ねがい


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 倦怠感を呼び起こす包み込むような微温。
 薄っすらと肌にまとわりつく汗と、風物詩である蝉の輪唱。
 春香は五感で夏を感じながら、神社の石段を登っていた。

「はぁ……ふぅ。私、体力落ちたのかな。あの頃より……」

 石段を登りきると、鳥居の前で春香は膝に手をつき、軽く呼吸を整える。
 外は炎熱の陽光が降り注いでいるが、森林の中に在る神社ではわずかながらの涼を体感出来た。
 揺れる地面の木漏れ日を眺めながら、春香は“あの頃”を思い出した。

 ――アイドルを辞めてから一年。あの日最後に伝えた気持ちは今も変わらず、今も胸の奥を叩いてる。
 駅の近くを通ると、夢を追っていた頃の自分の幻に足を止められる事もある。
 プロデューサーと過ごした一年という月日の結末は、大きな前進もなく、失敗もなかった。
 活動を続ける事も出来けど、私は不器用だった。今なら少し分かる。私たちが縮められなかった何か。
 足りなかったもの。それは、勇気。互いに、相手の存在が自分の中で大きくなる感触が怖かった
 ――って、ちょっと期待度込めすぎかな。

 新米プロデューサーとアイドル一年生。
 地図をみながら手探りで駆けた日々の終わりは、未熟な二人なのに、二人とも大人ぶって笑っていた。
 歌う事への未練はあったけど、後悔はしてない……ちょっとしか。いや、本当は凄く後悔してるのかも。
 アイドルを辞める事で、プロデューサーに訴えたかった。そういう打算を確かにしていた。
 伝えたかったのは、本気だったという事だけ。なのに、大好きな歌も歌えなくなって……私は馬鹿だ。
 プロデューサーがいなきゃ何も出来ない。恋の一つも――へたくそだ。

 お賽銭を投げ入れ、彼の為祈願する。一年ぶりに送られてきた彼からのメールは、

『今日は人生でいちばん大事なオーディションがある。春香にも応援してほしい』

 とあった。直接現場に行く事はかなわないから、こうして地元の神社でささいな――といったら神社に失礼だけど
 ――応援をする。手を合わせ、黙祷し願う。彼の成功――幸せを。

 あの頃より伸びた髪が風に揺れ肩にかかる。気付くと、涙をこぼしていた。

「あれ……私、どうしちゃったんだろ……?」

 堰を切ったように止まらない涙に、自分自身でうろたえる。
 いまさら、そんな事しなくても、分かるのに、と自分の涙腺に伝える。
 今でも、彼の事が好きだと――。

「あはは。ヘンな私……。そうだ! 誰もいないし、久しぶりに歌おうかなっ。あ~あ~~ドレミレド~~」

「――へたくそだなぁ」

 声がする。あの日のように、後ろからふいに――。

「し、失礼ですね! たしかに、私、あんまり歌上手くないけど、これでもアイドルだったんですからね……!?」

 勢いよく振り返る。そこには、懐かしい笑顔があった。

「知ってるよ――」

                    ◆    

 壁にかけられた写真を見る。そこには仲間達に祝福されて笑う、二人の姿。
 叶えられなかった夢があった。叶った願いがあった。遠回りでも――。

 気の早い彼が買ってきたベビーグッズ。窓の外には揺れる向日葵。
 忘れられない思い出の季節を、春香は新しい家族と、三人で向かえた――。