アイマス×ばりごく麺


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

そう、あれは確か二週間……いえ、十日程前の話でしょうか。
その日、私はあてもなく気ままな散歩の最中でございました。
ところがお昼近くになった頃に前触れ無く雨が降り始め、やり過ごせるところはないかと探してみたものの生憎とそのような場所は見つけられず困り果てていた時あるものを発見致しました。

中華そばと書かれた古びたのれん。

そう、らぁめん屋でございました。
えてしてこのような住宅街に昔からあるようなお店はいわゆる当たり外れの差が激しく以前はそれも一興と楽しんでおりましたが
ここのところはアイドルとしての活動が忙しくこのような未知の期待に胸を膨らませて店を訪れる事などとんとご無沙汰でした。

のれんをくぐり中に入ると、私の他にお客様の姿は見えず厨房の中には眼鏡をかけた若い……ちょうど私達のプロデューサーと同じぐらいでしょうか。そのぐらいの男性が一人で鍋の様子を見ておりました。
よほど集中しているのか私が入ってきたことにも気づかぬ様子でしたので、
「もし……」
と声をかけたところようやく気づいてくださったようで、
「あーっ! いらっしゃいませー!」
中々に元気のよい声を返してくださいました。
さて、席に着きたいのはやまやまだったのですが濡れたまま席に着くのは少々躊躇われましたので、
「申し訳ありませんがタオルを一枚貸していただけないでしょうか」
「あーっ雨降ってきたんですねーっ今お持ちしまーす」
お借りしたタオルで髪や服についた水分を拭き取るとようやく品書きを見る余裕がでて参りました。
とはいってもあまり数は多くありません。痛快ラーメンなるものにも興味を引かれましたがここはやはり基本に立ち返るのがよろしいでしょう。
「では、このしょうゆらぁめんを一つ」
「はいーっかしこまりましたぁーっ」
お水は自分で用意するせるふさぁびすのようです。
折角ですのでかうんたぁ席に座り厨房の様子を眺める事に致しました。

沸かした湯の中に麺を入れ、上に載せる具を用意し、丼にタレを流し、一旦手を止め湯の中で踊る麺の具合を観察する一連の動作に淀みはなく集中しているのが見て取れます。
ふむ。これは中々に期待しても良さそうですね。

丼の中にスープを入れると、香しい香りが一気に広がりそれだけで胃袋を刺激されます。
そして仕上げの麺を入れるべくテボを湯の中から引き上げ、湯きりをする時にそれは起きました。
軽く一切り二切りした後に大きく振りかぶり、今までに見たことのないような激しい動作でテボを振りまわしたではありませんか。

果たしてこの面妖な動作が見掛け倒しのものか、はたまた何か意味が込められているのか、私の舌で確かめる事と致しましょう。

そしてスープの中に麺を入れ、予め用意しておいた具を乗せてらぁめんは私の前に出されました。
「醤油ラーメンおまちどうさまです!」
上に乗った具はネギ、メンマ、海苔、卵、ちゃぁしゅうといったありふれたもの。
私は万が一にも髪がかからぬよう、用意していたゴムで髪を首の後ろで一括りに結びますと、
はやる気持ちを抑えながら澄み切ったスープの中にレンゲを沈め一口飲んでみます。
ああ。その時胸に広がる喜びをなんと表現すればよいのでしょう。

丁寧にダシを取ったのが伝わってくる全く臭みも雑味も無いスープと醤油の香り。
恐らくですがこれはタレのベースに普通の醤油ではなく生醤油を使用しているものと思われます。

そして麺を一口すすり上げ口の中に入れた瞬間、私の意識は綺麗さっり消え失せて気がついた次の時には目の前には空になった丼のみが残されておりました。
あまりのおいしさに我を忘れるなどいつ以来の事でしょうか。
口の中に残る風味と胃の中に感じる心地よい重みが夢ではなかった唯一の証拠。
スープが残っていたのならば替え玉を頼むのですがスープまでも綺麗に飲み干したとあってはそういう訳にもいかず、かくして
「同じものをもう一杯頂けますか」
「はいーっもうひとつですねーっ」
となる事は必然と言ってもよいでしょう。

さほどの間を置かずして出された醤油らぁめんを再度堪能いたします。
先程とは違い適度にお腹も満たされた事でしっかりと味わう余裕が出てまいりました。
しかしこのおいしさの正体は一体何なのでしょうか。丁寧に作られたスープも絶品なのですがやはりこの麺が気にかかります。
微かな甘みを感じるこの麺は口の中へ入れる度に多量のスープを伴って参ります。この一体感は一体何を持って成し遂げられるものか。
少々行儀はよろしくありませんが、麺を一本だけ手に取り目を凝らして観察を続けようやくそれに気づいた時は知らずのうちに麺を持つ手が震えておりました。
まさか、これがそうだというのですか。
時折同好の士の間で話には出るもののその実在を確認した者は数えるほどにしか居ないあの、
伝説の、

「龍鱗麺……」
まさかこのような場所で出会えるとは。

湯切りの段階であえて細かな傷をつけ、その傷にスープがからまる事で一体感を出す。
その傷がさながら龍の鱗に見える事から付いた名が龍鱗麺。言い伝えはまことでございました。
完全に技術によってのみ成されるこの奇跡を見た限りまだ30にも届かぬこのような方が会得しているのです。
その影に一体どれほどの時間と情熱を捧げてきたことでしょうか。

しかしながらいつまでも感激に打ち震えている訳にもまいりません。
いかようなラーメン、いえ、料理であろうとも冷めきる前に食すのは作ってくれた方への礼儀と存じます。
延びる前に、このおいしさが損なわれぬうちに食べなければ失礼というもの。
なのですが、
「不覚……」
想像以上に長く思案に沈んでいたようでスープは少しばかりぬるくなっておりました。
これしきの事で味が落ちる程度でもないのですがやはり不覚を取った事は否めません。
「どうぞ。これサービスです」
密かに落胆する私の目の前に差し出されたのは熱せられた鉄串に刺さったひとかけらの鶏肉。
それを青年は丼の中へと沈めました。
ああ、なんということでしょう。
熱せられた鉄串の温度と鶏肉によって冷めかけていたスープが新たな風味を伴って蘇ったではありませんか。
「かたじけのうございます」
肉の脂と醤油の焦げる香りがまた新たな食欲を呼び覚まします。
この香りに惹かれない日本人などおらぬ事でしょう。
ひとかけらの鶏肉も噛むほどに心地よい弾力と味の染み出してくる逸品。
二杯目も最後まで心置きなく堪能し、手を合わせて心より感謝の意を伝えます。

「大変おいしゅうございました」

お会計を済ませ外を見れば、雨はすっかりあがって太陽が顔を覗かせています。
外に足を踏み出した私と入れ替わるようにして一人の男性が店内に駆け込んで行き、続いて聞こえてくる威勢の良い声。
「イヨース朗馬! 腹減った! 痛快ラーメン食わせろーっ!」
「お久しぶりです麺太さん!」

はて、あの顔、麺太という名前。どこかで覚えがあるような……
はたと思い至りました。
榊原麺太。
ああ、成る程。彼がそうなのですね。
今すぐ取って帰ってお話をしたい衝動にも駆られましたががそれは野暮というもの。
もしも再度会う時が来たならばその時にお話をする事と致しましょう。

私は軽い足取りで散歩の続きを再開することにしました。