What color is your color?


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気が付けばそこは、壁と床だけの空間だった。
どこまでも続くような白、奥行き。
天井なんて存在しない、いや、するのだろうか。あの白は、空だろうか。
目が眩むような、そんな色。左右も上下も見失ってしまうような、そんな色。
視覚は頼りにならなくて、手を伸ばす。
手のひらは壁面に触れたはずなのに、触覚はその機能を果たさない。
触っているのに触っていない、不思議な感覚。
戸惑う。ここはどこだろう。

夢なのかな、そうなのだろうと不意に理解した。だとしたら、なんて味気ない夢なのだろうか。
見渡してみる。
白い壁、白い空、あるいは天井。どこまでも続くような奥行き。でもその先もやっぱり真っ白で。何もない、ただただ白い、殺風景。
音は無くて、匂いもしなくて、たったひとり取り残されたような世界。
白い視界。
白の世界。
心細くなって、座り込んだ。
彼女を受け止めた床も何もかも、純白だった。

「写真撮影、ですか?」
雪歩の問いに彼は頷き、これだ、と資料を取り出した。
「時期が時期だし、こんな仕事もあるんだ」
事務所の、彼の小綺麗なデスクが資料に埋まる。雪歩がひとつ手にしてみれば、そこには女性の姿があった。
「モデルだな。その会社のパンフレットに、雪歩の写真を載せたいって話だ」
しばらく凝視する。言葉が出なくて、それでも何とか絞り出した。
「・・・きれいです」
その言葉に彼も同意し、しかし彼の視線は手帳へと向いている。
「ただここ最近、レッスンと営業で忙しいから。疲れてるだろ?無理に引き受ける必要はないぞ」
どうする?そんな彼からの問いと向けられた視線に、雪歩は悩む。
勿論、やってみたい気はある。無い方がおかしいだろう。だがやっぱり、恥ずかしい。
うんうん唸ってみれば、彼が小さく笑う。苦味の無い笑み。
「やっぱり、恥ずかしいか」
「は、はい」
正確に言い当てられ、少し驚く。
「さっきも言ったけど、無理することはないぞ」
でも、と彼の視線がデスクトップのモニタに向いたので、つられて彼女も彼の横顔を追う。
「まあ正直、見てみたい気はするけど」
「・・・ぇ?」
「雪歩のドレス姿」
そんな彼の言葉に一気に頬が上気して、迷いなんて吹っ切れる。
「や、やります!」
気付けば叫んでいた。

目を閉じていた。
目を開けば、そこに真っ白な世界があることはわかっていた。
それはきっと彼女なりの抵抗で、でもその世界には彼女ただひとり。
誰も居ない、そんな世界。
泣いていた。心細さからだろうか。
本当にこれは夢なのだろうか。そんな気さえしてくる。
ずっとこのままならどうしよう。怖かった。

みんな、どこへ行ってしまったんだろう。
父親と母親の姿を想う。でも、ここには居ない。
学校の友人達のことを想う。でも、ここには居ない。
765プロのみんなを想う。でも、ここには居ない。
プロデューサーのことを想う。でも、ここには居ない。

―――プロデューサー・・・
気付けば彼のことを、他の誰よりも強く想っていた。
隣に居てくれるのは、彼だったから。
真っ黒な視界の中で、ふと彼の声が聞こえた気がした。目を見開く。純白の世界。音はしない。
気のせいかな、そう思って、また目を閉じようとした。
―――雪歩。
今度こそ確かに聞こえたその声は、彼のもの。力強く立ち上がって、彼の姿を探す。

白い視界。
白の世界。
何もない殺風景。

声がする。聴覚が、彼の存在を示していた。
匂いも感じる。嗅覚も、彼の存在を示していた。
「プロデューサー!」
ありったけの声を張り上げて、彼を求めた。瞬間、白の世界が崩壊していく。真っ白だった世界が、色付いていく。
これは、何色だろう。何となく、どこかで、いつか、いつも。
ああ、そうだ、これは。
あの人の、色。

「雪歩?」
雪歩が目を覚ませば目前に彼の顔が迫っていて、少し驚く。
自分が寝ていたのだと気付くのに時間がかかって、同じく夢の内容を思い出すのにも時間がかかった。
「起きたか?」
「いえ、ごめんなさい。寝てしまいました」
恐縮する雪歩をいいよ、と制した彼は、それよりも、と彼女に視線を移すように促した。
「まだ、しっかり見てないだろ?」
化粧の最中に寝るなんて、よっぽど疲れてたんだな、なんて笑いながら彼は言う。
彼の視線の先、在るのは鏡。スーツ姿の彼と、彼女。

純白の、ウェディングドレス。

「お父さんが居たら、泣くだろうな」
そんな彼の軽口も、彼女には聞こえていない。状況の把握に必死である。
ジューンブライド、結婚式場を経営する会社、パンフレット、写真、モデル。
ようやく状況を理解して、ぼうっとしていた頭は回り始めた。同じく、ようやく自らの格好へと意識が移る。
ウェディングドレス。白が眩しくて、思い出す。
そうだ。夢を見ていた。

「あれ、雪歩、どうした?」
途端に恥ずかしくなって、顔を伏せる。純白のドレスの意味は、あなた色に染めて。そんなこと、彼女も知っている。
つまるところ、あの夢はなんだ。
真っ白な世界で、ひとりぼっちで、誰も居なくて、でも最後に世界が染まって。
「雪歩!」
「は、はい!?」
突然の大声に現実へと舞い戻り、彼のあきれたような、それでも優しげな笑みを貰い受ける。
「ほら、時間だ。恥ずかしがってないで、そろそろ行くぞ」
彼女は別に、自分の姿に恥ずかしがっていたわけではない。わけではなかったが、そういうことにしておく。か細く、はい、と答えることが出来た。
「全く、そんなに恥ずかしがる事もないぞ。似合ってるし、綺麗だし」
「・・・!?」
最早声にならない。夢の事を考えていたときの恥ずかしさに、気恥ずかしさやら嬉しさやらなにやらが全部上乗せであった。
彼女はその後のリカバリに数分を要して、もちろん撮影もずれこんだ。
それでも出来上がった写真上の彼女はとても綺麗で、とある式場で配布されているパンフレットには、幸せそうな笑顔の純白が載せられている。