幸福Children


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 “June bride”という言葉がある。

 由来は、6月はローマ神話の女神の月で、
 この月に結婚した女性は幸せになれると伝えられているから。

 梅雨も明け、本格的な夏の始まりを予感させるセミの声が耳につくこの頃。

 なのにいまさら、そんな事が頭をもたげるのは――。

「お。ちょうど発走か。これはいいタイミングだな」
「あ、社長。お疲れ様です。珍しいですね……休みの日に」

 自分以外事務所に居ないと思っていたプロデューサーは、
 不意を突いて現れた社長――高木の声に少しばかり驚き、焦った。

 というのも、机の上にだらしなく足を乗せて、くつろいでテレビの競馬中継など観てたりしたものだから。
 おまけに、鼻の下にペンを乗っけるという、ワンポイントまでキメて。

 慌てて姿勢を正し、高木に振り返り挨拶をするプロデューサー。

「うむ。目を通しておかないといけない書類を事務所に忘れてしまってね。
 取りに来たんだが、此処で読んでいってしまおうと思って、奥の部屋にいたのだよ。
 君こそ、休日だというのに精が出るねぇ」
「いや、たまたまですよ。休む時は休んでますし」

 どうやら自分の不真面目な醜態は間一髪見られていなかったのか、
 普段通りの高木の反応に内心ほっと息をつくプロデューサー。

「そうかね? その割には少し疲れた顔をしているようだが……?」
「はぁ。そう……見えますか。実は……」

 仮にもこの人は芸能プロの社長――。
 今の自分が抱える悩みに対して、百戦錬磨の経験から的確な助言をもらえるかもしれない。

 自慢話を延々とウン時間出来るだけ人生の容量があるのだ。
 相談すれば、何かしらヒントくらい見つかるだろう――。

 プロデューサーは、昨晩の事を顛末を、言える範囲だけの内容に絞って話し始めた。 

 その変化に美希は敏感だった。

「ねーねーハニー。気になってたんだけど、そのマグカップ、どうしたの?」

 本日分のスケジュールを消化し、
 アイドルランク変化等のチェックを済ませた事務所での一日の終わり際、
 珈琲を啜りながら新聞を読み寛ぐプロデューサー。
 そのプロデューサーが持つ真新しいカップに、美希がくいついた。

「あ、これ? 小鳥さんからもらったんだよ。確かプロデュース順調で賞とかなんとか記念に」
「そうなんですか。男の人が選ぶセンスじゃないし、気になってたんですよ」

 美希が咲かせた雑談の花の匂いに釣られ春香も現れて、
 長椅子に座り、新聞を読むプロデューサーの対面の席に陣取る。

 無論、春香と美希の二人が言う「気になっていた」は額面通りではない。

 乙女のセンサーが、女の子達のバトル――硝煙の臭いを嗅ぎ取ったのだ。

「なんだ二人とも、着替えも未だで……俺を構っても、何も出ないぞ?」

 といいつつも、なんだかんだと話し込んでしまい、
 春香と美希が着替えにプロデューサーの元から離れるまで10分以上。

 ようやく新聞に集中出きる、とプロデューサーが新聞の紙面に向きなおすと、
 若い二人の間隙を縫うが如く、今度は小鳥がプロデューサーの元にやってくる。

「お疲れ様です、プロデューサーさん」
「お疲れ様ですー。小鳥さんも上がりですか?」
「ええ。競馬……ですか?」

 プロデューサーが開く新聞を、立ったままちらりと見る小鳥。

「ええ。入社してから社長に教わりましてね。
 大きなレースがある時だけ、予想したり観たりするんですよ。賭けはしませんけどね。
 明日は家でゴロゴロしながら観戦するつもりですよ」
「そうなんですか。……あの、では今日、晩御飯なんてご一緒に……どうですか?」

 どうやら、今日はこの後プロデューサーに予定はない様子。 
 それを見た小鳥は特に言葉を飾らず、勇気を出して用件を伝えた。

「あーいーですねー。マグカップのお礼もあるし――
 最近あの二人のおかげで少し贅沢出きるようになったんで、奢りますよ」
「い、いいんですか……!?」
「はい。でも俺、この辺の美味い店知らないんですよね……」
「あ、それは私にお任せしちゃってください」

 なんたって、それ関連の雑誌は読破してますから! 
 と弾みで言わなかった自分を、小鳥は自分で褒めてあげた。

「じゃー、行きますか」

 新聞を折りたたんで長椅子の前のテーブルに置き、プロデューサーが腰を上げる。

「はい。期待して下さいね~私、いいお店知ってるんですよ~」
「それは楽しみですね。でも、お手柔らかにお願いしますよ?」

 笑い合いながら、連れ立って事務所を出て行くプロデューサーと小鳥。

「「ちょーーっとまったーー!!」」

 突然、その二人の後方から聞き覚えのある、芝居がかった声が同時に聞こえてくる。

「その話――」
「私達も――」

「乗せてもらいます!!」「乗せてもらうの!!」

 プロデューサーと小鳥が振り返ると、春香と美希が、
 どこぞの戦隊ヒーローのような、奇抜なポーズを取って並んでいた。

「とっとっと……この体勢、結構きつ――きゃぁ!?」

 どんがらがっしゃーん! 

 ――そして転ぶ春香。

「二人とも、どうしたんだ……?」
「どうしたじゃないのっ! 
 ミキ達を置いて小鳥と二人きりで食事に行くなんて、春香の心が黒いうちは許さないの!」
「そうです! って、なんか違うよぉ、美希!」
「まて、お前達……悪いが、お笑い路線だけはプロデューサーとして認められない所存だぞ」
「ハニー、春香の(お笑いの)才能を認めてあげて欲しいの」
「春香の(お笑いの)才能は認めるけど……
 やっぱり、イメージとか……それに今のファンになんて説明すれば……美希は、いいのか?」
「うん。春香の熱意には負けたぜ……! なの」

 そう言って、晴れやかな表情をする美希。

「ちょっと! 何美談仕立てにしてるんですかッ!」
「いや、ゴメン。それで、実際何の用だい?」
「ミキ達もお食事一緒するの!」
「ずるいですよープロデューサーさん。私達から逃げるように……小鳥さんと」
「いや、声かけようと思ったけど、二人は着替え中だったし……」
「ハニーになら、ミキの全部を見せてもいいの☆」

 ざわ……ざわ……。

 美希の発言で、事務所内に残った社員達にどよめきが起きる。

「ばッ――と、とりあえず、続きは外で話そう!! 小鳥さんも、すいません!」

 咄嗟に美希の口を閉じるように片手でアイアンクローをかけ、美希ごと事務所から逃げ去るプロデューサー。

 その様子を眺め、小鳥はよよよ、とつくり顔で泣きつつも、何か予感めいた不安を感じていた。

 「えーっと……5分、いえ、3分だけ待ってて下さい!」

 プロデューサーと美希と春香、3人に向かってそういい残し、
 小鳥は自宅の玄関を開け神速のインパルスで内側に入り、
 トラブルメーカー達が侵入しないよう光の速さで閉める。

「うん、まぁ……突然だもんな」

 苦笑いするプロデューサー。

 あの後、流石に3人奢るのは厳しいですと情けない懇願をプロデューサーがすると、春香が
 「じゃぁ材料だけ買って小鳥さんの家で料理を作ってみんなで食事なんてどうですか?」と言い出した。
 それに美希が「さんせー!」と口を揃え、経済的に助かるし、異存のなかったプロデューサーは、
 自宅を提供する事になる小鳥の顔を窺った。

 どうしましょうかと思案顔をしていた小鳥だが、何を目にしたのか突然、まるで
 「孔明は生きていた!!」と驚愕し退却する司馬仲達のように顔を強張らせ
 「は、春香ちゃんがそう言うなら……」と承諾した。

 プロデューサーは、小鳥が何を目にしたのか気になったが、様々な事情により、その事を考えるのはやめた。

「お待たせしました! さぁどうぞ」

 しばらくし、小鳥が玄関のドアを開いて、3人を招き入れる。

「お邪魔します」

 女性の部屋に上がるのは緊張するものだし、そわそわしてしまうのは生理現象の一種だと思う。
 だけどそれを露にするのは恥ずかしいし迷惑だろうから、プロデューサーは平静を装い、
 意識して、あちらこちらを見ないように努めた。

 が、春香と美希の二人は、家宅捜査に来た検事のように神経をとがらせていて、
 ちょこちょこと動き回り何やらひそひそやっている。

「バスルームには無かったよ、春香」
「後はキッチンね。料理する時調べてみる」
「ホントにあるかな?」
「たぶん……ウラは取れてるもん」
「どこから?」
「あずささん」

「おーい。何やってんだ二人ともー。こっち手伝えよー」

 普段はそんなお行儀の悪い娘じゃないんだけどな、とプロデューサーは思いつつも、
 まぁ同性の家だし、年頃の女の子としてはいろいろ気になるものなのかな、と大目に見る事にした。

「「いただきまーす」」

 完成した小鳥、春香の共同料理を囲み、4人で声を揃える。

 急な事もあり、割と簡単に出来る鍋料理だが、こういう場合、味より雰囲気を楽しむもの。

 だが何故か小鳥は憔悴感漂わせるぎこちない笑顔を貼り付けていて、
 春香は何か不満気というか腑に落ちない顔を見せていた。調理中、一体何があったのだろうか。

 美希はというと、おにぎりの山に瞳をキラキラさせて、いつも通り。

「いやーすいませんね小鳥さん、こいつ等がわがままいっちゃって」
「いえいえ、かまいませんよー。いつもは独りですから……楽しいですし、嬉しいです。
 ただ……いえ、なんでもないです……!」

「どした春香ー? なんか料理で失敗したとこでもあるのか?」
「へ? いえ、そんなことありませんけど……」

「美希は――食べすぎて、スタイル崩すなよ……」

 職業病か生来の性格か、どんな場面でも気配りを忘れないプロデューサー。

 そんなプロデューサーを他所に、春香は考え事をしていた。
 あると睨んだプロデューサーとお揃いのマグカップが、ついぞ発見出来なかった。
 もしかして隠された? それとも始めから無かった?
 なら、小鳥さんはノーマークでOKなのか?

 ライバルだが、今は共同戦線を張っている美希に春香はアイサインを送る。

 それを受け取った美希は、実質なんの事か意味を理解していなかったが、
 おにぎりが美味しくて早く続きを食べたいので、なんとなく通じたような真顔をとりあえず作った。

 春香はそれを確認し、こくりと頷く。
 ここに“プランB”が発動したのだ。

 その後10分、20分と時は過ぎて行き――。


「「ごちそうさま」」

 小鳥宅での楽しい食事の時はフィナーレをむかえた。

「ほんと、美味しかったですねー……ってヴぁい! ちょっと、美希!?」
「わ、どうしたの春香ちゃん? キャラが崩壊というか、拘束具が外れてきてるわよ……!?」

 春香が怒るのも無理ない。何故なら、プランBは美希から始動する作戦だったのだ。
 なのに当の本人は食べるのに夢中になり、すっかりそれを忘れたいた。

 しかし、美希を責める事は出来ない。
 これは、相手の策を未然に防ぐため小鳥が講じた、美希を封じる巧妙な策だったのだ。

 おにぎりを美希に与え続け黙らせるという“兵糧攻め”――本当の意味は真逆だが。

 ちなみに美希が発動するはずだった“プランB”とは「小鳥はハニーが好きなの?」と聞く、
 策もへったくれもない、ただの核爆弾。
 美希なら自然と言えると思う、という理由だけで春香から授けられた切り札だった。

「ゴメン、春香! でもね、そんなに気にしなくていいと思うな。
 ミキ、こういうのは他の誰かがどうとかは関係なくて、自分がどれだけ頑張れるかだと思うの」
「美希……」
「ね、小鳥もそう思うよね?」
「えぇ! い、いきなり私に振るの!?」

 星井美希という少女は、時に何の気配もなく、人の心の中心地にぴょいと飛んでくる。
 “空気が読めない”と悪く言われる事が多いが、彼女の素敵な感性で、尊ぶべき才だと小鳥は思う。

 ただ、その飛び道具をココで自分に向けられると困ってしまうのも確かだが。

 誰だって、素の自分をいきなり人にさらけだすなんて出来ない。それは、怖いからだ。
 それを彼女は、つくろわず“星井美希”のまま生きている。

 自分も、彼女のようにあれたら――『明日』か『50年後』か――それを縮めるのは、
 踏み出す一歩なのだと――小鳥は、あずさから伝えられた言葉を思い出した。

「うん。そうだね。でも、春香ちゃんの気持ちも分かるんだ。ほら、私はみんなよりちょっぴりお姉さんだから」

 “応援してるね”と言ってあげられない事に胸の奥がうずくけど――

「宣言します……! 私も、二人と同レースを走る――これで、いいかな?」

 今日の春香ちゃんがなんだか変なのは、たぶんこれを知りたいから。
 感の鋭いプロデューサーの前で教えるのは、もう告白に等しいけど――心臓は、今にも跳び出しそうだった。

 けど、冗談とはいえ「結婚しますか?」なんて言われたし、まったく目が無いわけでもないはず。
 待ってるだけじゃ何も降ってきはしないし、今日だって、そういう決意の元に食事に誘ったのだ。

 恥ずかしさでプロデューサーの顔をまともに見られないが、小鳥は、どこか懐かしい気持ちを味わっていた。
 胸の奥に甦るその感覚の真ん中を見つめる。そこには、音無小鳥という一人の少女がいた。

 その対面は、恋に恋していた自分が、本当の恋をしてると自覚した瞬間だったのかも知れない。

 今の状況でプロデューサーを見つめてしまうと、息も出来ない。
 自分でも気付かないところで、それ程プロデューサーの事が好きだったんだ。

「小鳥さん……あの、私……ごめんなさい!」
「ミキの前は譲らないけどねっ!」
「うふふ。二人とも、お手柔らかにね?」

 知らない所で女性3人の間に何かが起きていて、どうやら今、感動的に解決したらしい。
 プロデューサーは、よく飲み込めない状況の中、一つだけ思った事があった――

 “ちょっぴり”……? 

 かくして、未知の抗争とドラマがあった小鳥宅での食事会は無事終わり、
 遅い時間だからと、しぶる美希と春香を先に帰したプロデューサーは、食事の後片付けを担当していた。

「あの、やっぱり手伝いましょうか?」

 エプロンをつけて自分の家のキッチンで洗い物をするプロデューサーの背中に、小鳥がおずおずと話しかける。
 二人きりという事もあって、親鳥を見失ったひよこの様に、そわそわして落ち着けない様子。

「いや、洗い物くらい俺にも出来ますよ。小鳥さんは寛いでてください。色々と疲れたでしょうから」

 最後の方を笑いながら話すプロデューサー。

「あの~~……さっきの事……聞かないんですか?」
「……やー、なんとなく、ですけど、分かりますから。あいつ等の事は……」

 今度は頭をポリポリ掻きながら、照れたように話すプロデューサー。

 やっぱり――という事は、自分の気持ちもバッチリ読まれてる? と、小鳥の顔が下から朱色に染まる。

「あの二人見てると最近思うんですよ。結婚して、子供を持つのもいいかなって。
 出逢った頃から美希も、春香も、アイドルとして、人間として成長しました。
 そういうのを見守って、感じられるのって、至上の幸せなんじゃないかって……変ですかね?」

 え――それってどういう意味? 今この場でそれを言うって事は、もしかしてもしかする!?
 遠回しなプロポーズ? もしかして前のアレも実は――!?

 照れ恥ずかし何処へやら、ピヨピヨと小鳥の脳内を幸福鳥が駆け巡る。

「いえ。素敵だと思いますよ……私も、似たような事思う時ありますし……」

 しかし帰り際、あの二人に「抜け駆けは禁止!」と釘を指された.。
 とくに、深く語らないが春香の表情は真に迫るものがあった――それもあるので、ここは冷静になる小鳥。

「そうなんですか? 気が合いますね。っと、この食器は何処にしまえばいいですか? ここかな――」
「えっと、それは……――あぁ! そこはダメです!!」

「え?」

 小鳥の制止も遅く、プロデューサーは高い位置にあるキッチンの棚を開く。
 そこには――。

「あれ……これって……何処かでみたよーな……」

 春香や美希では簡単に届かない場所に、隠されたかのように見慣れたマグカップが置かれていた。
 それはプロデューサーが事務所で使用している物とまったく同じ物だった。
 ――これの意味するところは――先の3人の意味深な会話――。

 プロデューサーの脳内で、開きかけだった真実の扉が完全に開かれる音がした。

「ぁわ……はぅ」

 小鳥のかすれゆく声を合図に、周囲の空間は息を潜め沈黙を作り、二人の男女をプロデュースする。

「そ、それはですね! 別のプロデューサーにプレゼントしたんですけど、なんか女物っぽくて嫌だと断られちゃいまして。
 だから、仕方ないから自分で使おうと思ってですね……!!」
「あ……そ、そうなんですか。なら、使わないと勿体無いですもんね!」

 苦しい言い訳。それも承知。駆け引きなんて出来ない――紛れも無く、今の二人は少年と少女だった。

「じゃぁ、今日はご馳走様でした」
「いえ、食費はプロデューサーさん持ちですし、こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました」

 玄関先で別れの挨拶を交わすプロデューサーと小鳥。
 あの後むずがゆい妙な空気になったが、すぐに持ち直し、ごく自然な流れで今に至る。

 小鳥としては、ホッとしたような、それはそれで残念なような、複雑な気持ちでいた。

 だから勇気を出し、次の言葉をぶつけた。

「あの、今度は出来れば二人でゆっくりと……その、色々、お話も聞きたいですし。
 あ、でも、今日みたいに賑やかなのも好きですよ? けど――その……」

 ――春香や美希からの好意は、歳の差や世間体、と逃げ道がいくらでも存在する。
 現にそれをセーフティに掲げ、今まで踏み込み過ぎな、異性として特別な感情を抱く事は無かった。

 けれど、小鳥には、逃げ道も、セーフティもいらないのではないか。
 今日の出来事で、普段知る機会の少ない彼女の内面を見る事が出来た。
 容姿も、知らない人になら765プロ所属のアイドルと言っても通りそうなくらいの美人だし、人格だって立派で、素敵な人だ。

 今まで意識した事が無かったが、小鳥と一度真剣に向き合ってみるのは、自分の人生にとって大きな意味があるのではないか。

 そう思い始めたプロデューサーは、お揃いのマグカップを見た時から覚えた鼓動――
 春香と美希がくれる自分への特別な想いに触れた時には感じる事がなかった胸の高鳴り――を隠し、手馴れた感じで小鳥に告げた。

「はは。今日はなんだか落ち着いて食事って感じじゃなかったですからね。今度は、こっちからお誘いしますよ」
「は、はい、ぜひ!」

「「ちょーーっとまったーー!!」」

 玄関の外に立つプロデューサーの両サイドから木霊する、美しくも野生的なシンフォニー。
 このパターンは――。

 プロデューサーは一瞬だけ顔をひきつらせるも、すぐにやれやれ、と諦観の笑みを浮かべる。

 小鳥はそれを見て、本当にこの子達は幸せだな、と思った。

 今まで遠くから眺めていただけだけど――『少しくらい、私にも幸せを分けてね?』と心の中で呟いて。


 「……という事がありまして」

 雨降って地固まる――といけばいいのだが、どうにも、そうはうまくいかないのがこの問題らしい。
 何故なら当分、雨すら降らせてくれないのだ。これから迎える季節のように、騒がしい晴天の日々が続く。

「ははぁ。二人は君にべったりという訳だね。男はツライというか……ま、若い頃の私に比べたら――」

 開けた事務所の窓から通る生ぬるい風が頬をなでる。空調関係は自分の家のほうが快適だ。
 なのにわざわざ、大したものじゃない仕事にかこつけて事務所に来ているのは――
 プロデューサーは、明日からの事をぼんやりと想像した。思い浮かぶのは――。

『ハニーズハリケーン先頭! ローリングリボン追いすがる! 残り100を切った! 
 大外からファンタジーバード! すごい脚だ! 届くか! 届くか!?
 ファンタジーバード、まとめて差しきってゴールイン!! 第765回宝塚記念、制したのは伏兵ファンタジーバード!』

 ジューンブライド――恋人達のゴールを祝福する季節が終わる。

 そしてまた、来年のゴールを目指し、新章――

 恋人達の夏が――始まる。