ユメノナカヘ 三話


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美希と私の初顔合わせの翌日。

 ……いったい、「彼」は何を考えてるのだろう?
 私、秋月律子を何度もそう自問させる「彼」の態度は、この日も変わら
なかった。



「来週は、オーディションを受けようと思う」

 あっさり言い放つ「彼」。
 きょとんとしている美希。
 唖然としている、私。
 そんな午後の事務所。

「ち……ちょ、ちょっと、どういうつもりなんですか?! 私はともかく、
 美希はまだ未経験の新人じゃないですか! まずはユニット内の意思疎
 通を図るとか、レッスンに費やすとか、他にやることがあるんじゃない
 ですか?!」
 机を叩いて「彼」に詰め寄る私。

 そんな私に、「彼」はあっさり言い放つ。

「これ、美希のデモテープ。で、美希、こっちが律子のデモテープ。衣装
 は事務所の好きに使って構わないぞ。流行はDa-Vi-Vo。曲は美希にはこ
 の前教えた『THE IDOLM@STER』で準備してある」
「え? ええ?」
「……?」
「それじゃ、来週の17:00に○○テレビ3Fの第四会議室に集合、な。当日は
 ここからTV局までの送迎はやってる余裕ないんで、美希と律子はそれぞ
 れ準備を忘れないように。夜は遅くなると思うから親御さんにはこっち
 から連絡しておく。じゃ、俺は帰るから後は二人で相談してくれ」
「えーっ?! プロデューサーさん、もう帰っちゃうの?!」
「帰っちゃうの。 じゃ、美希、頑張れよ」
「ううっ……ズルいのぉ」

 そのまま本当に会議室を出ていってしまった「彼」。
 涙目な美希。
 あっけにとられたままの私。

 この日のミーティングは、そんなかたちで幕を閉じた。

「どうしろっていうのよ、こんな指示で……」
「ズルい、ズルい、プロデューサーさんズルい!」
「……美希、あんたとはじめて意見合ったわね」
「律子、さん、もそう思うよね! 自分だけ先に帰って寝るのってズルい!
 ミキたちも帰って寝ていいよね? てゆーか、それが普通だよね?!」
「『帰らない』のが、本当の意味で『普通』かな……あと美希、問題点はも
 しかして『寝る』か否かってことだったりしないわよね?」
「そ、そんなこと無いもん」
「目が泳いでるわよ」

 ……頭が痛い。
とりあえず、「彼」が今のところ何もする気がないのは理解できた。
 どういうつもり?! とか、何がやりたいのよ?! とか、そういう怒りの
言葉をぶつけたいところだけど、肝心の「彼」はあっさり逃亡してしまってい
る。
 そしてこの場に残っているのは、不満げに不安げにほっぺたを膨らませてい
る美希だけ。私は気を取り直して美希に向かい合う。

「美希、よく聞いて」
「うん?」
「今の状況、わかってる?」
「今の……状況? プロデューサーさんが帰っちゃった」

 まぁ、それは確かに……そうだけど。

「私たち、来週オーディションを受けることになったのよ。勝てばTV出演。通
 らなかったら、この一週間がパー」
「おー……でぃしょん?」
「歌うの。二人で。審査員の前で。
 他の事務所からくるタレントたちと歌で勝負するのよ」
「それはミキも判るけど……」
「で、他のタレントより上手く歌えなかったら、ダメ」
「!? 負けちゃうの?」
「そう」
「で、負けちゃったら終わり?」
「この一週間が無駄になるわね。 それだけ上を目指せる可能性が減っていく」
「むー……」

 お、なんだか難しい顔して悩んでるわね。
 私は言葉を続ける。
「他の事務所から来る子たちは、みんなそれなりに専門のレッスン受けて来てる
 子ばかりよ。私たちみたいに『デュオ結成、翌週いきなりオーディション』な
 んてのはたぶん一組もないはず」
「……そうなの?」
「大抵は、数ヶ月間はみっちりレッスン漬けね」
「そうなんだぁ……」

 その声色、ちょっと気になった私はさらに質問を続ける。

「レッスン漬けの日々、……嫌?」
「嫌。難しいことばっか言われて出来なかったら嫌な顔されるんじゃ、ミキも嫌
 になっちゃう。ミキ、楽しくやりたいの」
「……じゃ、今回はレッスンなしで勝負できるんだから、ちょうどいいんじゃな
 い?」

 カマをかけるつもりで言った言葉だけど。
 美希は、ちょっと意外な反応を返してきた。

「そんなことない! 練習してる子と勝負しなきゃいけないんだったら、ミキた
 ちも練習してなきゃ負けちゃうの!」
「じゃ、練習、する?」
「でも難しいのは嫌なの」

 即答する美希。 私は思いっきりコケた。 
 ……ここらへんは当分、話をしても無理かな……。

「ま……まぁ、ともかく、いま私たちの戦力になるのは流行情報と、あとあなた
 と私の存在だけ。歌う曲はアイツが指定していったけど、まぁ流行にあわせた
 選曲でしかないし。一週間、つきあってもらうわよ、美希」
「律子、さん、つきあえって言うけど、ミキ何すればいいの?」

 ……そっか。この子、まだ何も知らないんだ。
 こんな子に課題曲だけ覚えさせて後はトンズラこいた、裏切者の「彼」はとり
あえず忘れよう。今は、とにかく、美希を戦力にするのが最優先ね。

「大丈夫、私に任せて。 美希が来週のために出来ることも、いっぱい教えたげ
 るから。ついてくるのよ?」
「難しくない?」
「……たぶん」
「じゃあ、ミキ、律子……さんのこと、信じてみる!」

「彼」に逃げられてから不安げだった美希が、はじめて笑った。
 私もその笑顔につられて笑いつつ、内心はこの先どうすりゃいいか、考えをま
とめるので精一杯だったけど。

 ハッタリ? 美希も自分も騙さなきゃ、やってられませんって。 こんな状況。

私たちが受けるオーディションは「アイドルの泉」。新人紹介が中心コンテン
ツの、深夜放送のFM番組。いくつかのFM局ネットで放送される番組だから、全国
とまではいかなくてもけっこう広範囲に私たちの名を売ることは出来そうだ。
「彼」が勝手に申し込んでしまったオーディションだけど、それなりには考えて
くれているらしい。

 番組自体がそういう構成だから、合格枠は広い。なんとかその枠に潜り込むた
めには有象無象の新人たちの中で、ぱっと審査員の目を引く必要がある。
 流行はDa-Vi-Vo。曲は「THE IDOLM@STER」、となると目を引く衣装となれば個
人的にこれ、「グリッターインゴット」。キラキラのラメがダンサブルな動きを
いっそう引き立てる衣装だ。
 Da一点突破を目指す方向で固める。 うん、悪くない……はず。

 そこまで考えて、翌日私は765プロに足を運んだ、のだけれど。

「あ、律子……さん!」

 事務所に入ってきた私に、満面の笑みで、美希。

「衣装のこと、ミキも一晩考えてきたんだけど。
 これ可愛いでしょー? ね、これ、これにしよーよ!」
「……何、これ」
「チアガール。でね、でね、これとこれとこれとこれ!」

 中学生の美希は、私より学校が終わるのが早い。
 放課後すぐに出社して、今まで衣装室でためすがめつしていたのだろう、髪の
毛や肩にホコリがついてるのを軽く手ぼうきではたきおとしてあげつつ、美希の
差し出した衣装を確かめる。
 チアガール。ピンクのポンポン。星のイヤリング。天使の羽根。宝石アンクル。

「……ねぇ、美希」
「どう? ミキが選んだの」
「んーと。 まず、私が来るより先に来て衣装選びしてたの、とてもいい心がけ
 だとは思うわね」
「♪」

 顔中笑顔だらけ、といった感じで喜ぶ美希。
 こんだけ嬉しそうにされると、褒め甲斐あるわね、この子。

「で、ひとつアドバイス。イヤリングも羽根もアンクルも、全部イメージがばら
 ばらな感じ、しないかしら?」
「……そうかも」
「今回、私も美希もライバルたちよりは準備は万全じゃないわ。そんな中で審査
 員の人たちに評価してもらうためには、ぱっと目を引くものがないといけない。
 そう、思わない?」
「んー……なんとなく、わかるかも」
「あと、もう一つ。 美希、舞台の上にあがって歌って踊った経験、ある?」
「ないよ」
「そんな中で手にかさばるポンポンつけて、スカートも短いチアガールの衣装で、
慣れない舞台にあがって。 どうなると思う?」
「んー……?」

 思いっきり眉を寄せて首をかしげて悩んでいる。
 派手な外見の割に、素直な子なのかも。

「目の前を邪魔する大きなポンポン。下からじーっと見てる審査員。スカートと
 っても短い。……どう?」
「……あんまり集中できないかも」
「そうよね。下にブルマーはいてるって言っても……ね?」
「うん……ミキも、なんか嫌」
「ま、これがもうちょっと慣れてきたら、わざと見えるか見えないかくらいのギ
 リギリの衣装で勝負するっていうのもあるんだけどね。
 慣れないうちはそういう小細工はしないほうがいいと思うし、私、そういうの
 あまり好きじゃないしね」
「ミキも同感。
 ……じゃ、ミキが選んだのってダメダメだったんだ……」

 今度はかくんと首を落として、がっかりした顔。
 これだけ表情ころころ変わる可愛い子って、きっと異性から見ても可愛く映る
んじゃないかな、とか考えたりしたのは置いておく。

「でも、アクセ選びは悪くないかも。どれか一つ、美希が思いっきり押し出した
 いイメージのアクセ、選んでくれる?」
「どゆこと?」
「いいから、いいから。イヤリングか、羽根か、アンクルか」
「んーと……じゃ、イヤリング! お星様でスターって感じだもん」

 そのまんまじゃん。

「じゃ、……これと、これと、これね」

 私が代わりに選んできたのは星のブローチ&グローブ。

「あ、こんなのあったんだぁ」
「これで揃えれば、全体的にまとまり出てくると思うわ」
「アンクルは?」
「キラキラ光って目立つから、アレはそのまま採用」
「ん、了解なの!」

 美希、あんたの目のほうがよっぽどキラキラしてるわよ。
 そんな軽口を叩きたくなるくらいに、彼女は嬉しそうだった。

 こんな調子でひとつひとつ準備を終えていく私たち。

 そして……当日。
一緒にTV局までやってきた美希と私。
 それに気づいた様子で、エントランスホールから男が出てきた。
 言うまでも無い。「彼」だ。

「お、とうとうここまでこぎつけたみたいだな」
「……どちら様ですか?」
「ミキ、知らない人とは口利かないの」
「……手厳しいな、おい」
「担当ユニットの初週にいきなりオーディション組んで、その上に準備まで本人
 任せにするプロデューサーなんて知りません」
「同じく、なの」

 これくらいは、言ってやってもいいと思う。

「すまん、悪かった。今回はちょっと俺がワガママ言って組んだユニットだった
 もんでな、初週はどうしてもこうしなきゃいけなかったんだ」
「変な言い訳ですね」
「だよねー、律子、さん」
「むむむ……すっかり壁が出来てしまった」
「壁を自分から作ったのはどこのどなた様でしたっけ?」
「ミキ、プロデューサーさんに見捨てられたの、一生忘れないもん」
「えーい、もう! 事情があったって言ってるだろ!
 わかった、もう、なんか一つ要求聞いてやっから、機嫌直せ、いや直してくれ
 ってば。ごめん、済まん、悪かった、律子、美希」

 ちょっとだけ、もっと突っぱねてみようかな、とも思ったのだけれど。
「彼」が必死に頭をさげてる姿が、ちょっとだけ「昔」を思い出したから。
 あの頃の余裕も何もなく必死だった「彼」に、ちょっとだけ戻ってくれたよう
な気がしたから。
 ちょっとだけ勘弁してあげようかな、とも思う。

「……じゃ、今日のオーディション、勝てたらプロデューサーの奢りです。
 私と美希と、それぞれ一回ずつ。行き先は異論禁止拒否禁止。
 ま、プロデューサーのお給料じゃ可哀想だから関東平野縛りで」
「えっと、つまりどーいうこと?」
「どこでも好きな場所に好きな時間、連れてってもらうの。
 で、食べたいのを何でも注文してOK。 ただし関東地域限定」
「ん……じゃ、ミキもそれでOKなの! そしたらプロデューサーさんのこと許し
 てあげる」
「あ、ああ、……ありがとう。
 じゃ、美希もさっきの言葉は取り消しってことで……」
「それはダメなの。一生覚えておくのは変わらないの」
「……そうですか」
「プロデューサー、女の子をがっかりさせた罰です。 反省してください。
 あと、今度同じことをやったら、本気で怒りますからね」
「覚えとく。……すまん」

 本当に、「彼」とこんな会話、どれだけしてなかっただろう。
 こんなことで浮き立つ自分の心が、ちょっと、悔しかった。