春香が家にやってきた:番外編


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

♪ちゃ~ら~ ちゃらら~ら~ら~ら~ ちゃ~らら~ ちゃらら~ら~
♪私は天海春香です!イェイ!トレードマークは頭のリボン!
<<プツッ>>
”はい。天海春香です。ただいま電話に出ることができません。すみませんけど、発信音の後にメッセージを<<ブツッ>>


部屋の片隅、白いゲーム機の大柄な箱の上に置かれた携帯は、応答を得る事なく空しく切れた。
着信履歴を示すランプが、小さく灯る。


コンコン・・・

部屋のドアがノックされた。
返事はない。
やがて、とまどい気味にドアが少しずつ開く。

「プロデューサーさん・・・?」
ドアの隙間から、少女が顔をのぞかせた。
キョロキョロと部屋の中を伺う、その動きに連れて、頭のリボンが揺れる。
彼女の大きな瞳が、部屋の真ん中で向こう向きに横になっている男の姿を捉えた。
『あ、もうお休みだったんですね・・・。』
声を潜めて独り言。
しかし、部屋の電気はおろか、ゲーム機とテレビ画面の電源も入りっぱなし。
ゲームのBGMが鳴り続けている。
明らかに、寝落ちしたというべき状況だ。

少女の表情に、迷いと憂いが影を落とす。
彼を起こすべきか。このまま寝かせといてあげようか。
起こしたい。それはもちろんだ。
もう一度、顔が見たい。声が聞きたい。そして、ちゃんともう一度お礼が言いたい。
『プ・ロ・デュー・サー・さん』
ささやくように呼びかけてみた。
やはり返事はない。
迷いを持ったまま、彼女は部屋に入っていった。

ゲーム機の上の小さな光が、彼女の目に入った。
幸運な忘れ物。
この携帯を取りに行く、それが名目だったのだ。
期せずして訪れた好機。しかし、お目当ての彼はすっかり眠りに落ちている。
『せっかく、もう一度来たのに、プロデューサーさんは・・・』
そう言いながら、男の寝顔を覗き込んだ彼女は、息をのんだ。
嬉しさと悲しさをごちゃまぜにした様な寝顔は、涙でグシャグシャに濡れていた。
彼女のために流した涙で。
そう思うと、胸の奥が締めつけられるようだった。

彼が寝ていて良かったのかもしれない。
少女は、初めてそう思った。
もし、もう一度、話ができたりしたら、もう自分は帰れなかっただろう。
彼が寝ている今ですら、こんなに帰りたくないんだから。
少女はハンカチを取り出し、彼の涙をそっと拭った。
『このまま寝ちゃったら、風邪ひいちゃいますよ。』
あえて明るい口調で、しかし声は潜めたまま口にしてみる。
そして、寝ている彼の体に毛布をかけてあげた。

このまま帰ろう。
そう決めた。
でも、手紙くらい置いて行きたいな。
部屋を見渡す。
そう言えば、昼間この部屋を片付けしてたんだった。
確かその時に、ペンは見た覚えがある。
でも、紙は見なかったかも・・・。

彼女の記憶の通り、ペンはすぐに見つかった。
でも紙がない。
紙袋やチラシならあるけど、さすがにせっかくの置き手紙に使うのはためらわれた。
困ったな・・・と、頭に手をやった時、指に触れる物があった。
彼女のトレードマーク。頭のリボン。
そうだ。
自分の分身としてこの場に残して行くのに、これほどふさわしいものも他にないじゃないか。
大事にして欲しいな・・・。そう思いながら、リボンを解いて、メッセージを綴った。
そしてしばらく悩んだ末、最終兵器リボンの投下地点は、彼の手首と決めた。
リボンそのものに気付いてもらえなかったり、メッセージに気付いてもらえなかったりということはないか、散々考えた末の結論だった。
絶対に気付くところ、その上で絶対に、いつかそのリボンをほどくはずのところ。
へたに頭に付けて、気付かずに外出したりしたらかなりの悲劇だし、そこで気付いて慌ててリボンを捨てられたりしたら大変だもの。


リボンを結び終えた彼女は、今度は忘れない様に携帯を持った。
「また、きっと会えますよね。」
彼に、そして自分に対して言う。
「じゃあ、おやすみなさい。私の、プロデューサーさん。」
ドアが閉まる。
部屋の中には、彼女がプロデューサーさんと呼んだ男が、一人残された。

彼女の残したリボンと共に。