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初産であることを差し引いても、娘の難産には正直、自分の時以上に血の気が引いていく感覚に襲われた。
既に産気づいてから十時間も経過しようとしていた。震えの止まらない手を、既に他人になって久しい夫の大きな掌が包む。
そういえばあの子を産む時もこうして貰った気がする。思い出とはなんと都合が良いのだろうか。
思えば、あの子には何度謝っても謝りきれない大きな傷を、大きな溝をつけてしまった。
あの子の弟でもあるはずなのに、さも私達だけの息子が亡くなったという意識が、あの子をどれほど苛ませたか。
慣れないことをしてでも笑わせようと無理をしたあの小さな女の子をどれだけ追い詰めたか。
今更になって責め立ててくる罪悪感に涙を流すことしか出来ない。親としての私はなんと脆いのだろう。
せめて傍にいてやりたい。励ますことだけでも、と息巻く私達をあの子はきっぱりと跳ね除けた。

大丈夫。私はもう、一人じゃないから

その瞳は泣きじゃくるだけのあの子ではなく、母親としてのそれだった。

私と夫を離したのがあの子であったならば、また引き寄せたのはあの子であった。
いや、あの子は必死に私と夫を繋ぎ止めていただけだ。その行為に、想いに何の罪も無い。
最終的にあの子を引き取っ私は、それでももう深く刻み込まれた溝は果たして、あの子と私を繋ぐものを無くしてしまっていた。
ブラウン管の先で輝く彼女を親として迎え入れる余裕はおろか、嫉妬心すら覚えるようになっていた。
その度につくづく私は親に向かないなどと、一人ごちていた自分が恨めしい。

昼間に産気づき長い時間が経つ。時計はもう真夜中を指し、待合室にはあの子の友達だという、テレビでも良く見る女の子ばかりが集まっていた。
一様に不安そうな顔を覗かせ、それでも私に対しても励ましの声を掛けてくれる。
けして、彼女達がいつも身を置いている世界で用いる言葉ではない。真にあの子を心配し、これから生まれくる命に希望を抱く人。
良い友達を持った。及第点以下の親である私は、とりあえずその事実に安堵する。

徐々に人の増えていく待合室で、あの子の一番、大切な人がいなかった。
一体、何をやっているのだという怒りがこみ上げてくるが、怒る権利すらない私はただ時計と分娩室の扉を交互に見ることしか出来ない。
ある日突然、あの子が愛する人だと言って私の元へ連れて来た彼は、正直に言ってしまえば凡庸な、どこにでもいる男にしか見えなかった。
けれど、親である私が目を背けていたことを、彼は赤の他人であるはずなのに真正面から受け止めてくれた。
そう、誰もが疎んじるあの子の陰を彼は支えてくれた。それだけで私は頷くしかない。
無論、有無を言わせぬあの子の瞳に何も言えなかったのも事実だけれど、久しぶりに交わした視線の先の瞳は紛れも無く、愛する男性を見つけた一人の女性のものだった。
女性になり、母になる。
それだけでも何も出来なかった私にとって、あの子がそう変化していくことに、久しく感じていなかった母としての喜びを覚えた。
けれど、あの子の隣でのん気に笑う彼は私と夫でさえも引き寄せようと尽力してくれた。
私の為ではない。母として、そして家族を成すその一員として。
彼はあの子にその責任の大きさと、それを遥かに超える喜びをあの子に教えてくれたのだ。

先ほどから聞こえていた足音に気づかなかったわけではない。長椅子に座ったまま見上げると、額から汗を流す彼が私と夫へ顔を向けていた。
早くあの子のもとに行ってあげなさい。そう伝えるのが親の務めである。でもそんな簡単な言葉が出ない。
今になってあの子が惜しい。もうあの子を奪ってしまうのか。私達からあの子を引き離すのか。なんて親という生き物は我侭なのだろうか。既に諦めていたはずのあの子への愛情が今になって暴れだしてしまう。
彼の手を取る。
せめてもの思いを、何も言葉にならないはずなのに夫と共に握ったその手は驚くくらい大きくて、この手に守られているならばという安心と、必死に解いた自分の小さな手にもうあの子を抱きしめられないのかという思いが交差していく。
挙式ですら感じなかった惜別の情が一気にこみ上げ、他の子に背中を押されて分娩室に入っていく彼の背中は少しぼやけていた。
ぼんやりとした景色の中で思い出す。少し未熟児で生まれたあの子。
それでもまだその時は注いであげられた愛情でもって歩いてくれた時の喜び。
転んでべそをかいて、それでも姉になるんだからと立ち上がったあの瞳。
その瞳はしばらく閉じられていたけれど、それでも光に向かってしっかりと見開いた先にいた、一番に愛する人。

扉の向こうからファンファーレのように響く泣き声。ワッと華やぐ女の子達。
しばらくして、看護士の女性から呼ばれ、私と夫は分娩室に招き入れられた。
新しい命が、やっと母親に会えた喜びを体一杯に表現している。本当に、本当に頑張ったあの子が必死に自分の子供を胸の中に抱く。
もうその目には私と夫は入っていない。そう、それで良い。これからは一つしかないその愛を等分ではなく、二人に与えなければいけない。
それは苦しく、とても楽しいものなのだから。
ふいに赤ん坊の目がこちらを捉える。あの子もそれに気づき、母親の顔で、瞳で私達に言った。
その時の言葉は今思い出しても私の、とても短かい間だったけれどあの子への愛に偽りが無かったことを証明できる唯一の誇りだ。
そう、あの子もいずれ私達と同じ立場に立たされるのだ。でも、あの子なら何も心配はいらないと、不出来な親の精一杯の愛を示そう。

ほら、お母さんの大切な人よ。