けちゃって。


言葉を続けながらも手は動きを止めることなく一定のリズムでおにぎりが作られては皿に並べられてゆく。
その動きを見ていたプロデューサーはふとある事を疑問に思う。
背後からでも訝しげなプロデューサーの視線に気づいたのか、
「あの、どうかしたんですか?」
と聞いてきた。
「いえ、なんだか右利きの人と同じようにするんだなって思ったので。確か椿さん左利きでしたよね」
ああ、と思い当たる事があるのか納得したように声を上げて、
「カメラいじってるうちに慣れちゃったみたいです。ほら、左利き用のカメラなんて無いじゃないですか」
右手の指で軽くシャッターを押すジェスチャをする。
「そんなものですか」
「そんなものです」
深い意味など無い緩やかな言葉のやりとり。それが何故だか妙に心地よい。

いつしか皿の上がおにぎりで一杯になる頃、丁度土鍋の中も空になった。
手を洗ってタオルで水分をふき取り、バッグの中から愛用のカメラと色の並べられたパネルを取り出し出来上がったおにぎりの隣に置いて写真に収める。
「今置いたパネルは?」
「カラーチェッカーです。これがあると後で色補正するのが便利なんですよ」
設定を変え、アングルを変え、何度もシャッターを切る。
その表情は真剣そのものだが、プロデューサーの意識は別の所へ向いていた。
彼女もそれに気づいているのか物欲しげなプロデューサーの姿を見て、
「よろしければお一つどうぞ」
「……やっぱりわかります?」
「あんなに真剣に見てたら誰だってわかりますよ」
「それじゃあ遠慮無く頂きます」

小さめに作られたおにぎりは一口で丁度半分になる。
米の甘さと塩のしょっぱさがお互いを引き立てる。微かに感じる潮の香り。
少し時間を置いた事であら熱も取れて、米の香りが鼻につくような事もない。冷めても美味しく食べられるだろう。
余計な物など何も無い、昔ながらのシンプルな日本の味である。

密かな感動に打ち震えながらおにぎりを食べていると、パチリというシャッター音で無防備な自分の姿が撮られた事にようやく気づいて、
「ちょっと恥ずかしいですね」
と言ってはみるがその言葉に責めるようなニュアンスは無く、あくまでも照れ隠し程度のものだ。。

「すみません。あんまりおいしそうに食べてくれるものですからつい」
「実際美味しいですよこれ。ちょっとびっくりしました」
「でも嬉しいです。おいしいって言ってもらえて」

そう言う彼女が口に運んでいるのはおにぎりではなくパリパリとした板状の物。
鍋肌に張り付いたそれをしゃもじでこそげ落としながら食べているそれは、

おこげ。

炊飯器では出来ない、土鍋で炊きあげるからこそ出来るもう一つの楽しみ。
手渡されたそれの香りを嗅いでみるとなんとも言えない香ばしさが立ち上る。
そのままでも十分美味しいが、先程の藻塩をふりかけて食べるとまた違った味わいが出てくる。
それこそ言葉を忘れるほどに。

しばし二人とも無言で食べ続けようやく人心地ついた頃、時計のアラーム音と共に談笑の時間は終わりを告げる。
エアコンの効いた部屋から出てまた灼熱の炎天下に出るのは億劫だが仕事なのでしょうがない。
窓の外に視線を向ければ雲一つ無い青空で見ているだけで汗が出てきそうだ。
そんなプロデューサーのげんなりとした顔を見て椿は思いついたように、
「これも持っていってください」
ガサゴソとバッグの中からフィルムに包装された四角い飴をいくつか取り出して手渡す。
「これは?」
「塩飴です。これもさっきの塩と同じ笹川流れで作ってるんですよ。これからどんどん暑くなりますからこれでちゃんと塩分と糖分を補給してくださいね」

外に出て、強い日ざしに顔をしかめながら貰ったばかりの飴を一つ口の中に放り込む。

塩と水飴だけで作られた余分な物の無い味はどこか懐かしい味がした。

さて、今日も1日頑張るとしますか。



NGシーン

「おはようございます椿さん」
「おはようございますプロデューサーさん」
とりあえず挨拶をしてから問いただしてみる。
「何をしてるんでしょうか」
「おむすびを作ってます」
「おむすび? おにぎりじゃなくてですか」
「握るんじゃなくてこうやってシャリとシャリを結ぶのよぉ」
「……椿さんそれ誰に言われました?」
「この間佃島のお店で会った初対面のお爺さんに。結構背は小さかったですけど随分と迫力がありました」

うーむ噂には聞いていたが鮨の鬼神……実在していたのか……