ユメノナカヘ


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「だから、いつの日か必ず、また私をプロデュースしてください。
 その時が来るまで、私はあなたのこと、ずっと忘れません。
 ずっと、待っていますから。

 …それでは、またお会いできる日を願って。」

 何度も書いては消した最後の一言。
 もうちょっと、もうちょっとだけ付け加えたい言葉があったのだけれど、
 私はその言葉を続けなかった。
 その言葉を口にしてしまう資格が、自分には、ないと思ったから。

 アイドル、と、プロデューサー
 そうじゃない。芸能界で生きていく一人と一人、それもちょっと違う。
 お互い信じあった相棒として。パートナーとして。
 今の私には、彼にその言葉を送る資格がないと、そう思った。

 だから、私は……

「律子さーん、二番にOM事務所の木崎さんから電話でーす」
「わかりましたっ!」
 昼下がりの765プロ。 窓の外からはひっきりなしに聞こえる車のエンジン
音。山積みの書類。電話。春香が転んだ騒音。

 あれからどれくらいの日々が経っただろう?
 綺麗とは言いがたい雑居ビルの一室にあった765プロは、今や大きなビジネ
スビルの一フロアを占領する大手の芸能事務所。
 候補生と言えば聞こえがいいが、要は名前置いてるだけで事務所でぶらぶら
してるのが大半だったみんなも、彼のプロデュースを経て初週オリコン10位内
があたりまえの人気アイドルになっている。

 ベストパートナーだと思っていたのは私だけで、彼にとってのベストパート
ナーは、どうも、私じゃなかったのかも。

 そんな僻みめいたことを思うのも、あの後の芸能活動がいまいちうまく回ら
なかったせいなのかも、しれない。
 さよならコンサートで私が犯した大失敗のことがあるから、その後は楽には
いかないことは覚悟してたけど。
 年間単位のファンクラブ、期間更新してくれなかった人が大半だった。
 CDはすぐにプレス数を減らされた。
 TV局やラジオ局からかかってくる電話は私以外の誰かの出演交渉ばかり。
 華やかな舞台との縁がどんどん薄くなり、そして芸能誌に私の名前が載らな
いのが当たり前になってきて。

 一時期はほとんど自主休業状態だった「事務員兼任」、こちらのほうが私の
仕事の本筋になってきた。
 アイドルの旬は短い。人気が落ち目になったのであれば、地方で最後の一稼
ぎを適当に切り上げて普通の暮らしに戻るのがベストの道だとは、判っている。
 けれど、私には地方を回るほかにも、手元の仕事があった。
 いちばんはじめ、彼と出会う前の事務員に戻る道。

事務員だって私の夢につながる道のひとつだから。
 アイドル稼業自体、私の夢にとっては有用でも必須ではないものだから。
 そう思ってはじめは事務員復帰に張り切ってみたけれど。
 いいえ、張り切った振りをしてみせていたけれど……。

 いつだったか、事務所でその日の仕事の片づけをしていたとき。
 小鳥さんと私だけが残った事務所で。

「律子さん、お茶、入りましたよ」
「ありがとうございます。 休憩ですか?」
「そうですね、律子さんもそろそろ帰らないと、ご家族が心配される時間です
 しね」
「すみません、……まだ、事務処理終わってないのに」
「いいんですよ。 律子さんがいてくれるおかげで、私、ずいぶん楽になりま
 したから。 休日出勤しなくても仕事が回るようになりましたし、これでち
 ゃんと彼氏もつくれるかなー、なんて言っちゃったりして。あはは」
「小鳥さん、それ冗談になってないですよー?」
「♪クラスの友達思い出せない、彼氏も出来ない、ってね?」
「あはは、もうー。それじゃまるで、小鳥さんが独り身なの、私たちのせいみ
 たいじゃないですか」

 その一言で、小鳥さんの表情から笑みが消えた。

「そうですよ、律子さん。 それだけ、私はみんなに賭けているんです。
 私だけじゃない、社長も、……プロデューサーさんも。
 でも、だからどうだとは思わない。自分の信じた人のために、全力で頑張っ
 てるんですから。
 その結果、一生独身で終わったとしても、きっと後悔しない自信はあります」
「あ……」
「それより、ずっと言おうと思ってたことなんだけど。
 律子さんは、ほんとうに、全力で頑張ってますか?」
「わ、私は、そりゃあ、時折ミスもありますけど、それでも頑張って仕事はし
 てるつもりです」
「……」

 鋭い言葉に半ばしどろもどろになりながら返事をする私に、小鳥さんは追い
討ちをかけようとはしなかった。
 ただ、一言、

「ごめんなさい、ちょっと私も疲れてるみたいですね。今日はもうこれで終わ
 りにしましょ」

 そう、いつもの笑顔に戻ってしまった……。



 今日も、事務員の仕事が始まる。
 765プロのメールチェック、765プロ事務部のメールチェック。郵便物の確認。
 そんな中、私の個人用アドレスに、久方ぶりにメールが来ていることを、ま
だ、私は知らない。 そう、「彼」からのメールだ。
 そして、私にとっての本当の「物語のはじまり」が、ようやく訪れたのだと
いうことも、まだ私は知らなかった。